僕らの世界が交わるまで : インタビュー
ジェシー・アイゼンバーグが初監督作で描いた、すれ違う親子の確かな“つながり”
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「僕の人生での楽しみは書くことだけなので、常に書くものを探しています」。そう語るのは、「ソーシャル・ネットワーク」や「ゾンビランド」シリーズなど、唯一無二の存在感を放つ俳優ジェシー・アイゼンバーグ。そんな彼が脚本も手がけた初監督作「僕らの世界が交わるまで」で選んだテーマは、ちぐはぐにすれ違う母と息子の物語だ。このほどインタビューに応じたアイゼンバーグ監督に、正反対の親子の物語に息づく確かな“つながり”や、監督業や執筆業の今後のビジョンについて、話を聞いた。(取材・文/編集部)
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DV被害に遭った人々のためのシェルターを運営する母エヴリン(ジュリアン・ムーア)と、ネットのライブ配信で人気を集める高校生の息子ジギー(フィン・ウルフハード)。社会奉仕に身を捧げる母と、自分のフォロワーのことで頭がいっぱいのZ世代の息子は分かり合えず、すれ違ってばかり。正反対なようで、そっくりな親子ふたりは、他者と関わり合うなかで、少しずつ変化していく。
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本作は、アイゼンバーグ監督が、コロナ禍でAudible(Amazonのオーディオブック)向けに作った5時間のラジオドラマをもとに、新たに脚本を執筆した物語。ラジオドラマから、どのように映画を構築したのだろうか。
「僕は、ニューヨークマガジン向けのユーモアのあるエッセイ、脚本、音楽など、いろんなものを書いています。ひとつが終わると、次に取りかかる。というのも、僕の人生での楽しみは書くことだけなので、常に書くものを探しています。Audibleのプロジェクトが終わったあと、また何か書きたいと思ったときに、Audibleで皆に紹介しなかったキャラクターがいるなと思ったんです。それが、大人になったエヴリンです。DV被害者のためのシェルターを運営しているのに、自分の世界にしか興味がない息子がいる。エヴリンの家庭とシェルター、そのふたつの世界を探るのが面白いんじゃないかなと思いました」
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エヴリンは、自分の理想とは全く違う形に成長した息子ジギーへの葛藤を抱えている。アイゼンバーグ監督は本作で、誰もが共感しながらも直視することを拒む、家庭が抱える問題に切り込んでいる。撮影現場では、このトピックについて、ムーアともコミュニケーションを交わしたという。
「僕とジュリアンは、それぞれイマジネーションを使って、話をしました。エヴリンは、シェルターを運営するという非常に重要な仕事をしています。ですが、息子ジギーはもともと抱えている反抗心もあって、エヴリンが考える大切なものを、全く無視しています。親は仕事への野心を抱えていますが、子どもは、自分が理想とする形には育っていない。そこに、面白いダイナミクスが生まれていると思います」
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「家族は自分で選べないし、一緒に生きていくしか仕方がない。家族を愛することができれば良いですが、家族と向き合うことは、他人と向き合うよりも、実は大変で時間がかかるんです。だから本作で、ジギーは母に似た学校の女の子を求め、エヴリンはシェルターにいる男の子に息子を投影し、ふたりは他者を追い求めてしまいます。本作で伝えたいポイントは、自分の家族からは逃れられないので、正面きって関わり合うことが大切なのではないかということです」
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本作では脚本、そして初の監督に挑んだ。監督業、執筆業には、どのような思いを抱いているのだろうか。
「脚本は、誰に頼まれているわけでもなく好きで書いているので、時間はいくらでもかけられます。ダメだったらやり直せば良いですしね。ですが、脚本を持って撮影現場に行くと、全ての判断に何千ドル、何万ドルというお金がかかるわけです。例えば図書館で脚本を書いていて、『ここで象が空を飛んで、窓にぶつかって、窓ガラスが割れる』と書くのはタダですが、現場でやろうとすると、莫大なお金がかかります」
「また、現場にあるものはキャラクターにしろ、小道具にしろ、全部必要で、そこに存在する理由があるんです。監督業では、サーカスを運営しているような感覚になりました。いろんな人がいて、いろんなことをやっていて、でも時間が限られていて、皆が同じ目標に向かっている。1分失うと、それが莫大なお金の損失につながったりもする。監督業と脚本業は、全く違う活動だなと思いました。自分のいままでの現場の経験を誇張したものが監督業という感じです」
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親子の価値観の“違い”は、インテリアやファッションなど、さまざまな形で表現されている。例えば、ふたりが暮らす家全体は、エヴリンによってきちんと整えられ、手入れが行き届いている。そのなかでも、ジギーの部屋は混沌としていて、大きなポスターやアートが貼られ、騒々しい雰囲気だ。またファッションでは、エヴリンはアースカラーなど、あたたかみのある色を好む。一方でジギーは、寒色や、けばけばしいデザインの服を身にまとっている。アイゼンバーグ監督は、ジギーが音楽のプロモーションのために作ったロゴつきの帽子・バッグ・シャツなど、いろいろな“ジギーグッズ”を作ることを楽しんだという。しかし、物語のなかには確かに、親子の似通った部分や、確かな“つながり”を感じさせる描写がちりばめられている。
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ふたりのつながりは、音に表れている。例えば、エヴリンのシーンにジギーの自作曲の音が侵入し、ジギーのシーンで、エヴリンが好むクラシックの重厚な旋律が響く。ふたつの世界が拮抗しながらもつながっているようで、印象的な演出だ。
「まさにそれが、僕たちがやろうとしていたことです。ジギーの音楽は、おもちゃピアノのイライラするような音で、エヴリンの世界に侵入していきます。それはまるで、息子が母の世界に侵入するかのようです。それと同時に、エヴリンがジギーのキャップをカイルに渡すときに、ジギーの曲が少し流れるシーンは、母が息子に抱く罪悪感を裏付けています。エヴリンはクラシック音楽が好きですが、ジギーが『お母さんはリベラルなのに、どうしてクラシックみたいな、お金持ちの白人が好むような音楽が好きなの?』と、問い詰めるところがあります。アッパーミドルの暮らしをしながら、ソーシャルワーカーとして働いていることに、いかに折り合いをつけるか、という部分を突いているんです」
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アイゼンバーグ監督の妻は活動家で、両親は医療ケアシステムのなかで働いている。海外メディアのインタビューでは、自分と周囲の仕事の意義を比べて、「アンビバレントな感情になる」と語っているが、本作の撮影を経て、そうした感情に変化はあったのだろうか。
「確かに僕は、もともと性格的に曖昧でどっちつかずなところがあるので、何をしてもアンビバレントな気持ちになるんです。アートというのは、アーティストが想像力を使って、現実から逃避するために作ったものだと思います。ですが、作品がとても有名になってしまうと、自分が恐れていた世界に歓迎されるというパラドックスが起こるんです」
「僕は専門家ではないので、アートや演技の価値については語ることができないのですが、少なくとも、本作でのジュリアンの演技は素晴らしいと思います。多くの人にとってエヴリンはヒーローでありつつ、意思の強さゆえに、タフな人に見られてしまう。そうしたいろいろな面を、彼女は素晴らしい演技で示していて、その演技にはとても価値があると思います」
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俳優・監督・脚本家というさまざまな顔を持ち、その役割を変えながら、物語を伝え続けているアイゼンバーグ。最後に、今後の監督業や執筆業のビジョンについて、聞いてみた。
「監督・脚本を務め、僕自身も出演した映画の新作『A Real Pain(原題)』は、ほとんど編集が終わって、来年公開予定です。いまはミュージカルの脚本と音楽を書いています。僕は毎日何かを書いているんですが、映画を作るうえでの唯一の障害は、周りの人がやらせてくれないことです。書いたものを人に見せて、10人の人に拒絶されても、ひとりが良いと言ってくれれば、次の作品も実現できます」
「僕らの世界が交わるまで」は、1月19日から東京・TOHOシネマズシャンテほか全国で順次公開。