劇場公開日 2025年5月9日

  • 予告編を見る

クィア QUEER : 映画評論・批評

2025年5月6日更新

2025年5月9日より新宿ピカデリーほかにてロードショー

バロウズとカート・コバーンが時代の壁を越えて綴った“貴方らしさ”

ビート・ジェネレーションを代表する作家ウィリアム・S・バロウズの自伝的小説を映画化した「クィア QUEER」(2024)の舞台は1950年代という設定。今作でルカ・グァダニーノ監督は、劇中の音楽に対して、あえて時代設定にそぐわない楽曲を使用している。例えば、映画序盤で流れるニルヴァーナの「カム・アズ・ユー・アー」は、1991年の名盤「ネヴァーマインド」からシングルカットされた楽曲。このほかにも、プリンスやニュー・オーダーの楽曲も使用されているが、当然のことながら時代背景とは一致しない。重要なのは、シニード・オコナーがカバーした「オール・アポロジーズ」で幕が開けるなど、ニルヴァーナの楽曲が複数使われている点にある。

ボーカルのカート・コバーンウィリアム・S・バロウズを敬愛していたことで知られ、彼が綴った歌詞にはその影響が指摘されたという経緯がある。また、詩を朗読するバロウズの声に合わせて、コバーンがギターを演奏する「The “Priest” They Called Him」というコラボレーション曲が存在するほど、ふたりには深い縁と絆もあった。「カム・アズ・ユー・アー」のミュージックビデオでは、アルバムのジャケットデザインに倣って<水>がモチーフになっていたのだが、変幻自在な<水>は、「クィア QUEER」の劇中にも点在させている重要なモチーフだ。

画像1

もうひとつ、ドラッグ体験や銃器など、バロウズの実人生(リアル)とバロウズの小説(フィクション)とを横断させるモチーフが、自伝的な本作におけるリアルとフィクションとの境界線を曖昧にさせている点も特徴のひとつ。例えば、今作に映り込む<拳銃>は、先述のミュージックビデオ内だけでなく、「裸のランチ」や「デッド・ロード」などバロウズの小説でも度々用いられていたモチーフのひとつ。作中で、彼の文学的世界観と人生観とを横断させる機能を果たしていることを窺わせるのである。さらに、リー(ダニエル・クレイグ)が映画館で観ている作品として、ジャン・コクトー監督の「オルフェ(1950)」を引用している点も重要だ。ギリシャ神話を基に(劇場公開時の)現代を舞台にしたこの映画は、<鏡>を使ってあの世とこの世の境界線を彷徨う“詩人”の姿を描いた作品。<鏡>は“もうひとりの己”を表現するモチーフだった。

今作では中盤から、或る“探し物”を探求する奇抜な冒険譚へと物語が転調するのだが、追い求めるものが“探し物”そのものだけでなく、その行為が“己”に対する探求のメタファーにもなっていることは説明するまでもないだろう。とどのつまり、“貴方らしさ”=“Come as you are”を歌ったニルヴァーナの楽曲を、時代の壁を超越して引用することで、性的マイノリティに対する社会的偏見という悪しき普遍性に対する抗いを導こうと試みている。それゆえ「クィア QUEER」は、カート・コバーンが綴った若者たちの苦悩に近似した、“貴方らしさ”を描いた作品のようにも見えるのである。

松崎健夫

Amazonで今すぐ購入

関連ニュース

関連ニュースをもっと読む
「クィア QUEER」の作品トップへ