コラム:第三の革命 立体3D映画の時代 - 第7回

2010年5月26日更新

第三の革命 立体3D映画の時代

一昨年春に連載し、好評を博した映像クリエーター/映画ジャーナリストの大口孝之氏によるコラム「第三の革命 立体3D映画の時代」が復活。昨年暮れの「アバター」公開により、最初のピークを迎えた感のある第3次立体映画ブームの「その後」について執筆していただきます。連載再開第3回は、日本の3D映画について論じます。

第7回:日本の3D映画

「跳び出す映画」のチラシとアナグリフ・メガネ
「跳び出す映画」のチラシとアナグリフ・メガネ

3D映画のヒットが続いているが、どうしてもアメリカ映画中心であり、邦画の勢いは今ひとつである。実際に今年これから公開を予定している日本の3D映画には、「FURUSATO 宇宙からみた世界遺産」(6月19日公開)、「仮面ライダーW FOREVER AtoZ 運命のガイアメモリ」(8月7日公開)、「天装戦隊ゴセイジャー エピックON THEムービー」(8月7日公開)、「牙狼<GARO> RED REQUIEM」(秋公開)などがある。

もちろんハリウッド大作と比べてしまうと小粒であることは否めないが、しかし日本における立体映像の歴史は、意外なほど古いのである。そこで今回は、ちょっとトリビア的な話題を中心に取り上げてみた。

■日本初公開の3D映画とは

日本で公開された初めての3D映画は、松竹座などで1936年(昭和11年)に封切られた、その名もズバリ「立体映画」あるいは「跳び出す映画」と題された作品だった。

「Audioscopiks」のタイトル
「Audioscopiks」のタイトル

原題は「Audioscopiks」。1935年(昭和10年)にMGMが製作した8分30秒の短編で、監督はジェイコブ・F・レーベンタールとジョン・ノーリングの2人。内容は、窓から飛び出す梯子、棒の先端に取り付けられた目覚まし時計、割れる風船、カメラに向かって足を曲げ伸ばしする女性モデル、ブランコをする女性、炎の曲芸をするネイティブアメリカン、カメラに向かって水を吹き掛ける酔っぱらい、ボールを投げるピッチャー、観客にライフル銃を向ける男などといった、非常に他愛ないものだった。

■国産の3D映画はいつから作られたか

「跳び出す映画」はアメリカ映画だったが、では日本国内で3D映像の研究は、いつから行われていたのだろうか。例えば1870年(明治3年)には、写真家の横山松三郎によってステレオ写真が撮影されていた。ただし、あくまでもスチル写真の話である。では国内で動画の3D映像は、いつから作られていたのだろうか。

筆者が知る限りにおいて国産初の3D映画は、福島県石城郡川前村で研究を行っていた、志賀一美、幸雄、豊の3兄弟によるものと思われる。彼らは1935年(昭和10年)から、メガネ(おそらくアナグリフ方式)を用いた3D映画システムの研究を開始し、1936年(つまり「跳び出す映画」が封切られたのと同年)に東京で公開している。しかし開発は戦争で中断し、1950年(昭和25年)に再開した時はワイドスクリーン用システム「パノラマ・シネビジョン」に研究テーマを変えてしまっていた。その後、志賀兄弟が3D映画の開発を再開した話は聞かない。

■清水式映画

またもう1つ興味深い研究に、「清水式映画」というものがあった。発明者は、放射線の飛跡を視覚化する霧箱の改良で有名な物理学者、清水武雄(1890〜1976)である。清水は、帝大教授と理化学研究所主任研究員を兼務し、日本物理学会では初代委員長を務める重鎮だったが、1948年(昭和23年)からは清水研究所を設立して悠悠自適な発明家としての人生を歩んだ。

「清水式映画」の原理は、2台のプロジェクターを連動させ、左右の画像が交互に映写されるようにし、観客の目の前に回転シャッターを置いて立体視するというものだった。つまり今日のXpanD方式の映画館や、パナソニック、ソニーなどの3Dテレビが採用しているアクティブ・ステレオと、原理的には同一のアイディアである。ただし前例として、米国のローレンス・ハモンド(ハモンド・オルガンの発明者)が、1922年(大正11年)にニューヨークで興行を行った、「テレビュー」という機械式アクティブ・ステレオ映画システムがすでにあった。

宝塚少女歌劇雪組公演 「グランド・ショウ『ショウ イズ オン』」の アナグリフ・メガネと観劇記念の立体絵ハガキ (筆者所有)
宝塚少女歌劇雪組公演 「グランド・ショウ『ショウ イズ オン』」の アナグリフ・メガネと観劇記念の立体絵ハガキ (筆者所有)

■宝塚のステージも3D!

ハモンドのテレビューは興行的に失敗し、彼は新たな3Dエンターテインメントの発明に取り組んだ。それは「シャドーグラフ」と呼ばれるライブステージ用の3D技術である。つまり、舞台に引かれた白い幕の背後から、赤と緑のライトでダンサーのシルエットを投影することにより、影がアナグリフの立体像として浮かび上がるという仕組みだった。これは実際に、ブロードウェイのレビュー「ジーグフェルド・フォリーズ」の幕間ショーとして、1922〜5年(大正11〜14年)に上演されている。

だがどうやら宝塚でも、シャドーグラフを模した3Dショーが行われていたらしい。東宝劇場で行われた宝塚少女歌劇雪組公演「グランド・ショウ『ショウ イズ オン』」がそれで、「第20景 影の効果」においてダンサーのシルエットをアナグリフ立体視する出し物が試みられた。作・振付は宇津秀男が手がけていた。詳しい公演日時は分からないが、アナグリフ・メガネに載っているトリス紅茶の広告などから推測して、1938年(昭和13年)あたりと思われる。

>>次のページでは東宝、松竹の3D映画を紹介。

筆者紹介

大口孝之のコラム

大口孝之(おおぐち・たかゆき)。立体映画研究家。59年岐阜市生まれ。日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター、世界初のフルカラードーム3D映像「ユニバース2~太陽の響~」のヘッドデザイナーなどを経てフリー。NHKスペシャル「生命・40億年はるかな旅」のCGでエミー賞受賞。「映画テレビ技術」等に執筆。代表的著作「コンピュータ・グラフィックスの歴史」(フィルムアート社)。

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