コラム:佐藤久理子 Paris, je t'aime - 第134回

2024年8月30日更新

佐藤久理子 Paris, je t'aime

アラン・ドロン死去 華やかな女性遍歴、孤独を引きずったミステリアスな魅力 フランス映画の一時代を築いたスターを大統領、友人が追悼

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オリンピックが終わり、いつもの静かなパリの夏に戻ったのも束の間、8月18日に、アラン・ドロンが、フランス中部ロワレ県にある自宅で息を引き取ったというニュースが駆け巡った。翌日はほとんどすべての新聞が、一面を含む数ページの追悼特集を組んだ他、テレビでも特別番組が放映され、さまざまな著名人がコメントを寄せた。マクロン大統領はX(旧ツイッター)で、「『パリの灯は遠く』や『若者のすべて』、『山猫』あるいは『サムライ』など、アラン・ドロンは伝説的な役柄を演じ、人々に夢を与えた。その忘れ難い顔立ちでわたしたちの人生を突き動かした。メランコリックで人々に愛されながらも、秘密めいていた。スターという存在を超え、フランスの金字塔と言える」と追悼した。

長年の友人だったブリジット・バルドーは、「アランの死によって彼は、至高の存在であった過ぎ去りし時代の素晴らしい章に幕を下ろした。(中略)わたしは友を、分身を、共犯者を失った。わたしたちは同じ価値観、同じ失望、同じ動物愛を共有していた」と記し、最後に作家、アルフレッド・ド・ヴィニーの「狼の死」の一節を引用した。「山猫」で共演したクラウディア・カルディナーレは、「舞踏会は終わってしまった。タンクレーディ(オペラの演目、またはイタリア語で男性のこと)は天国のスターたちと踊るために去った。追悼の言葉を考えるには悲しみが深すぎる。彼の子供たち、近親者、ファンたちと悲しみを共にしたい」と記した。

葬儀は本人の意志により内輪で、広大な敷地の自宅内にある教会で行われ、遺体は特別な許可を得て所有地内の、数十匹の愛犬の墓のそばに埋葬された。彼の犬好きはよく知られていた

日本でもダーバンのCMなどでそのダンディぶりを披露していたアラン・ドロンの稀有な二枚目ぶりは、誰もが認めるところだ。だが、彼の真の素晴らしさは、そこに甘んじなかったところにある。キャリア当初から女性の存在が重要な役割を果たしていた彼にとって、自分の顔が武器になることはもちろん自覚していただろう。離婚家庭に育ち16歳で兵隊に志願してインドシナ戦争に参加した彼は、帰国後、まったくの偶然から女優のブリジット・オベール(「泥棒成金」)と出会い、彼女の伝手で映画界に入る。

「山猫」の一場面
「山猫」の一場面

だが彼の真の才能は優れた監督との出会いによって開花した。「太陽がいっぱい」(1960)で、そのキレキレの危うさを生かし切ったルネ・クレマン、ドロンの美貌に魅せられ、洗練を身につけさせた「若者のすべて」(1960)、「山猫」(1963)のルキノ・ビスコンティ(「山猫」ではあの端正なマスクを片目眼帯で覆うことで、怪しい美が更に強調されている)。ミステリアスな毒を掬い取った「太陽はひとりぼっち」(1962)のミケランジェロ・アントニオーニ。「サムライ」(1967)で彼をフィルムノワールの立役者にしたジャン=ピエール・メルビルなど。いや、監督だけではない。共演者からもドロンは貪欲に学んだ。とくに「シシリアン」(1969)や「暗殺者のメロディ」(1972)で共演した名優ジャン・ギャバンを演技の神と仰ぎ、慕った。

フランスでは同時期にデビューしたジャン=ポール・ベルモンドとよく比較され、庶民的なベルモンドの方が愛された印象があるものの、作品選びやキャリア・コントロールという点では、断然ドロンに軍配があがった。ふたりは性格も対照的で、何度もテイクを繰り返すメルビルの完璧主義に、やんちゃなベルモンドは耐えきれず衝突したが、ドロンは反対にメルビルに可愛いがられた。メルビルが急逝したときは、未亡人に宛てて数年間小切手を送り続けたという逸話もある。人気が出てからは、自身で企画、制作にも乗り出し、「パリの灯は遠く」(1976)のような問題作も手がけた。「勝手にしやがれ」でベルモンドをスターにしたジャン=リュック・ゴダールは、後年、「ヌーヴェルヴァーグ」(1990)でドロンを起用し、その影のある魅力を引き立たせた。

2019年にカンヌ国際映画祭で名誉パルムドールを受賞し、そのときのスピーチでは目に涙を浮かべ、「わたしがスターだとしたら、それはひとえに観客のみなさんのお陰です。わたしはまだ生きていますが、今夜の賞は死者を讃えるオマージュのようです」と、遺言のような言葉を残したのが印象に残っている。

華やかな女性遍歴を残しながらも、どこかつねに孤独を引きずったミステリアスな魅力は、まさしくフランス映画の一時代を築きあげたと言える。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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