コラム:下から目線のハリウッド - 第32回

2022年5月20日更新

下から目線のハリウッド

製作費を安くできる仕組みもあるが…!? 「国際共同製作」のメリット&デメリットとは?

沈黙 サイレンス」「ゴースト・イン・ザ・シェル」などハリウッド映画の制作に一番下っ端からたずさわった映画プロデューサー・三谷匠衡と、「ライトな映画好き」オトバンク代表取締役の久保田裕也が、ハリウッドを中心とした映画業界の裏側を、「下から目線」で語り尽くすPodcast番組「下から目線のハリウッド ~映画業界の舞台ウラ全部話します~」の内容からピックアップします。

今回のテーマは、「国際共同製作」。複数の国が手を組んで映画を製作することにはどんなメリットとデメリットがあるのか、映画を観ているだけではわからない製作のウラガワを語ります!


三谷:今回も番組にお便りをいただきまして。

久保田:お。どんな話ですか?

三谷:「国際共同製作は、税制優遇などの適用を狙うなど、現在さまざまな国で広がりを見せているかと思います。公式非公式の国際共同製作にそれぞれメリット・デメリットがあると思いますが、実際の国際的な現場で共同製作協定の重要性を感じたり、現場ならではの大変なことはありますか?」――というご質問です。

久保田:めちゃくちゃガチですね。僕はもう今回何も言えないよ(笑)。

三谷:いやいやいや。まあ、そんなわけで。映画の「国際共同製作」についてですが、この10年ぐらいわりとホットなトピックとして扱われていたりもするんですけれども、久保田さんはどんなイメージですか?

久保田:うーん。純粋な疑問としては、「なんでやるのかな」って。

三谷: あー、なるほど。

久保田:それを大々的に謳う理由があんまりわからなくて。たとえば、「日米共同製作です!」って出しても――もちろん、つくっている側はすごく熱があるんだけど――たぶん、観客側はもっと冷めているというか、「あ、そうなんだ」くらいな気がしてて。

三谷:共同製作っていうと、いろんな国同士が、政府レベルで協力したみたいな印象があって、マーケティング的な側面でインパクトを狙うのが大きいと思うんですよね。実際に一国で映画をつくることには、やっぱり限界はあったりもするので。

久保田:それは予算的に?

三谷:予算的にもそうですし、実際に公開されて利用されるマーケットも限られてきますよね。たぶん最初のモチベーションとしては、「国同士で予算も出し合って、よりスケールを大きくやったら、ハリウッドに対抗できるんじゃない?」というところからきていると思うんですよね。

久保田:ありそうな話だね。

三谷:映像コンテンツの国際共同製作は、歴史的な文脈で言うとどうやら1990年代ぐらいにハリウッド映画に対抗するという目的で、特にヨーロッパで展開していったのが始まりらしいんですね、

久保田:へぇー。

三谷:90年代前半ってちょうどEUが発足した頃でして、それによって地域的な経済というのが進んでいったんですね。そして、それに背中を押されるように各国で、「じゃあ、一緒に映画つくろうよ」という機運が高まっていったのが、国際共同製作の走りのようです。特に最初はテレビの文脈でその流れが生まれてきたんですね。

久保田:すごい。なんか歴史の授業みたいだ(笑)。

三谷:歴史の話をしているとそうなりますよね(笑)。で、私が個人的に覚えているのは、「この番組はヨーロッパ全土に放送されます!」みたいなアナウンスが冒頭にドンと出てくる番組があったりして。

久保田:そっか。三谷氏は小さい頃はウィーンに住んでたんだもんね。

三谷:そうですね。それこそ年始とかにウィーンでやっているニューイヤーコンサートは、ヨーロッパ全土に一気に放送されたらしくて。そうやって一大イベント化していくことを「映画でもやろう!」ってなったのが映画における国際共同製作の大まかな流れのようです。

久保田:なるほどねー。

三谷:ただ、何をもって国際共同製作とするのかは、けっこういろんな定義があるんですよね。一番重要なところで言うと「資本」、つまり、「製作費」の面ですけれど。製作費の半分はA国が出して、もう半分はB国が出すみたいな。そういった共同出資という形での「国際共同製作」が一番イメージされやすいと思います。

久保田:逆にそのイメージくらいしかないなぁ。他にはどんなパターンがあるの?

三谷:「各国のトップスターが一緒に仕事する」みたいな。たとえば、ウォン・カーウァイ監督の「2046」という映画ではトニー・レオンが主人公を演じているんですが、木村拓哉さんが主要キャストとして出演していて。それも広い意味では「国際共同製作」という見方もできますし。

久保田:たしかにできなくはないね。

「2046」
「2046」

三谷:あとはストーリー的な側面として、たとえば日本映画だけど多くの主要なシーンが海外なので海外ロケで撮る、逆に同じようなケースで海外映画だけど日本で撮影する、みたいなのも共同製作と言われることがあるんじゃないかなと思います。

久保田:そっか。現地で撮影しようと思ったら、ロケ場所の許可とかエキストラさんを集めたりとか現地側で協力してもらうのが必要だったりするもんね。

三谷:そういうことです。

久保田:あと、お便りでは「税制優遇」って話がありましたよね?

三谷:これはなかなか掘り下げた話になります。もう質問自体のレベルが高いですよね(笑)。

久保田:そんな優遇措置があるなんて普通は知らないって(笑)。これはどういう話なの?

三谷:世界にはいろんな国がありますけど。それぞれ観光地としての魅力を打ち出していきたいという思惑がありますよね。そこで、「映画撮影をうちの国に誘致すれば、うちの国の認知度が世界的に上がって、みんなが観光で来るんじゃないか?」みたいに考える国もあるわけです。

久保田:聖地巡礼的な。

三谷:そうです。そこで、映画撮影をしてもらえるような仕組みとして、「税制を優遇しますよ!」と打ち出しているわけです。たとえば「うちの国で映画撮影をしてくれるなら、現地で支払うお金の2割を税金で還付しますよ」みたいな話ですね。あるいは「2割下げます」とか。そんな風にさまざまな形でお金が返ってくる仕組みを作ることで映画の誘致を促そうということなんです。

久保田:へぇー。

三谷:一番有名なのはニュージーランドです。

久保田:ニュージーランド?

三谷:「ロード・オブ・ザ・リング」は、ニュージーランドで撮影されていて、実際に「ロード・オブ・ザ・リング」の撮影地をめぐるツアーとかもあったりするみたいです。

「ロード・オブ・ザ・リング」
「ロード・オブ・ザ・リング」

三谷:ニュージーランドの場合は、最大で製作費の25%が返ってくる仕組みで――ただ、撮影クルーにニュージーランドの人をある程度入れて、といった条件などがありつつですが――そういう大きなインセンティブを出していたりします。他にも南アフリカや、最近だと東ヨーロッパやイギリスもそういう制度はありますね。アメリカの中でも、たとえばアトランタ州とか、州ごとにやっていたりもします。

久保田:日本はそういう制度はないの?

三谷:日本でも最近、内閣府が外国作品の誘致をやっていますが、誘致するときの金額の上限が設けられていたり、諸外国に比べるとそこまで魅力的な状態ではなかったりします。ただ、たとえば「G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ」という作品が日本で撮影されていたりしました。

「G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ」
「G.I.ジョー 漆黒のスネークアイズ」

久保田:やってるんだね。でもさ、ちょっと気になったのが、税制優遇のインセンティブって税金からお金が出てるとすると、反対する人もいそうだよね。

三谷:映画のために国の税金を使っていいのか、と思う人も当然いらっしゃると思います。なので、そこは国民レベルで協力的にならないと、なかなか成立しにくいのかなっていうのがありますね。もうひとつ課題としてあるのが、こういう税制の話って年度で区切られたりするんですよ。

久保田:あー、はいはい。

三谷:なので、その年度内に製作費を使い切らなきゃいけないとか、撮影を終えなくちゃいけないとか、そういった制約があったりするので、撮影がズレたり伸びたりとかすると、急に制度が適用できなくなるケースがあるという話は聞いたことがあって、なかなか制度を使いこなすのも大変みたいですね。なので、仕組みとして行政的な手続きがネックになってしまう部分は課題ですね。

久保田:なるほどねぇ。あと、国際共同製作ってなるとお金とか仕組みの部分だけじゃなくて、現場も大変そうだよね。いくつかの国の人が集まってくると、作り方とか進め方とか、もしくはその国ごとのワークスタイルでカルチャーギャップがあって、作品に向かう姿勢とかも変わってきそう、

三谷:そこは実際大きいですね。なので、まずカルチャーギャップを埋めるというのは非常に大きい部分です。現場レベルで言うと、「日本人は細かいことばかり言ってくるんだよな」みたいなことで欧米人に煙たがられたり、逆に、日本人が、「向こうの人って大雑把で大変すぎるよね」とか言ったり。

久保田:それってアイスブレイクセッションみたいな期間とかないの?

三谷:本当はそうすればいいんですけれど、わりといきなり仕事が始まっちゃいます。

久保田:それってもう、いきなり殴り合う感じじゃん。

三谷:そうそう。でもそうやってぶつかりながらも理解し合っていく、みたいな感じですね。

久保田:それでも仲良くなっていくんだ。

三谷:あるいは、最後までしこりが残ったままっていうこともあるんですけど(笑)。あとはもう一つ言いたいことがありまして。「国際共同製作」というのは、やっぱり目的にするものではなくて。あくまで「手段」であってほしいというところがありますね。

久保田:ほうほう。

三谷:たとえば、日本と中国で製作の協定を結びました。「じゃあ、日本と中国でどんな話があるかな?」みたいな考え方よりも、「この話はこういう形で世界のこういう地域とまたがって色々やるから、じゃあこの制度を利用しようか」みたいな感じになっていくのが、より自然でいいのかなって。

久保田:それはそう思う。たとえばさ、映画学校っていろんな国から勉強しに来ていたりするんだろうから、いろんな国の人でチーム組んで、「こういうのやらない?」「いいじゃん!共同製作の座組とかなんかルールあるのかな?」みたいになって調べて、ハリウッドなのか、どこかで予算なりスタジオなり決めて。すごく理想的な話だけど、そういう形だと綺麗にハマりそうだよね。クリエイティブの面でもそうだし、コミュニケーションも取れてるし。

三谷:本当にそうですね。


この回の音声はPodcastで配信中の『下から目線のハリウッド』(現場ならではの難しさも?「国際共同製作」のメリデメとは[#97])でお聴きいただけます。

筆者紹介

三谷匠衡のコラム

三谷匠衡(みたに・かねひら)。映画プロデューサー。1988年ウィーン生まれ。東京大学文学部卒業後、ハリウッドに渡り、ジョージ・ルーカスらを輩出した南カリフォルニア大学の大学院映画学部にてMFA(Master of Fine Arts:美術学修士)を取得。遠藤周作の小説をマーティン・スコセッシ監督が映画化した「沈黙 サイレンス」。日本のマンガ「攻殻機動隊」を原作とし、スカーレット・ヨハンソンやビートたけしらが出演した「ゴースト・イン・ザ・シェル」など、ハリウッド映画の製作クルーを経て、現在は日本原作のハリウッド映画化事業に取り組んでいる。また、最新映画や映画業界を“ビジネス視点”で語るPodcast番組「下から目線のハリウッド」を定期配信中。

Twitter:@shitahari

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