コラム:芝山幹郎 テレビもあるよ - 第53回

2013年10月1日更新

芝山幹郎 テレビもあるよ

映画はスクリーンで見るに限る、という意見は根強い。たしかに正論だ。フィルムの肌合いが、光学処理された映像の肌合いと異なるのはあらがいがたい事実だからだ。

が、だからといってDVDやテレビで放映される映画を毛嫌いするのはまちがっていると思う。「劇場原理主義者」はとかく偏狭になりがちだが、衛星放送の普及は状況を変えた。フィルム・アーカイブの整備されていない日本では、とくにそうだ。劇場での上映が終わったあと、DVDが品切れや未発売のとき、見たかった映画を気前よく電波に乗せてくれるテレビは、われわれの強い味方だ。

というわけで、毎月、テレビで放映される映画をいろいろ選んで紹介していくことにしたい。私も、ずいぶんテレビのお世話になってきた。BSやCSではDVDで見られない傑作や掘り出し物がけっこう放映されている。だから私はあえていいたい。テレビもあるよ、と。

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「蛇イチゴ」

放蕩息子の帰還とその家族の再生を描いた 西川美和の長編劇場デビュー作
放蕩息子の帰還とその家族の再生を描いた 西川美和の長編劇場デビュー作

嘘とペテンは映画のモーターだ。登場人物を際立たせ、話を立ち上げ、話を転がし、とんでもない方向へ話を逸脱させる。

蛇イチゴ」の明智周治(宮迫博之)も、そんな存在だ。周治は子供のころから嘘つきだ。中学生の妹の下着を売って小遣いを稼ぎ、大学の学費をちょろまかして遊び、あげくは父親と衝突して10年前に家を飛び出した。いまの彼は……これは映画がはじまってすぐに明かされることだが、香典泥棒に精を出している。そんな彼が、ひと働きしようとした斎場で、自分の家族に再会する。

祖父(笑福亭松之助)の葬儀を営んでいる明智家は、ちょっときわどい状態だ。最大の原因は、会社をクビになった父(平泉成)が借金を重ねていることだ。母(大谷直子)や娘(つみきみほ)は実情を知らない。が、そんなことは長く隠し通せるわけがない。

監督の西川美和は、この映画を撮ったときまだ20代後半の若さだった。周治は、西川映画のメートル原器と呼びたくなるような存在だ。俗っぽくて、猥雑で、すれっからしで、道徳観念が欠落している。だとすれば、家族にはじかれた彼が家族の危機を救い、ふたたび家族に災厄をもたらしても、まったくおかしくはない。

そんな主人公を、宮迫博之がいきいきと演じる。そもそも彼は、表情がオープンで、人を食った図太さを漂わせている。関西弁でいう「ごんた顔」だ。しかも、芝居が速い。周治が話の舵を取ることで、「蛇イチゴ」は味のあるブラックコメディになった。西川美和の早熟、恐るべし。曲者の乱入がもたらすカオスの出現を、彼女はすでに直感している。感傷よりも暴力よりも、灰色の男がもたらす混沌を描き出そうではないか。ばたつかない語り口にも好感が持てる。

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蛇イチゴ

WOWOWシネマ 10月13日(日) 15:30~17:30

監督・脚本:西川美和
プロデューサー:是枝裕和
撮影:山本英夫
出演:宮迫博之つみきみほ平泉成大谷直子絵沢萠子寺島進蛍原徹笑福亭松之助
2003年日本映画/1時間49分

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「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」

サシャ・バロン・コーエン(左)の 粗野で卑猥で下品な笑いは健在
サシャ・バロン・コーエン(左)の 粗野で卑猥で下品な笑いは健在

ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」は、奇跡的な傑作だった。痛烈な文明批判と「中二病」をきわめた馬鹿ギャグをあれほど度胸よく融合させたコメディは、そうそう生まれるものではない。偽ドキュメンタリーの様式をあんなに活用した映画も、めったなことでは作られない。

「ボラット」に比べると、「ディクテーター 身元不明でニューヨーク」はずいぶん手加減されている。なにしろ、こちらにはちゃんとしたプロットがある。恋や冒険や政治的謀略もたっぷり盛り込まれている。

コーエンが扮するのは、北アフリカの架空の国ワディーヤの独裁者アラディーン将軍だ。将軍はアホだ。黒人とユダヤ人とアメリカが大嫌いで、ベッドをともにした相手とはかならずポラロイド写真を撮る。メーガン・フォックスアーノルド・シュワルツェネッガーも、将軍と寝たようだ。

そんな将軍がニューヨークへ出かける。国連で演説をするためだが、到着早々、彼は誘拐されてしまう。あとは、ドタバタや取り違え事件の連続だ。コーエンは、フェミニストやエコロジストやレイシストやセクシストを盛大に爆撃しつづける。

その手口は、相変わらず無茶の確信犯だ。粗野で卑猥で下品で、なおかつどうしようもなくおかしい。将軍が人権活動家の娘にオナニーを教わる場面や、観光ヘリの客席でアメリカの田舎者を震え上がらせる場面などは、あまりの馬鹿馬鹿しさに呆れ返りつつ、腹の皮をよじらせてしまう。コーエンは、コメディの垣根を豪快に飛び越える。独裁者を批評しつつアメリカの本丸を射抜く姿勢はやや紋切型だが、彼のおかしさは他に類を見ない。グラウチョ・マルクスはついに後継者を得た、といっても過言ではないだろう。

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ディクテーター 身元不明でニューヨーク

WOWOWシネマ 10月9日(水) 01:30~03:00

原題:The Dictator
監督:ラリー・チャールズ
脚本:サシャ・バロン・コーエンアレック・バーグデビッド・マンデルジェフ・シェイファー
出演:サシャ・バロン・コーエンアンナ・ファリスベン・キングズレージョン・C・ライリーエドワード・ノートン
2012年アメリカ映画/1時間23分

筆者紹介

芝山幹郎のコラム

芝山幹郎(しばやま・みきお)。48年金沢市生まれ。東京大学仏文科卒。映画やスポーツに関する評論のほか、翻訳家としても活躍。著書に「映画は待ってくれる」「映画一日一本」「アメリカ野球主義」「大リーグ二階席」「アメリカ映画風雲録」、訳書にキャサリン・ヘプバーン「Me――キャサリン・ヘプバーン自伝」、スティーブン・キング「ニードフル・シングス」「不眠症」などがある。

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