コット、はじまりの夏のレビュー・感想・評価
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王道なのだがいいなぁ
日曜日にいつもの映画館②で
割と入っていて7割くらいが女性だった
この映画館は3月いっぱいで閉館だと
シネアートから続いてきた駅東口のアート系単館がなくなるのは寂しい
妻との初デートはシネアート 17歳のカルテ
過去のオラよ なぜそれを選んだ
なんかシラフでいけなくて缶ビール2本引っかけてから行ったんだった
懐かしい
で映画
たまたま休暇を取っていた平日のNHK朝番組で紹介されていた
もう1本紹介されていた落下の解剖学の方に興味があったが
こちらが先の上映 あらすじを読んでグッときた
正解 よかった
時代はいつ頃の話だろう 携帯電話とかSNSが出てこないことや
車の感じから1970年くらいの話かと
アイルランドが舞台かと思ったが言葉は英語ではないのか
ちょっとした違和感 いわゆる伏線を後追いで
しかもいいタイミングで回収してくれるのが心地よい
・預けられた家には子どもがいないのか
・オジさんの激怒
・壁紙の柄
・シャツの右前
最初は主人公との距離感を測りかねてぶっきらぼうなオジさん
だんだん心を通わせる 王道なのだがいいなぁ
ラストシーンは落涙スレスレ 2回のDADというセリフ
よく分からないままの部分もあるがまぁそれはそれでよいかと
・隣の席の子の牛乳を飲もうとする
・オヤジが途中で乗せた女性は誰だっけ
ラスト前のエピソードは心底心配 よかった~
いい映画だった 次は落下の解剖学だな
アイルランド版トットちゃん
書かなきゃ書かなきゃと思い、ずるずると今日になってしまった本作_。
こんなに思いが込み上げてきた作品は今年初かもしれない。
チグハグな会話。苦手な音読。
コットが「はぐれ者である」という象徴で出てくるミルク。
アルコールを飲んでから少しだけ大人になるコット。
彼女にとってキンセラ家で過ごした夏は間違いなく「はじまり」だった。
トットちゃんと同様で、「彼女たちの個性を受け入れ愛情込めて向き合ってくれる」そんな大人の重要性を気付かせてくれた作品でした。多くの人にぜひ見てほしい。(YouTubeで詳しく話してます...そちらもぜひ☺︎)
【大家族、学校でも居場所の無い口数の少ない少女が一夏を、親戚夫妻と過ごすことで、自分の心を解放していく様を静的トーンで描き出した作品。ラスト、少女が農場を去る親戚夫婦を追い掛けるシーンは沁みます。】
■1981年の夏、アイルランドの郊外の町で暮らす9歳のコット(キャサリン・クリンチ)は出産を控えた母親の負担を軽くするため、父のダン(マイケル・パトリック)に連れられショーン(アンドリュー・ベネット)とアイリン(キャリー・クロウ)夫妻の家で暮らすことになる。
◆感想
・序盤から静的トーンで物語は進むが、コットに笑顔はない。家庭でも学校でも居場所がなく、父ダンからはツッケンドンに接せられ、そのせいか、夜尿症も・・。
ー コットを演じたキャサリン・クリンチの幼いながらも端正な笑顔無き表情が、切ない。-
・ショーンとアイリン夫妻の家に着き、特にアイリンは優しく彼女に接する。
夜尿をしたときにも、叱ることなく、優しく風呂に入れ足の指まで丁寧に洗ってくれ、丁寧に髪を梳いて貰ったり。
・ショーンもぶっきら棒ながら、言葉の裏に隠された優しさを示す。
ー 何気なく、コットの横にスコーンを置いて上げたり、郵便受けまでコットを走らせ郵便物を取って貰う。長い脚のコットは足も速くショーンは”凄いぞ!前より10秒も早くなった。”と褒めてあげるのである。少し誇らしげなコットの表情。
更に、コットのために新しい服を買いに町に連れて行くのである。ー
■その後、親戚の老人が亡くなった時に葬儀に参列した後に噂好きのオバサンとコットが帰る時に知った事実。
それは、ショーンとアイリンの息子が犬を追い掛けている時に、肥溜めに落ち亡くなっていた事。アイリンの髪が一晩で白髪になった事。
・夏休みの終わりが近づき、コットはいつもはアイリンと汲みに行く水汲み場に一人で行くが、バランスを崩し・・。アイリンがコットが居ない事に気付き、走って来てずぶ濡れのコットを抱きかかえる姿。
ー 彼女が、如何にコットを愛しているかが、良く分かるシーンである。-
■故に、風邪を引いてしまったコット。家に帰る日を少し遅らせて、看病するアイリン。だが、家に帰る日はやって来て・・。
家に着くと、母と生まれた幼子が居るが、父はいない。(普通は帰りを待っているだろう!)父は酒を呑んで戻って来て、コットに対しては相変わらずツッケンドンな態度。
そして、ショーンとアイリンが車で帰るシーン。
コットは郵便受けまで走った時のように、長い脚で二人を追い掛けて走り、気づいて車から降りて来たショーンに抱き付くのである。
助手席では、アイリンが涙を流している・・。
<今作は、大家族、学校でも居場所の無い口数の少なかった少女が一夏を、親戚夫妻と過ごすことで、自分の心を解放していく様を静的トーンで描き出した作品である。
彼女は、ショーンとアイリンと一夏を過ごした事で、成長した事が切ないラストシーンで鮮やかに記された作品でもある。>
<2024年3月2日 刈谷日劇にて鑑賞>
マイペースの静かな少女が、自分の意志で歩き、やがて走り出すようになるまでの一夏の体験のお話。観ている内この少女を応援したくなく気持ちが心の中に芽生えてくる、そんな作品です。
ポスターから受けた爽やかな印象が頭にありまして
作品紹介を読んだところ、親戚の家に預けられた少女の
ひと夏の物語。 うーん。気になるかも。
というわけで鑑賞したのですが … ・_・
何とも不思議な味わいの作品だったかと。・-・ハイ
家庭の事情で夏の間、知り合いの家に預けられること
になった一人の少女のお話 です。
少女の名前はコット。9才。
人より飲み込みが遅く あら
行動もワンテンポ遅く あらら
自分の世界に浸ることが好きな少女。…ふむ。
自分に自信が無くて
周囲の目を気にして
父の声に怯えるように
姉の蔑みの視線を浴び
オドオドしながら暮らしている。
コットはそんな女の子。 …うーん。
親戚夫婦の家での生活が始まった。
夜にトイレに行けずに漏らしてしまったり
牧場の牛をおっかなびっくりお世話したり
水汲みに行った先の泉に落ちてしまったり
失敗するコットを、親戚夫婦は叱らない。
落ち着いて自分の行動が出来るようになり
借りた子供服が男の子用だと気がついたり
離れたポストまで郵便物を取りに行ったり
オドオドした女の子が、次第に変わっていく。
顔にも表情が現れるようになっていく。
ゆっくりと、心が育っていくコット。
その姿を見ている内、次第に観ている側の心にも
ゆっくりと愛おしさが増えていく感じがした。
◇
帰宅してからの事。ふと
"窓際のトットちゃん" が思い浮かんだ。
性格は、似ていない。
全く と言って良いほど似ていない。 ・-・;;
けれど
” もしも ” の世界として
トットちゃんにあれだけの行動力が無かったなら
トットちゃんの両親が別の夫婦だったなら
トモエ学園に通っていなかったなら…
この作品のコットは、もう一人のトットちゃんの姿なの
かもしれないなぁ と、そんな風に感じてならない。
◇
人生の中で、転機になるコトが誰にでもどこかにある。
コットにも転機が訪れる。
本人が転機と思ったかどうかは分からない。
けれども、親戚夫婦に預けられた一夏の体験は
この少女に足りなかったモノを埋めてくれた。
愛情を受けること。
行動すること。
周りの人をを知ること。
知ろうとすること。
夏休みが終わり、家に戻る日。
送り届けられ、立ち去ろうとする親戚の夫婦を
走って追いかけ、しがみつくコット。
” ありがとう ”
” 帰らないで ”
” 連れてって ”
その姿が健気で愛おしい。
少しだけども、確かに
成長したコットの姿がそこにあった。
そう思えるラストシーンだった。
鑑賞後にじわじわと、暖かい気持ちが広がっていく
そんな作品だったかと思います。
※年齢を重ねた人ほど、優しい気持ちで観られる
作品なのかも。そんな風にも感じます。・-・
◇あれこれ
■タイトル
原題 An Cailin Ciuin (訳:静かな少女) ※google翻訳先生
邦題 コット、始まりの夏
どちらにも味わい深さが感じられる気がします。・_・♪
■ヒロインの子
9才の子にしては少し大きい気がしたのですが
実年齢は12才なのですね。なるほど。
今作での役がとても大人しい主人公だったので、次はもっと
違った作品での演技も観てみたいです。
■同じような状況を描いた作品
70年代ころの漫画に、似たような雰囲気の作品があったような
気がしているのですが、思い出せません。・_・; ウーン
少女漫画だったかなぁ…。モヤモヤしてます。
◇最後に
預け先から戻る日。
面倒見てくれた夫婦の車を全力で追いかけたコット。
私道からの出口の扉のところで追いつき
おじさんの首にしがみつく。
そしてさらに,コットを追いかけてきた父。
コットを持て余しているような態度があからさまだった
人物なのだが、どんな心境の変化があったのだろうか
ラストの後、コットと彼女を取りまく人達の人生が
どのように変化していくのだろうか。
この登場人物たちのその後をあれこれと想像しています。
◇だそく
※ ラストシーンで追いかけてきたコットとおじさんの会話
” 行ってしまうの? ”
” …うん コワーイおじさんが追いかけてきたからね ”
” 私を連れていって。牛の世話はまだ出来ないけど、きっと覚えます ”
” バカなこと言ってんじゃないよ クラ… いや コット ”
…。
だから蛇足だと…。
すいません。
☆映画の感想は人さまざまかとは思いますが、このように感じた映画ファンもいるということで。
雑多な世に居場所を求める魂が震える名作
この映画は、観客に徐々にコットの人物像を想像させながら、彼女の世界に好奇心を引き出していく素晴らしい展開があります。
物語の冒頭で、コットが家出してベッド下に隠れた際、マットレスのおねしょの跡がうっすらと見える描写に、監督の手法の優れたものを感じました。
静かで寡黙な主人公が、環境が変わることで原石のダイヤモンドのように輝く姿を描くことで、観客は彼女の内面に共感を覚えるでしょう。言葉以上に多くの感情が存在し、それが静寂の中で語られることがあります。コットの大家族や親戚のキンセラ家との夏休みは、静かながらも心を揺さぶるものでした。
のとやがな農場で過ごす時間は、若い男の子を失ったアイリンとショーンの温かな愛情が重要な要素となり、お互いの心を開き、心の空白を埋め合い、生きる喜びを共有します。この映画は、家族の付き合いにつまづく人々に日常の尊さを教えてくれるものです。
監督のコルム・バレードは、アイルランドの田舎町を繊細に描写し、自然な風景を美しい撮影技法で表現しています。特に、コットが井戸水を汲むシーンは、おぼれる緊張感を伴いながらも無事である結果を伝える脚本はうまく、エンディングでは涙が溢れました。静かな雰囲気の中、胸が熱くなります。
物語にはアイルランドらしい哀愁が漂い、感情が収まらなくなります。
この家には秘密は無いの
先日、館の設備点検日に当たり休館で観られなかった「コット、はじまりの夏」をシネマカリテで。
父親はギャンブル好きで、牛さえ賭けで失ってしまい子沢山で生活は苦しい。
両親や姉達からも疎まれている寡黙な少女
コットが母親の出産(何人目、6人?)までの間、親族のショーンとアイリン夫婦に預けられる。(口減らし?)父親はコットを預けるとさっさとコットの衣類の入った鞄さえ降ろさずに帰ってしまう。
アイリンは優しくコットに接するが、ショーンはどことなくよそよそしい。最初は戸惑うコットも二人の優しさに触れて心を開いていく。しかし、牛舎の掃除をしている間に行方が判らなくなったコットをショーンは激しく𠮟る。それにはある理由があった。近所の葬儀の帰りに、近隣の余計なお世話のオバサンからその理由を知らされる。
母親の出産も終わり、夏休みも終わるのでコットは家に返される。相変わらずコットに冷たい空気が流れる中、帰ろうとする二人を追ってコットは走る。そして、…。
ドアの外側に固定されたカメラで室内を撮る、水面のリフレクションを利用するなどちょっと変わったアングルでのショットが見られる。派手な音楽もなく、農家の静かな生活を映し出していた。
静かな映画だった。涙のラストの後で、コットが心静かな生活を得られていたらいいな。
余談 いつも言ってる事だけど、アカデミー賞は受賞作より候補作(ノミネート候補含む)の方が心に残る作品が多い。
本作も第95回アカデミー賞国際長編映画賞候補作である。
光が3つに
粗暴な父と何となく陰気な母と暮らす9歳のコットが、母の妊娠を機に預けられた親戚宅で過ごす一夏の物語。
物静かであまり幸せそうに見えないコット。優しく出迎えてくれるアイリンに対し、どこか冷めた様子のショーン。秘密は無い、と語るこの家には実はある出来事があり…。
あまり言葉数の多くない作品ですが、穏やかな木漏れ日と美しい景観が語りかけてくるような雰囲気。コットの髪を縫いながら数える優しい空気は、胸にスッとそよ風が吹く感じですね。
一緒に時を過ごす中で、不器用ながらもコットと近づくショーンの姿は素敵だし、本当の家族になっていくようですね。
コットはコットで、事がわかってからは子どもながらに夫婦を気遣っている感じ。自分自身もそうですが、やはり夫婦仲が良いことって子供にとって大切ですね。フラッシュバックでも特に印象的だった。
ラストはシンプルと言えばそうですが、泣ける展開ですね。その言葉はどちらに向けられたものか…そんなことを考えながらの幕引きとなりました。ショーンとアイリンにとっても、何かが変わるきっかけになったように思います。
とても良い作品でしたが、強いて言えばうちの子と遊ばせておくと言って預けられたものの、家に着いて座る間もなくショーンが迎えに来たのにはちょっと笑いそうに…預ける必要ないじゃん(笑)
まぁ道中の会話シーンが重要なわけであって、そこはどうでも良いのですが。
特に大きな出来事が起こるわけではないし、先の展開も読める部分が多いけど、素直にとても素敵な作品だった。
丁寧に作られたよい映画
丁寧さを感じるよい映画だったと思う。
ひと夏の少女の心の微妙な成長。そこだけに集中して、音楽、ちょとしたしぐさや間合いの取り方に至るまで、繊細に配慮され全体のバランスもいいので、何も気にせず安心して没頭できる。内容は素朴だし、写実に集中するクセ?も少し感じるけれど、わたしには個性的でいいと思え、おいしいご馳走を味わうみたいに楽しんで鑑賞できた。
走るシーンは感動のラストシーンとつながる。まずはできそうなことをはじめてみる。その一歩を踏み出す。誰かがそれを見てくれている。自分に関心を持ってくれているということの大切さ。
夜の海岸に入っていくシーンもさりげないが、いい。暗い道と海の重い迫力。それは人生の重い側面…。そこでのおじさんの飾らない言葉。わざわざコットをそこに連れて行った。おじさんの思い。
すごくピンポイント的に、コットに夫婦の過去の出来事を無遠慮にベラベラしゃべったオバサンも、そのビミョー具合がなかなかよかった。
コット役はもちろんすばらしかった。
終わるとき彼女の映像とサヨナラするのが残念だった。
おねしょ
こんなの、泣くに決まってるだろー(´;ω;`)ブワッ!!
今日の天気と一緒で、降水確率100%ですよ🌧️
設定が1981年の夏休みで、主人公が9歳、ほぼ自分と一緒 、「北の国から」放送開始時の純と蛍の世代ですよ〜⛄
自分が9歳の夏休みなんて、任天堂のゲームウォッチ片手に近所の公園で一日中友達と野球三昧ですよ⚾
帰宅してからも、巨人ファンの父親はビールを飲みTVでナイター観戦しながらの家族団欒、今考えると幸せな瞬間 アッノ!、コロハッ!ハッ!
それに引き換え、コットの家は…
そして、あのオシャベリ クソババアのシーンからもう涙腺崩壊(´;ω;`)
ラストに向かって劇場の観客の心は自分も含め1つの願いに🌠
もう、「北の国から」17話の蛍といしだあゆみのあの電車シーン級の号泣展開! カモーン❗デスヨ
ただ、この監督は終始抑えた演出なので、あざと過ぎないラストに劇場はすすり泣きの声が…キタ~😭
駅からの帰り道、余韻に浸りつつ歩きながらも、いつの間にか「明日の朝、何食べよ⁉」「自転車、玄関に入れなきゃ」と徐々に日常に戻っていき…、「オッサン、はじまらない冬 ’24」デシタ~ オワリ! ナンダソリャ( ゚д゚)
コットの魅力にやられました。
コットが魅力的なのね。
見守りたくなるのよ。
優しい気持ちになれるのよ。
派手さもなく淡々と進むし、
言葉も聞き取れなかったので、
勝手に北欧のお話かなと思って、
ひっそり心に残っている作品「わたしの叔父さん」を
思い出したりしていたら、舞台はアイルランドでした。
親戚の叔母さんが登場したとき、
大草原の小さな家のお母さんのような
全てを包みこむような深い愛を感じ、
素っ気ない態度の叔父さんからは、
赤毛のアンのマシューのような素朴な愛を感じ、
息子を失った悲しみを抱えつつも、
前に進むべく生きている2人がとても素敵で、
彼らの適度な距離を保ちつつ注ぐコットへの愛が優しくて…
それを受けて、成長していく彼女を見るのが嬉しくて…
自分の意思で駆け出したコットの未来が
温かい愛に包まれていくことを願うばかりです。
無口で不器用な少女が親戚に 預けられた日々
親戚の家でも 心を開けない、ネクラな少女。
あまり馴染めなかったのか。。。
しかし 親が迎えに来た日に 実は
そこの生活が気に入っていいて 戻りたくないと 駆け出す。。。
静かだけど、ジーンと心に響く
寡黙な少女という設定だけに主人公のセリフが極端に少ないのですが、それでも何故か彼女のこころの声がはっきり聞こえてくるのですよね。そして親戚夫婦が自分たち身に起こったある哀しみを抱えながらも、そんな彼女を一定の距離を保ちながら受入れ、認め、成長を見守る姿が印象的で、その中で彼女が漸く自分の居場所を見つけてゆくそのプロセスが、静かに、詩情豊かに、描かれています。
いろいろな事情で親と暮らせない子ども達と、隣り合う保育士たちの生活を8年にわたって記録した「隣る人」という日本のドキュメンタリー映画(2011年)や「万引き家族」(2018年)を思い出しました。これらの映画で描かれた家庭ほど、コットの置かれた環境はひどいとは思えませんでしたが、それでも血の与える父性と母性、環境の与える父性と母性、子どもたちにとっての本当の幸せは、どっちがよいのだろうと考えさせられる部分は彼女の場合にも確実に存在していて、現状の制度は、どこか血に偏っているのかもしれない。そう思います。
最近日本でもよく目にするようになった実の父母による虐待死の事件をみると、血の父性・母性の限界を、社会の仕組によって補完する制度設計が大切ではないか。最近特にそう思います。
静かだけど、ジーンと心に響く作品。そして子どもの幸せとは何かを見つめ直す意味でもとても良い作品だと思いました。
愛してしまった、愛を知ってしまった。
貧乏な大家族に生まれ、寡黙な性格の9歳の少女が、一夏の間親戚夫婦のもとで過ごす話。ミニシアターでの上映にも関わらず、多くの映画好きの方が絶賛されていたので、これは見なくてはと慌てて鑑賞。公開からかなり時間が経過した平日の昼間でしたが、中々の集客。昨年の鬼太郎といい、映画はクチコミによって左右されるなぁと身に染みて感じます。
そんなクチコミを信じて良かった。映画好きのみなさん、ありがとう!と心の中で叫ぶほど、大好きな作品でした。評価は4だけど、詳細にすると4.3で比較的4.5に近い点数。今年はミニシアター映画強すぎ!?9歳は環境によって人格が形成される、多感で大事な時期。親戚夫婦どころか、実の両親に対しても警戒しっぱなしのコット。自分はお父さんとお母さんに迷惑をかけてはいけない。そんな少女が次第に心を許し、立派な大人へと成長していく様は、まるで絵本のようにシンプルな展開だけど、心の暗い部分が全て浄化されたような気持ちになりました。
人に迷惑をかけずに生きれる人なんて、誰もいない。自分も笑っていいんだ、楽しんでいいんだ。コットを演じた新鋭・キャサリン・クリンチの演技はオスカー級。子どもらしさと大人っぽさ。その両方を兼ね揃えた見事な表現力。下を向いて恐る恐る歩いていた少女がひと夏の間で、前を向いて全力で走るようになっている。90分あまりですっかりコットの親気分。立派になったもんだ、泣いちゃうよぉおお。。。
親戚のおじさんがものすごくいい味出している。言葉には出さないけど、誰よりも思ってくれている。おばさんはまるで聖母のような優しさだけど、おじさんは良い意味で人間味のある優しさで、不器用でも、その分胸にグッとくるものがある。「瞳をとじて」も良かったけど、本作のラストもやばい。なんちゅう終わり方してくれるんだ全く...。どうにか幸せを掴んでくれ。気づいたら手を合わせて願っていました。
物静かで、エピソードとしては物足りなさはあるものの、コットの成長物語、そして教育の在り方について、ものすごく丁寧に描かれていた、素晴らしい作品でした。こういう映画が見たかった。大規模公開映画の派手なアクションもいいけど、単館上映の優しい人間ドラマも最高だね。
美人すぎる小学生
コットみたいな娘ならいくらでもオレが面倒をみる!以上!というのが素直な感想だが、無論ペドフィリアではないので安心してもらいたい。子どもなのに美人すぎるキャサリン・クリンチの透明感に全部もっていかれた。郵便受けまでの並木道をコットが駆けるシーンでは「フォレスト、ラーン!」と言いたくなった。
アイルランド人はカトリックだから避妊しないのか、その結果の子だくさんが家庭の経済的な問題の一因ともなっているようだが、それにしたって親が子どもに冷たすぎ。ビッグダディを見習うべき(参考にならない)。
アイルランドに惹かれて観たけど、、、
予告で観たストーリー以上でも以下でもなく、まんまwww
ということで期待した涙活もロクに出来ず、いろんな人の『熱いものが込み上げました』レビューを読むとまたしても“あたしは冷たい人間なのではないか?”と疑ってしまうけど、それはそれとして。
あんなに自分という存在を大切に扱ってくれる人たちとひと夏過ごしてしまったら、今後のコットな生活がどーなってしまうのか心配……
幸せをイメージできることって大切
1981年、アイルランドの田舎町、大家族の中で暮らす9歳の少女コット。親の愛情が足りてないのは世界標準。
夏休みを親戚夫婦の農場で過ごしたコット。
いきなりバスタブ🛀の温かいお湯で落涙。
優しくされると弱いなぁ。
そこからは伯父さんと伯母さんの優しさにふれ涙し続けることに。
そしてラストで思いっきり嗚咽を漏らした。
そう、館内が嗚咽で包まれた。
愛情を知ることって、幸せをイメージできることってホント大切なこと。
ないものねだりだけど、こんな親戚がいたら家族を持つことに怯えなくても良かったのでは、こんなに遠回りすることもなかったのではと。
親がクズでもまっすぐ育つ子どもはいる
子だくさんとクズ親の相関関係ってあるんだろうか。個人的な偏見なのだが、子どもが多い家庭にはダメな親が多い気がしてしまう。子育てが大変だということも影響している場合も多いし、そんな物語を読んだり観たりした印象の可能性もある。
本作の親は子だくさん。新たに子どもが産まれるから、末女のコットが叔母夫婦に預けられる話。アイルランドの風景がとても綺麗で静かなのがとても印象的。主人公のコットももの静かな子で、自己主張ができない。原題もクワイエット・ガールだしな。
そのコットが叔母夫婦から愛情を受け、1人の人間として尊重されることで成長する姿が描かれる。やはりとても静かな物語。盛り上がる箇所は少ない。途中は静かすぎてちょっとしんどかったくらい。
ただ、終わり方がいい。いや、正直言えばもう少しわかりやすくしてもいいとは思う。でも、そうしてしまうと余韻がかなり異なってしまう。これはこれでいいと割り切るしかない。
ダメな親だろうがまっすぐに育つ子どもはいるってこと。コットがもっと自分を出せる人生になってほしいし、コットと叔母夫婦に幸せな未来があることを願ってしまう。
珠玉の名作
目立った抑揚はなく、静かに力強く訴えてくる映画でした。ワンカット、ワンカットが、とても丁寧に撮られていると思う。アイルランドの静謐な空気が感じられます。
ラストシーンも凄く良いです。
観終わって、今一度予告編を観るとこみ上げてくるモノがあります。
良かったね、
真の意味でのお父さん。でもあのエンディングは・・と最初思いましたが、子どもにとっては思い通りになる事は少ないのだと、次第に思い当たりました。
秘密の花園系自然治癒モノと考えても、静かさが際立つ作品でした。“沈黙の機会を逃した”いい言葉と思います、気まずい沈黙の時間、それは決して不要な時間ではないと感じます。
イヌと仲良くなるシーン欲しかった、ヨーゼフの如く。
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