コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第42回
2016年12月21日更新
アニメ豊作の年、2016年のフランス映画界の動向を振り返る
年明けの賞レースを控え、この時期になると各メディアで年間の人気投票の結果が発表される。それを見ると今年の動向がわかるとともに、作品自体の評価と興行成績の乖離などがうかがえて興味深い。
たとえばカイエ・デュ・シネマ誌が選出した今年のベスト10本を見ると、1位にはドイツ映画の「Toni Erdmann」が選ばれている。今年のカンヌ国際映画祭のコンペティションに出品され喝采を浴びていたものの、審査員メンバーには黙殺された作品だ。そういえばカンヌでは、これと並んで評価の高かったジム・ジャームッシュの「Paterson」も無冠に終わり、審査員の見識に対してブーイングが上がっていた。
10本中フランス映画は5本を占め、ポール・バーホーベンがフランスで撮った「ELLE」が2位。ブリュノ・デュモンの「Ma Loute」が5位、7位にアラン・ギロディの「Rester vertical」、8位にアントナン・ペレジャコ(「7月14日の娘」)の「La Loi de la jungle」、10位にクレール・シモンのエコロジー系ドキュメンタリー「Le Bois dont les reves sont faits」が並ぶ。
もっとも、フランスでポピュラーな映画サイト、Allocineを見ると、一般観客による評価でトップに輝いたフランス映画は、カンヌでカメラドールを受賞したウーダ・ベニャミナの長編デビュー作「Divine」(原題)だ。移民の多いパリ郊外を舞台にしたいわば現代版「憎しみ」とも言えるが、思春期の少女たちをヒロインにした物語は、社会派というよりは寓話的な詩情と娯楽性が合わさったエンターテインメント(前回のコラムでも触れているのでご参照を)。続いてフランソワ・オゾンの「Frantz」も評価が高い。
とはいえ、評価と実際のボックスオフィスはまた別で、興行成績のトップに並ぶのは相変わらず大衆的なコメディがほとんどである。たとえば200万人以上の動員を記録した作品は、ジョジアンヌ・バラスコ主演の「Retour chez ma mere」 、ジャン・レノの「おかしなおかしな訪問者」シリーズ4作目「Les Visiteurs La Revolution」、ダニー・ブーン主演の「Radin!」と、「Camping 3」。驚くべきことに約460万人という今年最大の動員を記録したヒット作は、ジャン=ポール・ルーブ(「愛しき人生のつくりかた」)以外はフランスでも地味なキャストの「Les Touche 2」。1作目で宝くじに当たりリッチになった家族が今回はアメリカを訪れて珍道中を繰り広げるというコメディ。サシャ・バロン・コーエン主演の「ボラット 栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習」フランス版と言ったらいささか大袈裟だろうか。
近日公開になった話題作としては、オマール・シー主演の「Demain tout commence」、オリビエ・アサイヤスがクリステン・スチュワートを起用し、こちらもカンヌで披露された「Personal Shopper」、エマニュエル・ベルコ(「太陽のめざめ」)の新作「La Fille de Brest」などがある。とくにオマール・シーの主演作(ポスター)は、一週目で62万人の動員を記録。フランスで好感度ナンバー1を誇り実生活でも子煩悩という彼のイメージに見合った、逆境にめげない父親役を演じ、さまざまな観客層にアピールしそうだ。
今年はまたアニメが豊作の年でもあった。スタジオジブリ製作の「レッドタートル ある島の物語」をはじめ、アヌシー国際アニメーション映画祭で最高賞と観客賞をダブル受賞した「Ma vie de courgette」、同審査員賞を受賞した「La Jeune Fille sans mains」、さらに現在公開中の作品で「Louise en Hiver」と「Ballerina」がある。あらためて、フランス産アニメのオリジナリティを認識させられた年だった。(佐藤久理子)
筆者紹介
佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。
Twitter:@KurikoSato