コラム:佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代 - 第11回

2014年1月7日更新

佐々木俊尚 ドキュメンタリーの時代

第11回:ROOM237

なんというか、ものすごく奇怪で珍妙であり、しかしながらたいへん刺激的で面白い作品だ。

映画史上に燦然と輝くホラー映画の傑作「シャイニング」の映像を克明に分析し、さまざまな指摘・分析をしている。たとえばスティーブン・キングの原作では、主人公一家の乗るクルマが赤色のフォルクスワーゲンと設定されていたが、映画では黄色に変更されていた。映画の終盤、料理人のハロランが一家を救うためにホテルに向かう途中、事故に遭って潰れている赤色のフォルクスワーゲンを見つける。これはキューブリックがキングに対して「原作など無視して好き放題作ってやるぜ」という暗黙のメッセージだったのだ……。

「シャイニング」製作者やキューブリック遺族などからは非公認の“深読み”ドキュメンタリー
「シャイニング」製作者やキューブリック遺族などからは非公認の“深読み”ドキュメンタリー

また、タイトルの「ROOM 237」は、ジャック・ニコルソン演じる管理人が謎の美女に誘われる部屋の番号。最初は「217」にしていたが、映画の舞台となったホテルに実在のルーム217があり、スタンリー・キューブリック監督は「公開後に怖がられてクレームが来ると困るので237にした」と説明していた。ところが実際にはホテルには217の部屋などなかった……。

前者の指摘はなるほどなあ、と思わせる。キングの原作では、主人公は意思を持ったホテルからの悪の圧力と、自分自身に内在する善とのあいだで葛藤する人物として描かれる。でも映画ではそんな人間的葛藤は無視して、ジャック・ニコルソンの白目を剥いた鬼気迫る演技とともに、主人公は徹底的に狂気の人物として描かれている。ほとんどまったく違う様相の作品になってしまっていると言っていい。

実際、キングはこの映画化にはたいへん不満だったと言われ、後に自分自身で脚本を書いて原作に忠実なテレビドラマを作ったほどだ。しかしこの作品は(人によって好みは分かれるかもしれないが)あまり面白くない。いや、面白くないというほどではないが、キューブリック作品があまりにも凄すぎるために凡庸な作品にしか見えない。

だから「赤のフォルクスワーゲンを潰したのは原作無視の宣言」という分析には、なるほどなあと思わされる。しかし後者の「ルーム237」の分析は、これはなんだかよくわからない。本作いわく、それはアポロ11号の月面着陸が嘘だったからであり、そしてキューブリックがあの有名な月面着陸のフェイク映像を製作したからである、なんと驚くべきことに地球から月までの距離は23万7000マイルなのだ! だからキューブリックは「ホテルの客が怖がる」と嘘をついてまで「237」という部屋番号にこだわったのだ!

部屋番号237は、キューブリックが月着陸のフェイク映像を手がけたから?
部屋番号237は、キューブリックが月着陸のフェイク映像を手がけたから?

……いやまあ可能性はゼロではないかもしれないが、そんなこと言われてもねえ、と遠い目をするしかない。本作にはこういう「いやそれ、妄想でしょ?」という怪しげな分析の数々と、「ほおー」と感心させられるさまざまな指摘が魑魅魍魎のように混在している。最初のシーンからの普通の再生と、ラストシーンからの逆回しの再生を重ね合わせて、「ほらあり得ないこんなものが見えてくる!」と分析するシーンなどは、脳天が麻痺しそうである。世紀のドキュメンタリー怪作といえるだろう。

とはいえ本作は、観ているとなぜか異様にひきこまれる。102分というドキュメンタリ映画にしては比較的長い上映時間のあいだ、私はほとんど瞬きさえしないぐらいの勢いで集中して見入ってしまったほどだ。それはたぶん、本作の向こう側にあるキューブリック作品の恐るべき魔力にある。くり返しくり返し再生され、細かく分析される「シャイニング」の映像。主人公の息子が三輪車でホテルの廊下をぐるぐると走り続けるシーン。主人公がROOM 237のドアを開けると、シャワーカーテンに隠れたバスタブになにものかが潜んでいるシーン。そして無人のはずのホテルのボールルームで、正装した人々の盛大なパーティーが開かれているシーン。シーンひとつひとつが強烈な磁力を持っている。この磁力は、映画が作られて30年以上経ったいまもいまだ強烈に世界に向けて放射され続けている。

本作をつくったのは、この「シャイニング」の磁力にひきよせられ、魔界に墜ちていってしまった人たちなのだろう。映画をVHSで、DVDで、そしてさらに高解像度のブルーレイでくり返しくり返し再生し、そこに秘められている隠されたメッセージを読み取り続ける。そういう凄まじい行為をいつまでも続けたくなるような魔性が、たしかに「シャイニング」には存在している。その磁力の強さ、魔界の深さをあらためて思い知らされるという逆説的な意味で、本作は実にすばらしいドキュメンタリ映画になっているといえるのだ。

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■「ROOM237」
2012年/アメリカ映画
監督:ロドニー・アッシャー
1月25日より、シネクイント、新宿シネマカリテほか全国順次公開
作品情報

筆者紹介

佐々木俊尚のコラム

佐々木俊尚(ささき・としなお)。1961年兵庫県生まれ。早稲田大学政経学部政治学科中退。毎日新聞社社会部、月刊アスキー編集部を経て、2003年に独立。以降フリージャーナリストとして活動。2011年、著書「電子書籍の衝撃」で大川出版賞を受賞。近著に「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(KADOKAWA)など。

Twitter:@sasakitoshinao

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