コラム:どうなってるの?中国映画市場 - 第58回

2023年11月28日更新

どうなってるの?中国映画市場

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」中国宣伝の裏側 Road Pictures代表が語り尽くす

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「Road Pictures(路画影視伝媒有限公司)」は、「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」「万引き家族」などを中国の観客に届けてきた映画配給会社です。2014年に設立した同社は、中国映画市場に衝撃を与え続け、常に映画業界の最先端を走り続けています。

現在、映画の興収は“配信プラットフォーム”によって大きく影響を受けています。ところが「Road Pictures」は“劇場”という場の魅力を再発見・再定義しているんです。「劇場とは何か」「なぜ観客は劇場で作品を見るべきなのか」「作品と観客の距離とは」等々、配給・マーケティングでの経験をいかし、「Road Pictures」は新たな挑戦を始めています。

今回は「Road Pictures」の代表・蔡公明(ツァイ・ゴンミン)氏に話を伺うことができました。二次元コンテンツ(アニメ、コミック、ゲーム、小説)の中国での活用に特化した新会社「GuGuGuGu(英語名:Animation Valley)」に対する思い、「すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」の中国大ヒットの裏側についての“言葉”を紹介しましょう。

蔡公明氏
蔡公明氏

●“劇場上映”の重要性 熱心なファンは「“観客”という枠を超えた」

私たちが企画した「THE FIRST SLAM DUNK」における体育館を利用した中国プレミアは、非常に話題になりました。その後、他の作品でも、そのような“体感型上映会”が続々と行われることになったんです。これこそが“劇場上映”でしかできないことだと思っています。配信は作品を見るだけのもの。劇場上映は、作品以外にもさまざまな体験が可能です。ファンと作品の距離、ファンと製作者の距離、ファン同士の距離……そこから生まれた“楽しさ”“幸せ”は、配信にはありません。今後劇場上映における“体感型”の重要性はさらに高まるでしょう。

すずめの戸締まり」「THE FIRST SLAM DUNK」の中国配給を経て、作品と観客の距離の重要性をますます実感することになりました。配給としては、もちろん作品の興行収入が一番重要だと思います。さまざまな宣伝プランを立て、より多くの人々に作品の魅力を届けたいです。私たちが感じたのは、アニメ好きの観客やファンが、想像以上に作品に対して愛をこめていたこと。彼らは“多くの人々に、この作品を見せたい”と自発的にSNS上で宣伝していました。私たちが何か間違いをおかしたら、すぐに彼らから批判されますが、反対に作品のためとなる良い宣伝をすれば、彼らを本当に幸せにすることができます。彼らは、宣伝のアイデアを積極的に送ったりしてくれることもあるんです。つまり、とっくに“観客”という枠を超えているんです。

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●クリエイティブな夢を実現できるような『家』を、ファンとともに創り上げたい

中国における二次元コンテンツのファンの数はどんどん増えていますが、まだ社会の隅々までは浸透していません。まだ一部の人だと言えるでしょう。私の子どもも二次元コンテンツの大ファンです。アニメを見たり、ゲームをしたり……実は最初、私は反対していたんです。長時間二次元の世界に浸っていると、勉強にも影響が及びますから。しかし、ある日、彼は私にこんなことを言ったんです。

「二次元の世界は、お父さんが想像している世界とは違います。あなたが家にいない時、二次元は私の隣にいてくれました。そのことによって、たくさんの学びを得たんです」と。そこから、私も少しずつ二次元の文化について、勉強し始めました(笑)。

二次元の世界を知れば知るほど、かなり特別な文化だと感じました。若い人々が、なぜアニメやゲームが好きなのかも、少しわかったような気がしました。そこで「彼らのために、何ができるか」をいうことを色々考えました。日本のアニメ作品の配給だけではなく、彼らにもっと自由なスペースを与えたい。そして、私たちと一緒にIPの魅力を最大限に引き出してもらいたいと考えて、色々動き出すことになったんです。

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今の中国では「コンテンツの配給・配信」「グッズなどの商品化」「体験型イベント」というアニメIPにおける3つの柱を統合する会社はまだ少ないんです。ディズニーやマーベルのようなハリウッド映画会社は、以前からそれらを統合していますが、中国にはまだない。ですから、この新しいビジネスモデルを構築していきたいと思います。統合することができれば、間違いなく効果が期待できると確信しています。

それは何故か? 例えば、ある会社が映像制作を担当し、別の会社がグッズを担当。そして、もう1社がイベントを主催する。そうすると、例え同じIPだったとしても、必ずしも方向性が同じだとは言えません。どこかでズレが生じますし、それを修正するには時間を要します。もしかしたら修正できないかもしれませんよね。だからこそ“統合”が実現出来たら、ファンは同じ世界観でIPに触れることができ、そしてさまざまな形で体験ができると思うんです。

私は常にファンの知恵と熱意を信じています。だからこそ「GuGuGuGu」では、IPとのつながりを感じてもらい、クリエイティブな夢を実現できるような“家”を、ファンとともに創り上げたいと思っています。ちなみ「GuGuGuGu」という社名も、ファンからの応募から決まったんですよ。

●「すずめの戸締まり」の“癒し”を届けたかった

改めて振り返ってみると、「すずめの戸締まり」と「THE FIRST SLAM DUNK」の宣伝に関して、我々は本当に必死でした。できることはすべてしたと思います。

例えば「すずめの戸締まり」に関しては、北京大学での中国プレミア、中国の人気歌手周深さんとのコラボ、特製チケット、コラボした学校前のバス停に看板を設置、数えきれないほどの応援試写会等々。最終的には“癒し”という切口で宣伝方針が固めました。なぜかといえば、今年の3月はコロナが収束してから“初めての春”。表向きは元に戻りましたが、実際には“大きな災害”からは簡単に回復できないだろうと考えたのです。だからこそ「すずめの戸締まり」の“癒し”を最高の温かさをもって、皆さんに届けたいと思いました。

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新海誠監督との中国キャンペーンも忘れられない時間でした。今回のキャンペーンは、コロナ後初めての海外作品。まだ完全に落ち着いたわけではないのですが、中国のファンと交わした“3年の約束”(新海監督が「君の名は。」での訪中時に「3年後に新作と共に戻ってくる」と約束したことから、以降中国のファンが監督の新作を待つ時の合言葉になっている)があったため、すぐに快諾いただきました。改めて、新海監督は本当に素敵な人です。ファンとの交流など、たくさんの感動的なエピソードを残しました。

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●「THE FIRST SLAM DUNK」のために特製スクリーンを制作「200万元(約4000万円)かかりました」

THE FIRST SLAM DUNK」の宣伝展開についてもお話しましょう。「すずめの戸締まり」に続き、一見日本アニメのブームが訪れていたように見えますが、実はこの2作品はかなり特色が異なります。観客層もそうですし、我々の宣伝プランも含めて、「すずめの戸締まり」の時とはまったく違う方法で臨むことになりました。私は常に作品ごとに宣伝方針を考えないといけないと思っています。だって、すべての作品は異なるクリエイターが作っているんですよ? 同じ考えで宣伝していくと、良い効果は出ないと思っています。

THE FIRST SLAM DUNK」は“日本アニメ”という切り口だけで宣伝していくと、絶対に物足りないと考えていたので「ノスタルジック」「試合」という2つのポイントでプランを考えました。「ノスタルジック」に関しては、「SLAM DUNK」は中国の30~40代にとって特別な作品ですので、キャラクターやセリフさえ目の当たりにすれば“熱い思い”が出てくることは間違いありませんでした。(参考記事:https://eiga.com/extra/xhc/50/)。

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この点に関しては、誰でも考えられるでしょう。しかし作品を拝見して、一番ショックを受けたのは“試合のリアル感”でした。バスケットボールの試合を実際に見ているような狂熱――見終わった後もなかなか「試合」から抜けられなかったのです。そこで「この作品を体育館で上映すれば……」というアイデアが浮かびました。

体育館のなかでは、もちろんバスケットボールもできますし、さらにチアリーダーやDJなども誘ったりして、できるだけ本物のバスケ試合と同じように感じさせたかったのです。“映画”と“映画を見る場所”を同じ時空にしたような不思議な体験を企画しました。一番大きな問題はスクリーンでした。体育館にふさわしいスクリーンは、カスタムするしかありません。最終的には横幅37メートル、しかも一度限りの特製スクリーンを作ったんです。これには200万元(約4000万円)もかかりましたね(笑)。

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THE FIRST SLAM DUNK」は、“音”の映画でもあると思います。体育館における音の反響は凄いですよね? 体育館の専門家、コンサートの専門家、映画館設備の専門家、調音師などなど、完璧な音響効果になるまでに、かなり時間を要しました。プレミア上映は、私たち自身も非常に満足でした。凄い事をやり遂げたなと思いました。唯一残念なことと言えば、その空間を井上雄彦先生にも味わっていただきたかったということです。

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●中国の映画市場について “成功”は簡単にコピーできない

中国における「すずめの戸締まり」と「THE FIRST SLAM DUNK」の興行収入は、2023年に中国市場で公開された海外映画において「すずめの戸締まり」が2位(8.07億元/約169億円)、「THE FIRST SLAM DUNK」が3位(6.60億元/約138億円)となっています(11月21日時点)。正直なところ、この事態は私たちにも予想がつかなかったです。

ハリウッド映画は、中国での注目度がどんどん下がってきていますので、“日本アニメ映画のチャンスが来た”という世論が出てきました。しかし、私はそこまで楽観視していません。変化が激しい現在では、どの作品がいつヒットするか、まったく予測ができません。今はハリウッド映画がやや低迷していますが、すぐ戻れるかもしれませんね。

「存在のない子供たち」
「存在のない子供たち」

もうひとつ事例をお話しましょう。2018年私たちが配給したレバノン映画「存在のない子供たち」は、中国国内で大きな話題を呼んだのです。中国では、当時のディズニーの大ヒット作品「アラジン」よりも興収が上です。その時は、多くの中国映画会社がカンヌに行って受賞作を買ったり、中東にまで赴き、「存在のない子供たち」のような作品を探したりしました。しかし、良い結果を残す作品は決して多くなかった。つまり、映画市場での成功は、簡単にはコピーできないということです。時々運も必要です。中国のことわざで言えば「天時、地利、人和」が必要ですね。

●日本の実写映画には“中国の若者に刺さる”作品がたくさんある

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そして、2018年に配給した是枝裕和監督の「万引き家族」は、中国でも大きな話題になりました。当時この作品と出合った時、作品の内容を聞いただけで、買付することを決めたんです。本当に素晴らしい作品でした。いまでも中国における日本実写映画の興収1位です。実際日本の実写映画に関しては、毎年面白い作品がたくさんあります。「万引き家族」の成績を越える作品が早く出てほしいと願っています(笑)。

近年では「ドライブ・マイ・カー」や「花束みたいな恋をした」など、中国の若者に刺さる作品がたくさんあります。私たちも常に日本映画の最新作をチェックし、多くの中国の観客に届けたいと強く思っています。正直、中国映画市場で成功を収めるにはまだまだ“難しい部分”が多いと思います。繰り返しになりますが、全ての作品に対して、各々のプランを立てて、一番良い結果が残せるように頑張っていきたいと思っています。

筆者紹介

徐昊辰のコラム

徐昊辰(じょ・こうしん)。1988年中国・上海生まれ。07年来日、立命館大学卒業。08年より中国の映画専門誌「看電影」「電影世界」、ポータルサイト「SINA」「SOHA」で日本映画の批評と産業分析、16年には北京電影学院に論文「ゼロ年代の日本映画~平穏な変革」を発表。11年以降、東京国際映画祭などで是枝裕和、黒沢清、役所広司、川村元気などの日本の映画人を取材。中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数は280万人。日本映画プロフェッショナル大賞選考委員、微博公認・映画ライター&年間大賞選考委員、WEB番組「活弁シネマ倶楽部」の企画・プロデューサーを務める。

Twitter:@xxhhcc

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