コラム:挑み続ける男 大友啓史10年の歩み - 第3回

2021年4月13日更新

挑み続ける男 大友啓史10年の歩み

多くの監督が二宮和也と仕事をしたがる理由が知りたくて…

10回連載の特別企画【挑み続ける男 大友啓史10年の歩み】。第3回は、「龍馬伝」と「るろうに剣心」によって、時代劇&アクション監督というイメージが定着しつつあった大友監督が現代劇の可能性に挑戦。近未来ミステリーサスペンス「プラチナデータ」を振り返ります。そして、大友組の撮影現場では当たり前となっている“オープンスタッフシステム”とはどんなシステムなのか──。(取材・文/新谷里映、撮影/根田拓也)

──大河ドラマ「龍馬伝」、独立1作目となる「るろうに剣心」、時代劇が続いていましたが、2作目に「プラチナデータ」という近未来のミステリーサスペンスを選択、そこにはどんな考えや挑戦があったのでしょうか。

るろうに剣心」は、「マーベル」や「DC」のような世界観を目指したので、僕の中では時代劇という感覚ではないんですよね。そんな「るろうに剣心」の撮影中に東宝から「プラチナデータ」の声がかかりました。原作や脚本、主役などのパッケージは決まっていて、それを監督しませんかというオファーです。最初の関心は、セットやガジェットをどこまで近未来として表現できるかという点にありました。もうひとつは、クリント・イーストウッドもそうですが、なぜ多くの監督たちが二宮和也と仕事をしたがるのか、という俳優への興味です。大好きな俳優・豊川悦司さんも加わった座組ですから断る理由はなかった。

──興味のあるものは何でも来い!というスタンスだったと。

そもそもフリーの身として仕事を選んでいては食っていけない、そういう覚悟でいましたし。フリーになった大友という監督にどんなオファーや需要があるのか、それもシンプルに興味がありました。そして、ああ、東宝からはこういう企画が来るんだなと。「プラチナデータ」は、若いプロデューサーのデビュー作でもあって、今どきの映画制作者の若い感性がどこを向いているのか知りたかったというのもあります。その志向を取り込みながら、自分自身の感性をアップデートしてみたくなったというか。

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──刺激を感じたわけですね。二宮和也さんは国民的アイドルグループのメンバーでもありますが、俳優としての彼への興味はどう変化していったのでしょうか。

二宮くんのようなアイドルとはNHK時代は縁がなかったので、そういうトップランナーと手を合わせてみたいという思いも大きかったです。嵐のコンサートを見に行ったり、二宮くんの出演作品などを漁ってみたり。リサーチしていくと当時の嵐のライブ映像のなかに「おっ」と思うものがあって。それは自作の曲をピアノで弾き語りしている映像で、「えっ、すげえな、これ(弾き語り)」と。普段バラエティで見せる顔とは別の、表現者としての才能が垣間見えた気がして。その時、彼がメガネをかけていたこともあって、「プラチナデータ」の神楽にもメガネをかけさせたんですよね。

──あのメガネにはそういう裏話があったんですね。映画の舞台となるのはDNA解析捜査システムの研究所。精密機器やモニターなど少し先の未来をどう形にするのか、小説ではできない映画ならではの表現となります。

まず、こだわったのはロケーションです。見慣れたコンビニや牛丼屋、居酒屋の看板など、普段目にしているものが目に飛び込んできたら、観客の意識は「未来」にはならない。VFX処理で消すこともできますが、できるだけその手を煩わさずに済む場所を見つけたかった。冒頭シーンで遺伝子が運び込まれる工場は、制作部が苦労して見つけて撮影許可を取りつけてきてくれたロケーション、たしか製紙工場でした。映画ではそこに日本各地から国民のDNAが集められ、ベルトコンベアーで運ばれ、低温管理のもと貯蔵されていく。棚に積まれた無数のDNAサンプル群をVFXで作りこみ、オリジナルの初期設定は用意できたのですが、全体として「未来感」の表現は、どうしてもハリウッド流のテンプレートから抜けだせなくて。やり尽くされているんですよね「マイノリティ・リポート」のような作品で。しかもバジェットも準備や撮影の期間も圧倒的に少なくて、我々は何で戦っていくのか──というところで、どうしても思考が止まってしまう。

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──ハリウッドよりも時間も予算も格段に少ない日本の映画作りの環境を変えていく必要があったということでしょうか。

環境を変えるというのも一つの方法論ですが、スケジュールや予算がどーんと増えるとか、そんな夢みたいなことは期待できないので、今回の場合は、用意されたスケールに合わせて、むしろ自分を変えていくことを要求されたというか。早々に(思考の)スイッチを切り替え、自分が(監督として)やりたいことを確定し、着地させなければいけない。与えられた条件下で、なんとか作品をしっかりグルーブさせたい、そう思うに至りました。監督や役者、スタッフの技術や情熱、ロケーションの魅力、現場でのチームとしての熱量、物語自体が持つ論理や力、リアリティの匙加減、編集や音楽の持つリズムや根源的パワー……映像を構成し成り立たせるそれらの要素がはらんでいるエネルギーをパズルのように掛け合わせると、偶然か必然か、混然一体化した有機的な「グルーブ」が突然生まれるときがあるんです。監督として、そのグルーブを創り上げるために何をすればいいのか、欠けているどんなカードをどうやって用意するのか、もしくはどの要素で埋め合わせたらいいのか──次第にそんな発想に変わっていきました。

──グルーブ、ですか。映画は総合芸術と言われますが、各シーン、各カットもまた、それぞれ一つの集合体だと思うと、言わんとしていることは分かります。

様々なリスクを抱え、実現を目指すとなると、自分の創造性ではなく何か別のものに依存しはじめてしまう場合があります。時間やお金がないからしょうがないとか、それはオレの仕事じゃないとか、会社組織内での地位や評価とか。自分の審美性に基づいての判断よりも、数字や会社のルールに基づいて判断したほうが楽だったりしますからね。本来、別のところに価値を置くべきはずが、いつの間にか数字とか明示されやすい基準に囚われてしまう。

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──たしかにクリエイティブと数字は、別々に考えたほうが良さそうな気がします。

LA留学中、ある高名な撮影監督の講義で、言われたことを指示通りに撮るのはカメラマンではなくカメラオペレーターだと教わりました。撮影監督に要求されるのは技術プラス独自の美意識、個のセンスを最大限に作品に反映させることをまず考えなければならないのだと。素材を目の前にした時、カメラマン自身撮りたい画が絶対生まれるはずなのに、他の何かに判断を委ね、「こういう画を撮りたい」という自分の願望を捨てていいのか、というようなことです。

──各々の意思が求められていると。

たとえばNHK時代に、日常のルーティーンのなかで、よりクリエイティブを高めるためにはいったいどうしたらいいのか──頭を悩ませていたんですね。監督である僕がコンテを描いてスタッフに渡すと、スタッフはまずその通りのカットを撮ろうという思考で準備をし、現場に臨むようになる。僕が徹夜でカット割りを考えて、翌日そのカット割りを見ながら技術打ち合わせをして、リハーサルをして、その後スタッフは修正されたカット割りも含め一生懸命に研究する。結果、全員睡眠不足のバッドコンディションで撮影当日を迎えてしまう。ある時ふと思ったんですよね、そういうやり方は止めて別の方法を考えませんか、と。

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──別の方法とはどんな方法だったんですか。

僕(演出)からは事前にカット割りは渡さない、会議の時間は省く。現場で、まずは撮る対象(芝居)をみんなが自分の目で見て、自分が撮りたいもの、作りたい照明を見せてくれませんか、と。みんなプロなんだから、それぞれやりたいことをやるでいい。まず、それを僕に見せてほしい。違ったら変えればいいし、とにかくやってみようよ、と。カメラを構えてみようよ、と。スタッフが自由にアイデアを吐き出す、それをアメリカでは「オープンスタッフシステム」というんだけどね……とプレゼンして。まあ、僕が勝手に命名したんですけど(笑)。

──絶妙な表現ですね(笑)。

一方で、自分は各部署から上がってきたものを受け止めきれるのか、その引き出しを持っているのか、むしろ監督が試されることでもあって。特にテレビの現場は時間がありませんから。現場で瞬時に判断する、もしくは吞み込んで自分の血肉にする、そうしなければ刻々と時間が過ぎていってしまう。それなりの経験値とトレーニングが必要な、思った以上に監督に負荷のかかるスタイルなんですね。

──監督が司令塔になるだけではなく、各部署のプロフェッショナルたちのアイデアを受けて、それを活かしていく強さ、というわけですね。

指示待ちではない、意思を持ってどんどん動いてくれるスタッフの方が機動力はありますし、制約のあるバッドコンディションの中で、いざという時にも頼りになります。臨機応変にアメーバのように自在に動けるスタッフになることで、最終目的地への距離や時間も、最短で最良の道を歩けるようになる。テレビ屋から生まれた発想ではありますが、日本映画の規模感でいうと割と応用が利くと思いました。「るろうに剣心」になぞらえて言えば、人を活かす剣、神谷活心流ですね(笑)。

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──なるほど。「龍馬伝」の龍馬だからしかたないとは逆の発想とも言えますね。

こういう依頼のされ方をしたプロジェクトこそ、エクスキューズではなく、僕は「人を活かす剣」を振るわなければいけない。そして剣心が恵に言われたように、「人を活かす前に自分を活かす」ことも考えなければいけない(笑)。まあ、いつも僕がスタッフに要求していることと同質のことを、このプロジェクトでは要求されているような気がしてきたんですね。で、結局お前は何をやりたいんだ、と。

──レベル、高いですね。今回は、独立から2〜3年目についてうかがってきました。次回は「秘密 THE TOP SECRET」「ミュージアム」を中心にしたインタビューの予定ですが、少しずつ10年を振り返りながら、独立10周年の今思うことはどんなことでしょうか。

環境に適応したものだけが生き残るという、まさにダーウインの進化論かな(笑)。“フリーの新人監督”ですから、形にしないと何も始まらない、形を残さないとギャランティも生じない。なので、ネガティブもポジティブも、成功も失敗も、批評も酷評も含めて、現実的に“撮る”という行為、アウトプットを続けることに価値を置いた10年でした。せめてもの基準は、自分がやったことのないことを「やってみよう」ということ。アウトプットしながら、走りながら、確実に何かをインプットする。アクション、近未来、アイドル、SF、特殊造形、ミステリー、ホラーテイスト、海外ロケ……時間の流れとしてはあっという間ですが、密度としてはNHK時代の10倍ぐらいの感覚ですね。出会った人たちの数も、きっと10倍を超えるかな。

【次回予告】
第4回は、「秘密 THE TOP SECRET」「ミュージアム」について、大友監督がコミック原作を撮る理由、舞い込む理由を探っていきます。

筆者紹介

新谷里映(しんたに・りえ)。雑誌編集者を経て現在はフリーランスの映画ライター・コラムニスト・ときどきMC。雑誌・ウェブ・テレビ・ラジオなど各メディアで映画を紹介するほか、オフィシャルライターとして日本映画の撮影現場にも参加。解説執筆した書籍「海外名作映画と巡る世界の絶景」(インプレスブックス)発売中。東京国際映画祭(2015~2020年)やトークイベントの司会も担当する。

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