墨攻のレビュー・感想・評価
全21件中、1~20件目を表示
「墨守」の語源となった思想集団「墨家」
日本のマンガ原作を中国で実写化。
主演は『インファナル・アフェア』のアンディ・ラウ。
【ストーリー】
時は紀元前、古代中国の戦国時代。
長年大国魏と争っていた趙が、はざまの小国梁城に攻め込んでくる。
趙軍を率いるは巷淹中将軍、歴戦の将であった。
開城を迫られ慌てた領主・梁渓が墨子に助けを求めるが送り込まれた援軍はたった一人、革離(アンディ・ラウ)というみすぼらしい男のみ。
だがこの革離、墨守思想の体現者であり専守防衛のスペシャリスト、領主から引き継いだ城内統率権をフル活用して圧倒的大軍の趙を寄せつけぬ活躍をみせる。
領民の思想から生活までを大改造し、梁城は日に日にその防衛力を確固としてゆく。
籠城戦が長引くにつれ絶望的な戦いに光明が見えてくるが、最大の敵は戦いから隔離された城内部の放蕩と油断であった。
原作は日本のマンガという触れ込みですが、そのマンガの原作は酒見賢一の歴史小説『墨攻』というからややこしい。
ストーリーもマンガ後半のオリジナル部分はバッサリとカットしたせいで、小説版とほぼ同じだからまたややこしい話です。
実はこの原作小説、ジブリ企画押井守監督で一度アニメ化の話があったそうですが、ブレストの段階でスタッフの意思統一ができずに実現には至らず。
押井版『墨攻』見たかったなあ。
直木賞にもノミネートされてたんですけど、なんでこの小説が取らなかったのだろう、と受賞作を並べて首を捻ったりするのも原作ファンの醍醐味。
酒見賢一のアニメ化作品といえばデビュー作『後宮小説』をメディア化した『雲のように風のように』がありました。
長くつづいていた新聞小説の『陋巷にあり』はラストが尻切れトンボでしたが、孔子の弟子顔回を主人公にした志怪伝奇モノという野心的なジャンル小説でした。
表紙も諸星大二郎ですし、妖怪モノがお好きな方におすすめです。
その後『周公旦』や諸葛孔明を題材にしたギャグ小説『泣き虫弱虫諸葛孔明』など話題作をものにしています。
全キャリアの中でも特にこの『泣き虫弱虫諸葛孔明』がひどくて、孔明の若いころのの資料がないのをいいことに、仙人のコスプレした諸葛孔明が自分の出世の道筋を立てるため嫌がる徐庶を売りだしたり、
資料がないのをいいことに変人の龐統を自分とセットで臥竜と鳳雛として売りだしたり、
資料がないのをいいことに黄氏を嫁にイチャイチャしながら怪しげな木人マシーンを作って料理させたり、
資料が(略)えらい動きが自然だなと思ったら実は木人の中身に弟の諸葛均を仕込ませてたり、
思いつきで孔明をブチ殺しにくるアホアホコンビの関羽と張飛を止まらぬ弁舌と溢れる涙でケムに巻いて追い返したりと、ちょっぴり破天荒な内容です。超オススメです。
あと周公旦ってしょこたんに似てるよね。音が。
少し前に作者逝去の報道(2023年11月7日)を受け、大変残念に感じております。
謹んでご冥福を祈ります。
10万の大軍を誇る趙を撃退した革離は梁の兵士や民衆の心を掴む。 革離に嫉妬した梁渓は革離を謀反者として捕らえるよう命じる。 刘德华が牢にいる范冰冰を見つけられなかったのが可哀想で残念だった。
動画配信で映画「墨攻」を見た。
劇場公開日 2007年2月3日
2006年製作/133分/中国・日本・香港・韓国合作
原題:A Battle of Wits
配給:キュービカル・エンタテインメント、松竹
刘德华
范冰冰
王志文
呉 奇隆
崔始源
安聖基
監督、張之亮は「ツインドラゴン」の監督
原作は小学館ビッグコミックに連載していた同名人気漫画。
今から約2400年前の紀元前、小国・梁は大国・趙に攻められていた。
梁は墨家に助けを求める。
墨家からたったひとりでやってきたのは革離(刘德华)だった。
たった4000人の民で、10万の大軍を誇る趙を撃退した革離はやがて梁の兵士や民衆の心を掴む。
その革離に嫉妬した梁渓は革離を謀反者として捕らえるよう命じる。
刘德华が牢にいる范冰冰を見つけられなかったのが可哀想で残念だった。
満足度は5点満点で4点☆☆☆☆です。
名作漫画の映画化
ラストはスッキリしないので覚悟。
原作は未読で内容は薄く知っている程度。要するに『雇われ軍師が城を守る』のだが、軍勢の演出が上手く、優勢と無勢の心情、攻め手と守り手のわかりやすい表現が絶妙。
【レッドクリフ】の孔明の様に容赦無く、敵を智略で少数圧倒するのを期待してると、かなりデカめの肩透かしを喰らってしまう。
墨攻では、敵に対しても常に慈愛に満ちていて、ただひたすらに城と民、人々を守る為に動く。戦争とは何たるかを問う、交渉術も見処。
革離のストイック過ぎる墨家の兼愛と非攻。ここが本作の主軸で、物語の肝になるが、逸悦に惹かれていき、次第に心を開いて、時折見せる、普通の人らしさにグッとくる。
【新少林寺】で一目惚れでファンになった、ファン・ビンビンも逸悦役で出演。原作には出てこない様なので、出演の意味、ここでの革離役アンディ・ラウとの共演も、楽しみ方の一つ。
巷将軍の気持ち良い程の軍人然とした潔さ、こういう武将、将軍に恵まれなかった梁。そして梁王の暴政からの結末には納得だが、最後に見える形で描いて欲しかった。
アンディ・ラウのファン以外には時間の無駄かも
中国戦記物は、個人的に「あり」かもしれません。
紀元前、中国戦国時代の物語。大国趙に攻められた小国梁が、墨者に助けを求めて戦う物語。
日中韓合作の戦記物です。
セットも大掛かりで、合戦シーンは流石の迫力です。
また、農民の悲哀もしっかりと映しているのも好感ですね。
残念なのは、キャラがブレていること。「国王の息子」そして「将軍」。彼らの墨者に対する感情が定まっておらず(或は描写が不十分)なので、戸惑いを感じ、ストーリーの粗を感じてしまいます。
また、クライマックスにも粗さを感じます。「迫力」や「感動」を訴求して、設定を雑に扱った感が強く、残念に思いました。
私的評価は、ギリギリ標準点ってところでしょうか。中盤迄はもう少し高い評価が期待出来ていたので、少し残念です。
結末が
軍勢の動きが見どころ!
原作コミックと比べて、きちんとまとまっているのは良いと思う。
(まあ、コミックは”連載”という表現形式ゆえ致し方無い部分もあるが…)
攻城側が盾を並べて防御するシーンや、守城側が罠を仕掛けるシーンなど、様々にバリエーションをつけつつ「城」の戦いに終始するため、見どころは多い。
テキストでは実感しにくい局面などを映像で観れるのはやはり快感。(萌える!)
逆に物語展開ははっきり言って鬱い(笑)
主人公の「戦争のプロでありながら、戦争を忌む」というキャラ付けと物語がシンクロしきっていて、勝利の喜びや爽快感は皆無。(主人公の台詞の通りである…)
現代劇か、せめても近代なら分からんでもないが、古代の戦争を扱ってこのラストは、個人的に消化不良感。
旅立つ男の胸にはロマンの欠片が欲しいのさ…(笑)
蛇足ながら、ライバルである敵将・巷淹中の心情の変化の表現は原作コミックの方に軍配をあげたくなる。
役者さんの芝居が悪いわけではないのだが(むしろカッコいい)好みとして、ね。
漫画の内容はこんななの?(未読)
酒見賢一の小説を読んだのはもう随分と昔の話。そして漫画化されたのは未読。でアンディ・ラウ主演のこの映画。
こんな話だったっけ?
2時間映画にするには話がバタバタしすぎてるというか、焦点があってない。城を守る姿に徹して描いた方が絶対面白くなったハズ。主人公革離も超人的な戦略と戦闘術がある人として描くべきなのに、半端に悩んだりして。見たいのはそういうんじゃないんだよねえ。
中華映画で絶世の美女が出ていると大抵ファン・ビンビンかな?と思ったらやはりファン・ビンビンであった。美しい人が見れたそこは良かった。
小説を読み終えた時のようなスカッと感はまるでなく、色々と半端な印象しか残らない。撮影は大変だっただろうにこれでは兵も浮かばれませんね。
ヤケクソもこれ兵法の一つ也。
宣伝文句にある「10万の敵にたった1人で挑む。」は釣りなのかもしれませんが、それ以上の収穫がありました。中国戦乱の時代に“非攻”を唱える墨家という集団があり、大国・趙によって落城間近と思われた小国・梁が彼らに援軍を求めたというオープニング。日本にも“墨守”という言葉が存在するほど、守りに徹する思想なのですが、援軍としてやってきたのは革離(アンディ・ラウ)たった1人。しかし、梁国の人間も次第に彼を信用するようになるというストーリーです。
ヒロインとして登場するのが「ベルばら」でいうとオスカルのような女剣士逸悦(ファン・ビンビン)。なんと、そのヒロインにも糞を撒かせる主人公革離。オスカルに糞を・・・なんて妄想していたら、これが意外にも防戦に役立ってしまうし、敵に毒水を川に流されても当然のことのように読み取ってしまう戦略家でもあったのです。何しろ趙の軍勢は10万なのですから、どうやってこれを防ぐのか?と、前半は奇想天外な作戦が見所になっています。
対する趙国の大軍を率いるのは巷淹中(アン・ソンギ)。本来ならば北方の大国・燕を攻めるのが大儀でもあり、ちょうど国境沿いに存在する梁が邪魔だったわけです。「こんな小国、さっさとかたづけて燕へ行こうぜ」というおごり高ぶりのせいで革離の策にことごとくはまっていきます。撤退を余儀なくされた巷淹中。しばらく休戦かと思わせておいて、更なる奇策で梁を攻めようとはりきるものの、革離だって負けてはいない。頭脳戦の様相を呈してきたり、相手の偵察を敢行して危機に陥ったり・・・息もつかせぬほど展開が激しくなるのです。
壮大な戦闘シーンもさることながら、やがて梁国内での疑心暗鬼や裏切りなど、王や腹心と革離たちとの人間関係が悪化するドロドロ政変ドラマへと変貌します。墨守に徹して自国を守ることが目的だったのに、いずれは大国主義に成り行く醜い心が浮き彫りにされる。「愛するものを間違ってる」という言葉通り、革離よりも権力を握っている者がそれを間違ったらとんでもないことになることは、そのまま現代の世界にも当てはまる。平和を愛する革離にしたって、「敵をいっぱい殺す」という方針が間違っていたと苦悩するところがいい。敵だって人間なんだ。むやみに殺していいわけがない。
防衛庁が防衛省になり、専守防衛であるはずの自衛権の概念さえ変えられようとしているきな臭い日本。他国を侵略しないための拠り所である憲法第9条まで変えようとする動きのある日本。そんな現状だからこそ、2千年以上も前にこうした思想があったことを研究すれば、人を傷つけずに平和になる可能性があることも知らねばならないと思う。人を殺さずに墨守することの明確な答えはなかったけれど、そうしたヒントをこの映画は与えてくれる。しかも、日本の原作で3カ国4地域による合作の映画だということも意義あることです。“非攻”と“兼愛”が平和のための永遠のテーマでありますように・・・
アンディ・ラウ 革離(かくり)
アン・ソンギ 巷淹中(こうえんちゅう)
ワン・チーウェン 梁王(りょうおう)
ファン・ビンビン 逸悦(いつえつ)
ウー・チーロン 子団(しだん)
チェ・シウォン 梁適(りょうてき)
どうしてもマンガと比較してしまうが。
耐えて忍ぶ。思想とは辛い道なり。
思想の対決って側面考えると、おもしろいです。
一時期、中国の古代思想にはまったことありました。
孔子、孟子、孫子、呉子、老子、荘子、韓非子、墨子、他、いろいろ読んでいくと、日本人はみんなそうだと思いますが、墨子の思想が気になってきます。
くわしく書いてある本少なく、長い歴史の中で、消えていったとなってます。
私は、なぜこんなすばらしい思想が、わけもわからず消えていくのか、非常に無念の思いでした。
この思想が広まっていれば、中国ももっとまし、いや、もっといい国になっていたと思うと、残念でしかたありませんでした。
原作者の酒見賢一さんもそういう思いで、小説を書かれたんだと思います。
そもそもこの設定、墨家が存在しなければ、ありえないわけで、単なる歴史アクション物というより、墨家の考えのすばらしさを証明する戦い、一対十万というまったく常識はずれな状況の中で、自分の信じるもののすばらしさを証明する超攻撃的な戦い、まさに墨攻なのだ、という視点で見てみると、二倍楽しめると思います。
別に原作を読んでなくてもいいと思いますが、その辺のところをちょと調べてから見るとよいと思います。
原作の良さが全て描ききれているわけではないが、それでもかなりいい映画
総合:85点
ストーリー: 80
キャスト: 85
演出: 85
ビジュアル: 90
音楽: 70
酒見賢一原作の小説を森秀樹が漫画にしたものを基にしたアジア映画。いわゆる戦闘を描いた戦争の映画ではなく、梁の支配層・住民・趙の軍隊・墨子それぞれの立場の考え方の違い、組織の内部統制やそれぞれの立場からくる権力争い、さらには戦争を避けようとする墨子の思想が総合的に描かれている映画である。
そのため全体的な設定などがやや複雑であり、墨子思想のことを知らずに迫力のある戦争の場面だけを期待して見る人には期待はずれかもしれない。これには戦闘を中心にすえた映画の宣伝方法にも問題があっただろう。
墨子はおよそ2400年ほど前の中国で非戦を掲げて活動した思想家である。しかしいくら墨子が非戦を掲げ説いたとしても、勢力争いを繰り返す戦国時代に言葉だけで戦争をやめさせるのは非現実的であり不可能である。そこで彼は平和思想を中国全土に説いて周る一方で、戦争を抑止する強制力を考え出して用いた。それは高い戦闘能力を持つ防衛の専門家として攻められる方に味方について守りを固め、それによって攻めるほうに戦争を諦めさせることにより平和を実現するという考えであり、これを実践して実際に成功例を得た。
また墨子思想は平和のために命懸けの自己犠牲で尽くし、それでも謝礼を受け取らないという厳しいものであった。この墨子集団の一人がこの映画の主人公である革離である。そして彼は趙の国の侵略から梁の国を守るために戦うのである。
彼は単純に攻めてくる趙の軍隊を相手に戦闘だけをすればいいのではない。本来味方であるはずの梁の国においても彼はよそ者にすぎない。敵は趙だけでなく、いかなるものからも自分の立場や権力を守りたい梁の王や将軍たちも時には敵となりうる。そのような微妙な立場の彼は、梁の国の内部を統制しつつ外敵である趙とも戦わなければならないのである。
原作の漫画では戦争がいかに悲惨なのかということが住民の目などからよく描かれていて、だからこそ墨子思想や革離の信じる道の存在意義がよくわかった。またそのような彼の命懸けの努力や墨子思想そのものが、結局は歴史の大きなうねりの中ではささやかな抵抗に過ぎなかったとしても素晴らしいものであった。しかしこの映画ではそこが必ずしも描ききれていなかったようにも思える。
それと斥候に出た革離たちが敵に見つかり崖から川に飛び込む場面があるが、重い甲冑を着て飛び込んだのに体が沈まず溺れないとか、上から矢をいられることもないといった部分は疑問に思った。漫画・小説どちらの原作にもない部分である。
それからほぼ映画の最後で、梁を奇襲して占領した趙の巷淹中将軍に呼ばれた革離が二人だけで話し合う場面がある。しかしここで巷淹中将軍は勝利をおさめ人質をとり圧倒的に有利な立場にあるのに、何故革離の話にあれほど押されてしまうのかというのも不自然に感じた。
正直これだけの長さの映画では、原作の細かな設定や良さが描ききれていないと感じた。それでもある程度は良さが出ていたし、また映画セットや戦闘場面はかなり金がかかっていて原作以上の迫力のあるものであった。総合的にはまずまずの良い映画だと言える。
主人公に絶対的な魅力が不足
日本のマンガが映画になるって嬉しい。
全21件中、1~20件目を表示