コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第47回
2017年6月2日更新
第70回カンヌ映画祭総括 今年のトピックは新世代の活躍、Netflix論争、女性監督の躍進など
第70回カンヌ映画祭が、5月28日のセレモニーをもって閉幕した。審査員メンバーが選んだ最高賞のパルムドールは、その大胆なチョイスで話題となった。栄冠を手にしたのは、コンペ初参加となったスウェーデンの気鋭監督リューベン・オストルンド。受賞作「The Square」は、現代美術のキュレーターを主人公に、美術界のスノビズムを揶揄しながら人間心理を考えさせる作品だが、そのユーモアがかなり尖っている。たとえばセレモニーの晩餐でいきなりブルース・リーのような半裸の男が現れ、猿よろしくテーブルに上がったりそこら中を駆け回る。そのワイルドな動物性に招かれていた紳士淑女たちは恐れをなしフリーズするが、あるひとりが隙をみて押さえつけたとたん、今度はいきなりスケープゴードのように全員から袋叩きに合う。さまざまなスケッチの集約のような物語はどれもこうした辛辣な描写を含み、現代美術界をメタファーにしながら現代人のあり方、人と人の関係性をあらためて考えさせられる。
今年のトピックをまとめるとしたら、新世代の活躍、ポリティカリー“インコレクトネス”、Netflix論争、女性監督の躍進といったところか。
オストルンド監督同様、コンペ初参加ながらグランプリに輝いたのは、ロバン・カンピヨのフランス映画「Beats Per Minutes」だ。90年代初頭、まだエイズの特効薬が開発される以前に、製薬会社と闘いながらその現状を訴えた活動団体を描いた。審査員長のペドロ・アルモドバルが、「この時代のヒーローたちを描いた作品」と、感極まった様子で語っていたところを見ると、個人的な思い入れはパルムドール作品よりこちらにあったのかもしれない。キャストはアデル・エネル以外ほとんどフレッシュな新鋭であるが、揃って俳優賞を送りたいほどアンサンブルがみごとであり、社会派映画としても人間ドラマとしてもパワフルな作品である。
もっとも、今年はパルムドール作品を筆頭にポリティカリー・インコレクトな作品が目立った。そのなかでも復讐を扱った脚本賞受賞のヨルゴス・ランティモス監督作「The Killing of The Sacred Deer」とファティ・アキンの「In The Fade」は、論争を呼んだ。後者は主演のダイアン・クルーガーが女優賞に輝いた作品で、ドイツのネオナチのテロで家族を奪われたヒロインがとる行動が大きな波紋を呼んだ。ただしアキンの本来の目的は、論争を巻き起こすことでテロの加害者と被害者双方の倫理観を問うことにあったのではないかと思わせる。作品の評価は別れたものの、女優キャリアのターニングポイントとなりそうな大役を果たしたクルーガーの受賞には、称賛の拍手がわき起こった。
映画祭前半の話題はなんといってもNetflixだった。今年初めてコンペに2本、Netflix制作の作品が入ったからだ。ポン・ジュノの「Okja」とノア・バームバックの「The Meyerowitz Stories」。両作とも作品は好評だったが、Netflix側が劇場公開はしないと決定したため、一般観客が見られない作品を入れるべきではないという非難が殺到。ついに映画祭が新ルールを作り、来年から劇場公開されない作品はコンペに取らないと発表した。もっとも、コンペに入らないだけで他のセクションで紹介するのであればメリットはあまり変わらないわけだから、映画祭側は痛くも痒くもないといったところだろう。
今回は河瀬直美、ソフィア・コッポラ、リン・ラムジーと、コンペに3人の個性的な女性監督が並んだことでも注目を浴びた(といっても、19本中の3本に過ぎないが)。河瀬監督の「光」は、コンペでは無冠だったもののキリスト教関連の団体が与えるエキュメニカル審査員賞を受賞。海外プレスの評価は大雑把に言って、「ポジティブな力にあふれる」という称賛派と、「センチメンタル」という二手に分かれた。河瀬流の私的で主観的な話法にのれるかのれないかが、評価の決め手だったようだ。一方、監督賞を受賞したコッポラの「The Beguiled」は、ドン・シーゲルの「白い肌の異常な夜」のリメイクであり、オリジナルの比ではないという意見が聞かれた。もっとも、シーゲルとコッポラでは水と油のような監督性の違いがあり、明らかに今回は女性キャラクターたちの視点から描いているため、比較する方が野暮というものだろう。むしろ何をとってもこの監督らしい作家性を感じさせながら、心理ドラマとホラー的な要素、そして寓話的な映像の美しさを統率した監督力を評価したい。ラムジーが、誘拐された少女を取り戻す元FBI捜査官にして帰還兵を描いた「You Were Never Really Here」は、脚本賞とホアキン・フェニックスの男優賞の2冠を受賞。こちらもコッポラ同様、個性がありながら終始テンションを保ったストーリーテリングと対象との冷静な距離感、客観的な演出力が作品を面白くしている。
いずれにしても、審査員メンバーのひとり、ジェシカ・チャステインが訴えていたように、今後映画業界でも女性の力が台頭していくのはごく当たり前のことであり、またそうあるべきだということを考えさせられた。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato