盤上の向日葵 : 映画評論・批評
2025年10月28日更新
2025年10月31日より丸の内ピカデリーほかにてロードショー
将棋という勝負の世界でしか生きられない新旧の業に心震える
若手とベテランという新旧の組み合わせによる名作、秀作はこれまでにも数多く作られてきた。三船敏郎と志村喬(「野良犬」など)、ポール・ニューマンとトム・クルーズ(「ハスラー2」)、モーガン・フリーマンとブラッド・ピット(「セブン」)、レオナルド・ディカプリオとロバート・デ・ニーロ(「ボーイス・ライフ」)、松坂桃李と役所広司(「孤狼の血」)など枚挙に暇がないが、世代や境遇の違う二人(師弟)のぶつかり合いや刺激し合う関係性が物語を引っ張っていく展開は、観客を引き付ける大きな映画的要因のひとつと言える。
「盤上の向日葵」は、「孤狼の血」などの作家・柚月裕子の同名小説を、坂口健太郎と渡辺謙という初顔合わせで映画化した心を震わせられるヒューマンミステリーだ。昭和から平成へと続く激動の時代を背景にして、過酷な人生を生きる天才棋士・上条桂介の光と闇をドラマチックに描いていくが、ある事件を発端に、被害者や容疑者の過去や謎、血筋をめぐる業が次第に明らかになっていく物語展開は、名作「砂の器」(1974)を彷彿とさせ、現代版的な側面も持つ。

(C)2025映画「盤上の向日葵」製作委員会
坂口がこれまでのラブストーリー作品などで見せてきたさわやかな役柄のイメージを覆し、ある事件の容疑をかけられる謎に包まれた天才棋士・上条を演じ、彼が抱える葛藤や光と闇を体現。一方、上条に大きな影響を与える賭け将棋の真剣師・東明重慶に扮した渡辺が、裏社会の男の狂気と悲哀をリアルに演じ、圧倒的な存在感をみせる。違う世界で生きてきた二人が、将棋という勝負の世界でしか生きられないという共通の業によって引き寄せられ、反発し、裏切られながらも断ち切ることのできない師弟関係が、前述の新旧のケミストリーを発揮して大きな見どころとなっている。最近の将棋ものでは、イ・ビョンホンとユ・アインが共演した韓国映画「スンブ 二人の棋士」が、勝負を超えて師弟がたどり着く真の成長の姿と境地が深い感動を呼んだ。
「盤上の向日葵」は、普通に幸せに生きたいと願いながらも、壮絶な過去を持ち、才能があるゆえに運命に翻弄され、将棋の勝負のように、その一手、差し手を間違えれば人生が大きく変わってしまうことと重なり合っていく。それでも上条が自らの宿命のようなものを背負い、“生き切ろう”“生き直そう”とする姿が観る者の心に強いメッセージを突き付ける。劇中で画面いっぱいに広がる向日葵畑の美しさに胸が熱くなる。
(和田隆)





