コラム:上質映画館 諸国漫遊記 - 第4回
2025年3月5日更新

映画を愛する人にとって、テレビやネット動画もいいけれど、やはり映画は映画館で観るものだと考える方は多いだろう。本コラムでは全国の映画館の中から「これは」と思う上質なスクリーンを訪問し、その魅力をお伝えしたい。(取材・撮影・文/ツジキヨシ)
109シネマズプレミアム新宿/SAION - SR EDITION - 特別な映画体験を実現する、スペシャルなシネマコンプレックス

スクリーンはビスタアスペクトとなっている。左右壁面がデコボコなのは音響調整用の処理が施されているためだ
▼常識を覆す全席プレミアムシート仕様の映画館
「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」とは小林秀雄の名言だが、109シネマズプレミアム新宿で映画を鑑賞/体験したときに、そうした感覚にいつもとらわれる。
109シネマズプレミアム新宿は、東急グループで映画興行や不動産業を営む株式会社東急レクリエーションが運営する「109シネマズ」の旗艦店として、2023年4月に新宿・歌舞伎町に建設された東急歌舞伎町タワーに新設された。東急歌舞伎町タワーは、映画の街、新宿のメッカのひとつ「新宿ミラノ座」跡地に建てられた、地上48階、地下5階、高さ225mに達する巨大タワー。ホテル2箇所、ライヴエンターテインメント用の施設3箇所、アトラクションスペース、飲食店、バスターミナルを備えたエンターテインメント、レクリエーション施設として日本有数の存在である。その9階/10階の2フロアーに計8スクリーンを擁するシネマコンプレックスとして、109シネマズプレミアム新宿は開業した。
開業に先立つ1年ほど前の、2022年4月26日のプレスリリースに、109シネマズプレミアム新宿の目標として、以下のコメントが掲げられていた。「これまでの映画館の常識を覆す、上質な鑑賞環境とおもてなしを提供し、こころゆくまで映画の世界に没入いただけます」「鑑賞前に過ごしていただくロビー空間、音響環境、シアター内の特別な座席など、鑑賞体験全てにおいて新たな価値を提案する」(株式会社東急レクリエーションのプレスリリースより)

高さ222mの威容を誇る高層ビルである
繰り返すが、これは2022年4月、つまり新型コロナウイルスの病禍を世界がまだ克服していないタイミングでの言葉である。もともと映画館の跡地に新設の映画館を作るという計画だったことにも起因しているのだろうが、「これまでの映画館の常識を覆す」や「鑑賞体験全てにおいて新たな価値を提案する」とは、かなり強い表現である。筆者はこのプレスリリースを<配信全盛の世ではあるが、映画は映画館で観るもの。映画を映画館で観る価値を徹底的に追求し、人々を映画館に呼び戻す>という決意表明と理解した。
「新たな価値を提案した映画館」として、109シネマズプレミアム新宿では後述する「高度な音響システム」や「ラウンジ利用システム」、そして「全席プレミアムシート」仕様の映画館として生まれた。その結果として、鑑賞料金は、CLASS Aというグレードで4,500円、さらにハイグレードなCLASS Sでは6,500円に設定された。一般的なシネコンの鑑賞料金は2,000円前後だから、CLASS Aは2倍以上、CLASS Sでは3倍以上となったわけだ。絶対額では高いと思う。ただし、全席プレミアムシート仕様ということを考慮すると、その料金に対する見え方は変わってくる。一般的なシネコンの「ハイグレード仕様シートでの追加料金」として、鑑賞料金に加えて1,500~3,000円が必要なのが普通。単純な金額であっても、それらと比較すると決して高くは思えなくなる。
しかも鑑賞料金には、上映開始前の1時間前から利用可能なラウンジの利用料金と、ウェルカムコンセッションのソフトドリンクとポップコーンの料金も含まれている。加えてCLASS Sは、映画鑑賞後に「OVERTURE」という絶景を味わえるプレミアムラウンジが利用できる。そこではウェルカムドリンク1杯が無料でサービスされ、ソフトドリンク、ビール、ワイン、カクテルなどのほか、「余市」「竹鶴」「知多」「白州」「山崎」など貴重なジャパニーズウイスキーも選択できる。これらのウイスキーの通常料金は2,000円前後となっているが、それがCLASS Sの鑑賞料金には含まれているので、総合的に考えれば6,500円の鑑賞料金は「安い」とさえ思えてくる。あとは映画の上映品質がどうか、その体験価値という観点が残される。

(※一部、持ち込み不可の作品上映もあり)
ちなみに「109シネマズ」ではシネマポイントという年会費無料の会員制度があり、それを利用するとCLASS Aでは4,000円、CLASS Sは6,000円で鑑賞できる(入会手数料1,000円は必要)。109シネマズプレミアム新宿を2回利用すれば、ペイできるのでぜひ活用したいシステムだ。
109シネマズプレミアム新宿の鑑賞料金の高さには、こうしたシートやラウンジといった設備面でのメリットが含まれているが、本質的には「映像、音響システムのクォリティ」に徹底的にこだわり、「映画を体験する場」としての価値が裏付けとなっている。特に音響システムこそ本シアターの価値の真髄であり、109シネマズが全国で展開している「SAION」(サイオンと読む)という「プレミアムピュアサウンドシステム」(ホームページより)の中で、さらに特別なハイグレードバージョン「SAION -SR EDITION -」が新規開発され、採用されている。このシステムは、坂本龍一氏(以下、坂本龍一と略す)が監修したもの。その価値がいかほどであるか、リポートしてみたい。

眼下には世界一の乗降客を誇る新宿駅が見渡せる
▼「曇りのない正確な音」を実現するSAION - SR EDITION -
坂本龍一が109シネマズプレミアム新宿の音響システムについて語った動画がYouTubeにアップされている。「日本で一番音の良い映画館になったと思います」「曇りのない正確な音が出るようにとても注意して造られました」と彼自身が語る動画(https://www.youtube.com/watch?v=21gq5lU30DU&t=60s)である。
ここで語られている「SAION -SR EDITION -」の「曇りのない正確な音」とは一体どのような音なのだろうか。素直に解釈すれば、映画製作者(監督やサウンドデザイナー)が、製作時に聴いていた音響を、そのままの品位で、なんのマスキングもなく、映画館で上映することである。だが、それは抽象的な概念であるし、具体的な指針や目標なしに再生側(=映画館)の努力だけで実現はできないはずだ。

鑑賞者用ラウンジは上映の1時間前から入場できる
かつて、ジョージ・ルーカス(「スター・ウォーズ」シリーズ監督)は、どんなにこだわった音響を映画に施したとしても、映画館の設備が貧弱であっては、映画の魅力が正しく伝わらない、として映画館音響システムの認証制度を作った。その認証プログラムは「THXシステム」と呼ばれ、1980年後半から1990年代にかけて映画館音響の品位向上に大きな役割を果たしたが、その活動の中心にいたトム・ホルマン氏は、THXシステムの狙いを次のように述べている。「重低音の量感の確保とローレベルでの歪みの低減、高域特性の向上と全帯域のバランス改善、そしてサラウンドの均一なサービスエリアの確保です」(株式会社ステレオサウンド社刊 HiVi誌1988年9月号掲載「「映画の音」と真剣に取り組み続けるルーカスフィルムのしなやかな音・哲学/山本浩司氏著」から引用)。
トム・ホルマン氏が語った要素は、実は全てSAION - SR EDITION -で、極めて高度に追求されている事柄である。「重低音の確保と低歪み再生」「高域特性向上」「全帯域のバランス改善」「サラウンドの均一なサービスエリア」こそ、「曇りのない正確な音」を実現する技術的な項目といってよいだろう。109シネマズプレミアム新宿では、その実現のために「カスタムスピーカー」「最高品質のパワーアンプ」「特注スピーカーケーブル」が採用されている。詳しくいえば「カスタムスピーカー」と「特注スピーカーケーブル」は、109シネマズプレミアム新宿のために開発されたものである。

天井にBGM用スピーカーが多数設置されており、BGMは坂本龍一作曲のオリジナル曲
「カスタムスピーカー」は、全シアターでのスクリーン裏に設置されている3本のスピーカー(L、C、R)に用いられている。メーカー製の既存モデルを使うのではなく、オリジナルのスピーカーを109シネマズプレミアム新宿のために開発したのである。既存の車でサーキットを走らせてタイムを削ったのではなく、サーキットに合わせて専用のスーパーカーを開発、最速を狙ったのである。その考えが、いかに異例で、とんでもないことだとも理解できよう。
カスタムスピーカーの技術的な要素を整理しておこう。高域を受け持つユニットにベリリウム素材、中域にカーボンファイバー、低域に特殊ペーパーコーンを使用した3ウェイ方式のスピーカーが搭載されている。重低音を受け持つサブウーファーは18インチ(46cm)口径のハイパワー仕様のユニットが使われている。スピーカー自体がカスタムメイドだから、スクリーン裏に設置された状態での綿密なチューニングが施されていることも見逃せない特徴である。サラウンドスピーカーは、20cm口径の低域ユニットと8基のシルクドームトゥイーターが同軸配置となるよう、後者を円弧を描くようにラインアレイ状に配置した凝ったシステムとなる。非常にユニークな外観のサラウンドスピーカーなので、本シアターに出かけた際は、左右壁面に設置されているスピーカーにも注目していただきたい。なお、このカスタムスピーカーは、109シネマズプレミアム新宿の開業後、「BWV」というブランド名で、劇場用システムならび家庭用システムとして市販されている。ご興味のある方はぜひ注目されたい。

小型ながらクリアーな再生音で空間に音を響かせる
「最高品質のパワーアンプ」とは最新技術がふんだんに盛り込まれたデジタル駆動仕様の英国製ハイパワーアンプを日本で初めて採用していることが挙げられる。具体的には、Linea Research(リニア・リサーチ)社の「44C20」が使われている。4C20は、4ch仕様のパワーアンプで、出力はチャンネルあたりなんと1,500W(8Ω時)を叩き出す。一般的なオーディオアンプの出力は、高性能/高価な製品でも100~300W程度で、「ハイパワー」と呼ばれる製品でも500Wがせいぜい。1,000Wを超えるモデルはほとんどない(家庭での再生にはそもそも必要ないからだが)。それを考えると1筐体で1,500Wを4ch実現した4C20は、驚異的な高出力が実現した製品といえるが、その採用の理由が「音質」であり、選定した経緯にも驚く。109シネマズプレミアム新宿の開業にあたって行なわれたインタビューの中で、こんなコメントがある。
「パワーアンプも世界中のありとあらゆるものを試しました。結果、最もノイズレベルが低く、自然で大きく増幅できるものを選択しました」(東急レクリエーション取締役常務執行役員 久保正則氏。映画.com 2023年5月11日掲載記事から引用)
さりげなく記されているいるが、これはちょっと驚く証言である。パワーアンプは、映画館の設備では黒子の中の黒子である。そのパワーアンプまでも入念なプロセスを経て機器選定が行なわれたことを示している証である。シビアな収支計画の中、設備予算が決められ、その中で運営上のトラブルがない安定した高信頼性の製品が選ばれ、音質面での優先順位を高くできないのが、シネコンというビジネスの現実の姿であろう。パワーアンプになにかトラブルが生じ、上映が止まってしまったら、日々の興行が立ち行かなくなる。そこを乗り越えて「最もノイズが低く、自然で大きく増幅できる」「音のよい」リニア・リサーチ製品を日本で初導入した格好だ。

スクリーンはビスタアスペクトとなっている。左右壁面がデコボコなのは音響調整用の処理が施されているためだ
「特注のスピーカーケーブル」が本シアターのために開発されたことも、このシネコンが特別なプロジェクトだったことの証である。109シネマズプレミアム新宿の開業にあたり、1芯あたり80本のOFC(無酸素銅)素材の導体を使っているケーブルを新規に作り、採用した。少々専門的な話だが、ケーブル内に電流が流れる際には、導体の内部ではなく表面を電気が流れる「表皮効果」という現象が起きる。ハイパワーアンプを用いてスピーカーを駆動するときに、効率的に大きな電流を流すためのスピーカーケーブルには、内部導体の表面積の合計をいかに増やすかがポイントになるが、その実現のために80本もの導線を一芯にまとめたスピーカーケーブルを新たに開発した。音にこだわった映画館の施策として、カスタムスピーカーを作る試みは例がないわけではないが、スピーカーケーブルまでを特注したのは、現代の映画館づくりとしては空前のことであろう。
▼坂本龍一の白鳥の歌「Opus」について
筆者は、2023年4月の109シネマズプレミアム新宿の開業以来、大予算で作られたハリウッド映画作品のドルビーアトモス上映(シアター3がドルビーアトモス上映に対応)から、スペクタルシーンが連発する邦画作品、35mmフィルムで上映された最新映画(シアター8にフィルム映写機を導入)やリバイバル作品など、いろいろな作品を鑑賞した。
それぞれが映画の内容とともに、109シネマズプレミアム新宿で観たという記憶が深く心に刻まれている。重低音の迫力、キレのあるのサラウンド表現、スムーズに伸び切った歌声、分厚く深く染み渡るように響くセリフ。映画上映が始まると余分な響きはまったく感じられず、音の素晴らしさに毎回感激する。面白いのは、映画が始まってすぐは「音が良いな」と感激するのだが、映画が進行するにつれて、徐々に「音が良い」という意識は薄れ、映画の世界にどっぷり浸かっていく感覚になることだ。音が鍵となって、映画の世界に入り込むイリュージョンを体験させてくれたのは、現在のところ、109シネマズプレミアム新宿だけである。

(C)KAB America Inc./KAB Inc.
その意味では、ここで鑑賞したすべての映画の詳細な感想を本コラムで紹介したいが、本シアターの真髄を味わうのに最適な作品を2024年の暮れに体験したので、その印象を具体的に記したい。「Ryuichi Sakamoto | Opus」である。
本作について、少し解説しよう。2023年3月28日に亡くなった坂本龍一が、死の約半年前の2022年9月、彼が「日本でいちばん音のいいスタジオ」と評価していたNHK 509スタジオで8日間かけて収録した20曲を103分の映画としてまとめた、セリフも物語もない、映画作品である。直前に迫りくる死にまっすぐに向き合った天才音楽家が、ピアノに向かって一音一音命を削るように響かせた剥き出しの音を、美しいモノクローム映像ともに記録した。監督は坂本龍一の実子、空音央(そら ねお)、撮影はビル・キルスタイン、録音/マスタリングはZAK(FISHMANS、UA、菅野よう子、三宅純など)、照明は吉本有輝子(「舞台・エヴァンゲリオン ビヨンド」)など、精鋭スタッフが集められた作品である。
告白すると筆者は、坂本龍一の音楽を語れるほど、彼の音楽にシンパシーを抱いてはいなかった。同時代を生きる音楽好きの端くれとして、スタジオ・ミュージシャンや職業作曲家、映画音楽作曲家としての坂本龍一の活躍には注目していたが、ソロ作品の全てをフォローしているファンではない。そんな筆者でもNHKで2023年1月5日に放送された「坂本龍一 Playing the Piano in NHK」(「Opus」と編集は違うが、同じ演奏がオンエアされた)を観て、なるほど、これが坂本龍一が命を削って残した演奏か、素晴らしい、凄いとは思った。だが、その演奏の本当の姿に接し、その意味を多少なりとも理解できたと思ったのは、2024年末に109シネマズプレミアム新宿で「Ryuichi Sakamoto Premium Collection」の第四弾として再上映された「Opus」を体験したときだった。

▼眺望、インテリア、コンセッション。全てが快適
映画「Opus」を観たのは、2024年12月30日の午前中。年末の喧騒から抜け出すように自宅を出て、JR新宿駅の総武線ホームから、歌舞伎町を目指す。24時間眠らない街、新宿。その慌ただしい雑踏を通り抜け、東急歌舞伎町タワーに辿り着く。今回は、シネシティ広場側のエスカレーターを使っての入場ではなく、西武新宿駅側の1階入口から、エレベーターで劇場のあるフロアーに向かった。シアター1~4はビル9階、シアター5~8は10階にそれぞれエントランスが用意されている。今回はシアター7での鑑賞を予約したので、10階に向かう。
エレベーターのドアが開くと、新宿駅を見下ろしながら、長野方面への絶景が広がる。空気が澄み、快晴の朝ならではの光景が出迎えてくれた。夕方から夜にかけては、生命力を象徴するような色鮮やかな東京の夜景が広がるだろう。昼/夜問わず、大都会・東京を見下ろす摩天楼には、歌舞伎町の喧騒にかき乱された感覚をリセットする効果があるのかもしれない。
エントランスには、チケット発券機と上映タイムテーブルがあるが、今回は事前にチケットをネット購入したので、事前に送信されたQRコードを入口脇のQRコードリーダーで読み込ませて入場する。すかさずエントランスに待機しているスタッフから、「本日は「Opus」の鑑賞ですね。こちらが曲目リストとなります。ごゆっくりお楽しみください」と声をかけられ、「Opus」鑑賞者向けの、トラックリストが印刷されたカードを渡された。大学生のアルバイトスタッフだと思うが、その声掛けの自然さ、柔らかな雰囲気が気持ち良い。

前述の通り、ラウンジが上映開始前の1時間前から利用可能で、鑑賞料金に含まれるウェルカムコンセッションとしてソフトドリンクとポップコーンが供される。筆者は映画鑑賞前に飲食をする習慣は普段はないが、109シネマズプレミアム新宿で映画を観るときは、せっかくなので少し早めに到着するように予定を組み、ホットコーヒーを片手に塩ポップコーンを食べることにしている。コーヒーは、豆から挽くタイプのマシンを導入しているようで、香り高い。塩味をちょうどよくきかせたポップコーンはパリッとした軽い食感で手が止まらない。
ラウンジには、様々な種類のソファが適切なスペースを確保しつつ並べられ、いくつか試してみてがが、どれも座り心地抜群である。ラウンジは、極言すれば「待合室」なのだが、ここは、ただ時間が経過するのを待つだけの働きにとどまらない。喉を潤す飲み物とポップコーンを軽くつまみながら、上映までの時間を味わう。あるいは緩やかに流れる時間を、気のおけない人たちとゆったりと語り合う。楽しみにしている映画の上映前に、リラックスした感覚を空間としてサーブする。そんな作用すらあるかもしれない。
ラウンジには、音はきちんと聴こえるけれどうるさくはないという絶妙な音量で静謐なバックグランドミュージックが流れている。この曲は坂本龍一が描き下ろした「109 Shinjuku - Lounge」。ラウンジのBGMが、世界的音楽家が作曲したオリジナル曲というこだわりだが、それをことさら大きくアピールするわけでもない奥ゆかしさ。BGMを再生している音響システムは、シアター内で使われているスピーカーと同じBWVブランドのH-1という小型スピーカー。天井の至るところで多数のH-1が吊り下げられ、ラウンジの空間全てを仰々しくなく、だがしっかりとした音で満たす。小音量時には聴き取りにくい低音が、クリアーに響いているのは、さりげなく天井に設置されている同ブランド製のサブウーファーが適切に使われているためだろう。

公式ホームページによるとラウンジのデザインテーマは<「とき」「おと」を楽しむ“TIMELESS MODERN”>。調度品、インテリアのデザイン、壁に掲げられたアート作品、BGM、そしてスタッフが提供するサービスのグレードが相まって、そのテーマはすんなり合点がいく。初めて訪れたときは、ラウンジに設置されているソファの座り心地の良さや、ドリンク、ポップコーンに感激して、空間に漂うBGMにまで意識できなかったが、何度か通ううちに、ラウンジで奏でられている音の快適さすら、坂本龍一が密かに組み込んだ仕掛けだったと気づく。
▼「解釈を拒絶する」装置としての映画館
「Ryuichi Sakamoto | Opus」は、109シネマズプレミアム新宿で最も大きなシアター7で鑑賞した。CLASS SのD-6席というスクリーン中心の延長線上、ほぼ中央のベストと思われるシートに座る。鑑賞料金はシネマポイント会員料金の6,000円。座席は広く、座り心地は極めてよい。荷物を置くスペースも充分に確保され、申し分ない。
本編上映前の新作映画の予告編が流れる間にも、本シアターの音の良さ、居心地の快適さが充分に味わえる。映像もクリアーで鮮やか、清廉といった印象だ。109シネマズプレミアム新宿の設備導入を担当した株式会社ジーベックスのサイトで導入事例として紹介されているページによると、プロジェクターは、クリスティ社のレーザー光源3チップDLP方式CP4450-RGBで、光出力55,000ルーメンに達する強力なスペックを誇るモデルを用いている。

(C)KAB America Inc./KAB Inc.
本編が始まる。ビスタアスペクトのスクリーンに、クリアーでノイズレスとも表現したい、モノクロームの映像が流れる。鍵盤の前に集中する坂本龍一。無音という音が空間を支配する中、録音エンジニアがフェーダーを上げ、ヒスノイズがかすかに上がった刹那、冒頭「Lack of Love」のシンプルなメロディで幕が開く。鍵盤を押さえる坂本龍一の指に連動して、フェルトのハンマーがピアノ線を叩き音が鳴る。そのメカニカルな動きの微小な音がしっかり聴き取れる。足でコントロールしているペダルのアクションが動く音もカットせずクリアーに響く。オーディオ評論の言葉でいえば「分解能が高く」「S/Nが良い」「微小信号の再現性に優れた」音である。
「Solitude」(村上春樹原作の映画「トニー滝谷」のサウンドトラック曲)では特に強烈なペダル・ノイズ(とあえていいたい)が、メロディと同化していく様が顕著である。ピアノの音は、ハンマーがピアノ線を叩く音だけ、という発想ではなく、坂本龍一がピアノという楽器を使って響かせている全ての音が音楽である、そう言いたげな音だ。ペダルを踏んだときに放たれる空気の流れが、大きな波のようにシアター7を震わせる。決してテクニカルな技巧を駆使した演奏ではないが、音そのものを磨き上げ、それがどう響くかを徹底的に意識した音。ピアニシモの微かな音は、繊細でありながら、でも確かな音の粒としてクリアーに描かれる。「Solitude」とは孤独という意味だが、曲名通り音の数を極限まで減らしながら、冷たく鋭利に寂寥感を漂わせたタッチでメロディを淡々と刻む。だが、ペダル・ノイズの存在が、坂本龍一という生身の人間が介在していることを確かに示す。

「Tong Poo(東風)」、「The Sheltering Sky(シェルタリング・スカイ)」、「The Last Emperor(ラストエンペラー)」、「Merry Christmas Mr. Lawrence(戦場のメリークリスマス)」など、人々によく知られた坂本龍一の名曲が、ソロ・ピアノのスタイルで披露される。単音であろうとも、ハーモニーとして響かせた音であろうとも、ピアノの音がNHK509スタジオの空間の中に完全に消え去る様子を極めて微小レベルまで捉えている。その消え際を聴き逃すまいとすると、次第に音に集中し「耳が開く」のがわかる。
クラシックの小編成/室内楽の演奏会で、はじめは聴き取れなかった微かな音が、次第に聴こえてくる。それと同じ「耳が開く」感覚。耳が開くと日常では認知できない音に、世界は満ちていることに気がつく。近くの席に座る人の衣擦れの音。呼吸するときの喉を空気が通過するときの音。ゴクッと喉が動く音。自分の心音までも。こうした様々な音が、坂本龍一が奏でる音の響きと連動した「音楽」に感じてしまうほどだ。シアター空間のノイズレベルの低さが、音への集中をもたらし、新しい音楽を響かせる。
彼が命を削って紡いだ音が、109シネマズプレミアム新宿のシアター内にありのまま届けられた結果、いろいろな感情がうごめいた。言葉で表すと、静謐、繊細、厳粛、純粋、孤独、無常、諦観、微動、永劫といったところか。シアター内に分厚く鳴り響く、坂本龍一の音楽、音に浸った109分。それは映画館で映画を観るという行為を超えた体験だったのかもしれない。
「Opus」という、特別なライヴ作品を鑑賞し、その詳細を長々綴ったが、要は109シネマズプレミアム新宿は、「曇りのない正確な音」の目標の通り、作品の世界をありのままに「解釈せずに」鑑賞者に伝達する能力が傑出した音響システムを備えている。「解釈を拒絶する」装置としての映画館。ここで映画を観ると、映画館が透明になり映画の世界に沈溺できる。109シネマズプレミアム新宿を作った人たち、運営している人たちが意識している、していないに関わらず、「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」ことを具現した映画館なのだと思う。

(C)KAB America Inc./KAB Inc.
109シネマズプレミアム新宿の、映画を沈溺する場としての価値は唯一無二である。映画を鑑賞する時間だけでなく、家から新宿までの往復にかかる時間、鑑賞前にラウンジで過ごす時間、それらを含めて半日を費やしても惜しくない「特別な映画」を一期一会のもの、一生の記念にする体験の場として、109シネマズプレミアム新宿の鑑賞料金は、むしろお値打ちなのかもしれない。
「『2001年宇宙の旅』をテアトル東京でロードショーで鑑賞した」とその経験を語る人生の先輩たちの話を羨ましく思ったことがあるが、109シネマズプレミアム新宿で観た映画は、10年、20年後に、それくらいの体験としてちょっとした自慢ができるかもしれない。新作映画であれば、現代の巨匠、リドリー・スコットやクリストファー・ノーランなどの作品を「体験する場」として最適だろう。2024年にここで鑑賞した、スコット監督「グラディエーターII 英雄を呼ぶ声」や、ノーラン監督「オッペンハイマー」、「インターステラー」は、素晴らしい体験で、何年か経ったら、ちょっとした自慢になるかもとすら思った。また「Opus」のような音楽作品の上映も盛んなので、思い入れのあるミュージシャンの音楽ライヴ作品の鑑賞も強くおすすめしたい。
■採点
映像8.5/音声9.5/座席9.5/総合9.5
まさに設備、上映品質、鑑賞快適、サービスなどすべてが「プレミアム」。価格対満足度は高い。
今回の鑑賞料金
6,000円(CLASS Sシネマポイント会員料金)
109シネマズプレミアム新宿
〒160-0021東京都新宿区歌舞伎町一丁目29番1号 東急歌舞伎町タワー9F、10F
電話 0570-060-109(ナビダイヤル)24時間音声&FAX案内
■参考サイト
109シネマズプレミアム新宿 ホームページ
https://109cinemas.net/premiumshinjuku/
109シネマズプレミアム新宿 劇場案内
https://109cinemas.net/premiumshinjuku/theaters.html
109シネマズプレミアム新宿 場内設備の詳細
https://109cinemas.net/premiumshinjuku/experience.html
SAION音響システムの詳細
https://109cinemas.net/saion/
109CINEMAS PREMIUM Ryuichi Sakamoto comment
(坂本龍一氏が語る109シネマズプレミアム新宿の音響についてのコメント)
https://youtu.be/21gq5lU30DU
109シネマズ シネマポイント会員 詳細
https://109cinemas.net/pointcard.html
曇りなき正確な音、フィルム上映できる環境を――坂本龍一さんの思いをかなえた「109シネマズプレミアム新宿」誕生秘話(映画.com/東急レクリエーション 取締役常務執行役員 久保正則氏インタビューより)
https://eiga.com/news/20230511/2/
BWVブランドスピーカー詳細(株式会社イースタンサウンドファクトリーのホームページより)
https://bwvaudio.com/
Linea Research 44Cシリーズパワーアンプ詳細(輸入代理店 株式会社イースタンサウンドファクトクリーのホームページより)
https://esfactory.co.jp/products/linea-research/715-44c.html
109シネマズプレミアム新宿の導入事例(株式会社ジーベックスのホームページより)
https://www.xebex.co.jp/media/case/109shinjyuku