メガロポリス

劇場公開日:2025年6月20日

解説・あらすじ

巨匠フランシス・フォード・コッポラが40年をかけて構想したSF叙事詩。アメリカをローマ帝国に見立てた大都市ニューローマを舞台に、理想の新都市メガロポリスを通じて未来への希望を描き出す。

21世紀、アメリカの大都市ニューローマでは、富裕層と貧困層の格差が社会問題化していた。新都市メガロポリスの開発を進めようとする天才建築家カエサル・カティリナは、財政難のなかで利権に固執する新市長フランクリン・キケロと対立する。さらに一族の後継を狙うクローディオ・プルケルの策謀にも巻き込まれ、カエサルは絶体絶命の危機に陥る。

コッポラ監督がH・G・ウェルズ原作の映画「来るべき世界」に着想を得て1980年代より脚本を構想し、2001年には撮影準備を進めていたが9・11同時多発テロの影響で中断。そのまま頓挫の危機に陥ったが、2021年にコッポラ監督が私財1億2000万ドルを投じて製作を再始動させ、2024年についに完成させた。「スター・ウォーズ」シリーズのアダム・ドライバーが天才建築家カエサル役で主演を務め、彼と対立する市長キケロ役でドラマ「ブレイキング・バッド」シリーズのジャンカルロ・エスポジート、キケロの娘ジュリア役でドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズのナタリー・エマニュエルが共演。2024年・第77回カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品。

2024年製作/138分/PG12/アメリカ
原題または英題:Megalopolis
配給:ハーク、松竹
劇場公開日:2025年6月20日

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映画レビュー

3.0 コッポラ爺のやりたい放題を浴びてきた

2025年7月31日
PCから投稿

もはや映画ファンの間では、コッポラ爺の一世一代の失敗作を観に行って、もちろんつまらないよ!とイジって楽しむ祭りが起きている気がするのだが、実際に観てみると、確かにストーリーの流れをちゃんと観客に伝えようという気があるとは思えず、長年にわたってコッポラの中で積み上げた長大なストーリーから、撮りたいシーンだけを撮ってみましたみたいな乱暴さ。人間関係も、特に流れを説明しないままどんどん変わっていって、最後は香港の旧正月映画みたいに新年のご挨拶!みたいに終わったりするので、いやはや、本当に呆気にとられた。よくこれで終われると思ったなという気持ちになったが、悪い意味ではなくやりたい放題にやってのけてアッパレという気持ちの方が大きい。正直、古臭い価値観に基づく家父長制的な物語だし、人に勧める気にはならないのだが、わざわざ足を運んだ甲斐はあったので後悔は一切ないです。

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村山章

5.0 理想主義者のコッポラ監督が巨費を投じて創造した映像世界、まずは理屈抜きで浴びてほしい

2025年6月22日
PCから投稿
鑑賞方法:試写会

知的

難しい

斬新

本作については当サイトの監督インタビュー記事を担当させていただいた。今回は4媒体合同で25分、個別で10分というごく短い時間でのやり取りだったこともあり、もっといろいろ聞いてみたかった思いは残るものの、本編鑑賞後にでもインタビューを読んでいただけたらありがたい。

「メガロポリス」日本公開にあたりコッポラ監督は多くのメディアのインタビュー取材に応じたようなので、時間があれば複数のインタビューを見聞きするなどして監督が込めた思いなどを詳しく知るのもいい。ただ、事前に情報をあれこれ仕入れて臨むより、まずは理屈抜きでコッポラ監督が創造した壮麗かつ濃密な映像世界に飛び込み、全身に浴び、体感してみもらえたらいいなと思う。

本編138分で、一度の鑑賞ですっきりと理解できるようなわかりやすい話ではない。記事の冒頭でも触れたように、監督は共和政ローマ時代に起きた史実から本作を着想し、古代ローマと現代のアメリカを重ね合わせた大都市ニューローマを舞台にしている。共和政ローマの歴史や政治について知識があればより詳しい解釈もできるだろうが、分断のない未来を夢想するコッポラ監督のメッセージに触れて共感するのでももちろんいい。

数日前にNHKで放送されたインタビューで、コッポラ監督は「今のアメリカには学ぶことなど何もない」、つまり現状はそれだけひどいと怒ったように話す姿が印象的だった。そしてきょう6月22日には、アメリカがイランの核施設を空爆したことが報じられた。「分断できない1つの地球」という理想からますます遠ざかる世界に、コッポラ監督は人一倍心を痛めているに違いない。

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高森郁哉

3.5 コッポラの才気がほとばしる怪作

2025年9月9日
PCから投稿
鑑賞方法:映画館

興奮

驚く

斬新

 豪華絢爛な映像、シュールで幻惑的な演出等、とにかく洪水のように流れる画面の情報量に圧倒されてしまった。ほとんどのカットに映像処理が施されているのではないだろうか。正に映像マジックの極致といった感じで、単純に観ているだけで楽しい作品である。

 まずはカエサルが高層ビルから飛び降りそうになる冒頭のシーンからして、ハッタリが効いていて引き込まれれる。この時にカエサルは時間を止めるのだが、この演出はその後も反復される。ビルの爆破解体で、ジュリアとのラブシーンで、周囲の物は全て動きが止まる。もちろんこれは実現象ではない。おそらくカエサルの妄想の中で起きている現象だろう。もっと言えば、肉体や物質といった実存を超越したメガロポリスという永続的なユートピアに対する”憧憬”のように思えた。

 他にも映像的な見所は枚挙に暇がない。
 中盤のコロッセオを舞台にしたスペクタクルな披露宴シーンは圧巻である。「ベン・ハー」を彷彿させる戦車レース、ピエロの一団のアクロバティックなショー、処女の歌姫を競りにかける見世物等、祝祭感に満ちたシーケンスの連続に頭がクラクラしてしまった。しかも、その舞台裏ではカエサルがドラッグでハイになって訳が分からなくなっている。きらびやかなショーと悪夢のようなバックステージを頻繁にカットバックで繋ぐ演出は、もはやカオスの一言である。

 製作、監督、脚本は巨匠フランシス・フォード・コッポラ。構想40年、私財を投じて撮り上げた大作である。彼の溢れんばかりのイマジネーションが見事に結実したバイタリティ溢れる映像叙事詩になっている。

 演出も終始ハイテンション且つエネルギッシュで若々しい。老いてなおこれだけの作品を撮れることに驚かされた。

 一方、物語はカエサルのメガロポリス構想の野望を軸に、対立する市長の娘ジュリアンとの禁断のロマンス、更には市政を巡る陰謀といったサスペンスを交えながら賑々しく展開されている。

 個々のキャラがかなりカリカチュアされていることもあり、一見するとコメディのように見えるのだが、実際にはドロドロとした愛憎劇という所が不思議な鑑賞感を残す。観る人によって捉え方は分かれそうな気がした。

 また、乱暴な展開がかなり目立ち、観る側の解釈力が試されるような所がある。
 例えば、ジュリアがカエサルに惹かれる理由が今一つ不鮮明だったり、カエサルのバックストーリーも表層的にしか描かれていない。こうした所からドラマに余り説得力が感じられないのが難点である。
 更に、作中に出てくるメガロンという物質も今一つ呑み込みづらく、これを使ったメガロポリス計画がどこか安易なものに思えてしまうのも残念だった。

 尚、劇中には都市計画の犠牲になる貧しい人たちが出てくるが、これは明らかに現代の格差社会を投影しているように見えた。一方で、私腹を肥やす資産家や富裕層といった連中の享楽的な姿は醜悪に描かれており、正に本作のモチーフとなっている古代ローマ帝国が想起された。

 豪華なキャスト陣も見応えがあった。
 カエサルを演じたアダム・ドライヴァ-を筆頭にシャイア・ラブーフやジェイソン・シュワルツマンといった癖の強い中堅俳優、更にはジョン・ボイトやダンスティン・ホフマン、タリア・シャイアといったベテラン俳優陣が脇を固めている。ちなみに、カエサルの執事役でローレンス・フィッシュバーンが登場しているが、彼は本作のナレーションも務めている。ただ、彼がナレーターである必然性が今一つ感じられなかった。

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ありの

3.5 卒業制作感すらある

2025年9月3日
iPhoneアプリから投稿

コッポラが構想40年の果てに葡萄園を売り払って撮ったと言うだけの事はある。予想通り「これ撮りたかったんだろうな〜」って映画。卒業制作感すらある。映画館で見た方がいいかも。
そりゃまあ、凄え端折り方でよく分からない部分も多いけど、補完は各々でしてねって感じ。でもまあ伝えたい事は分かるよ。
面白かったとかよりも、コッポラ最後にこれ撮れて良かったね、と思ったな。

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ishi912