コラム:第三の革命 立体3D映画の時代 - 第5回
2010年3月5日更新
第5回:3D映画とストップモーション・アニメーションのディープな関係
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■「スター・ウォーズ」のルーツ?
次のストップモーション作品は、1955年製作の「The Adventures of Sam Space」【図3】である。内容は「洞穴でカプセルを拾った少年チャックは、中に入っていたロボットRoboにより、それがスペースアイランズの攻撃を受けている惑星ミーカから地球に送られたものだと知る。早速チャックはシーテック教授と共にミーカ星へと旅立った……」という「スター・ウォーズ」みたいな、9分間のSF人形アニメである。
脚本・監督は「美人島の巨獣」(1952)の特撮と美術を担当していたポール・スプランクで、「ミッキー・ルーニー・ショー」(1954-5)などのテレビ番組を作っていたボルケーノ・プロダクションが製作した。しかし、すでに第1次立体映画ブームは終わっており、フィルムの買い手はなかなか現れなかった。しかし、ようやく1960年に20世紀フォックスが買い付け、「Space-Attack」と題名を変えられ、実写3D長編「欲望を呼ぶ嵐」(1960)の併映作品となった。
■「キャプテンEO」を忘れるな
その後は、立体映画が低迷期に入ると共に、ストップモーション・アニメーションそのものが西側世界ではマイナーな存在になってしまい、事例が見つからない時代が続く。1980年代には第2次立体映画ブームが到来するが、ほとんどが実写作品であった(セルアニメの作品もあった)。
第2次ブームを支えた3D技術者たちは、その終焉後に博覧会やテーマパークのアトラクション映像に活路を見出し、数多くの立体映像を生み出していく。この時期の代表作といえば、何といってもウォルト・ディズニー・パークス・アンド・リゾーツの「キャプテンEO」(1986)がある。ジョージ・ルーカス製作、フランシス・フォード・コッポラ監督、マイケル・ジャクソン主演による、パッシブ・ステレオの70mm立体映像アトラクションという堂々たるものだった。基本的に俳優とアニマトロニクス、特殊メイク、パペットなどによる実写作品なのだが、短くストップモーションも用いられている。これは、メジャードモ、マイナードモというロボット兄弟が、ドラムやシンセサイザーに変身する場面だった。アニメートを担当したのは、後に「ムーンウォーカー」(1988)も手掛けるウィル・ビントン・プロダクションである。実は同社は、「コラライン」を手掛けたライカ社の前身でもあるのだ。
■日本の博覧会ブーム
日本では、第2次立体映画ブームとクロスフェードするように、あのバブル時代が到来する。また当時の国内では、各地で市制施行100周年を祝う記念事業として、地方博覧会が立て続けに開かれていた。
その中の1つに、福岡のシーサイドももちで1989年に開催されたアジア太平洋博覧会がある。ここに辛子明太子の“やまや”が出展したパビリオン「立体アニメ劇場 やまや館」があり、宮澤賢治の童話を題材とした12分間の人形アニメ「注文の多い料理店」が上映されていた。演出:浜田徹。キャラクター・デザイン:松下進。人形制作:喜多京子、平野清美。アニメーター:田畑博司、長崎希。撮影には「ジョーズ3」(1983)にも使用されたStereoVisionカメラが用いられ、パッシブ・ステレオで上映された。
■3Dハイビジョン作品
NHK放送技術研究所(以下NHK技研)では、1986年より立体ハイビジョン・システムの研究を行ってきた。そして開発された撮影機材を用いて、NHKテクニカルサービス(現NHKメディアテクノロジー)が様々なタイプの3Dコンテンツを作り続けてきた。
その中に、ストップモーション・アニメーションの作品がある。「ニャッキ!」「グラスホッパー物語」「花王キュキュットCM」などで知られる伊藤有壱が手掛けた、クレイアニメ作品「The Box」(2001)【図5】がそれである。旅の途中で魔法使いの家に迷い込んだ腹ぺこネズミが、封印されていた「禁断の箱」を次々と開けていくという内容の9分43秒間の作品で、ウォルトディズニー・テレビジョンアニメーション賞を受賞した他、世界各地の映画祭などで招待上映された。
■3D人形アニメならではの苦労
このように、立体のストップモーション作品は少なからず存在するのだが、基本的にどれも短編だった。したがって「コラライン」は、「3Dで撮られた初めての“長編”ストップモーションアニメ」という表現が正確である。実は、人形を被写体として立体撮影を行うには、通常とは異なる苦労がある。それは被写体が小さいために生じることだ。
普通の実写3D映画を撮影するように2台のカメラを横に並べて、基線長(左右のレンズの間隔)を人間の眼の平均である6.5cmに設定して撮影すると、被写体に対して視差が大きくなり過ぎてしまう。そのため、基線長をずっと小さな値にしなければいけないのだが、カメラのボディやレンズ自体の大きさのため限界がある。そこでカメラ2台を、ハーフミラーを介して垂直に配置する方法が考えられるが、今度は撮影装置全体が大き過ぎてミニチュアセットの中に入らないという問題が生ずる。
そこで「コラライン」のスタッフは、マシンビジョン用カメラ1台で撮影するシステムを考案した。このRedlake社製カメラMegaPlus II EC11000は、ベルトコンベア上を流れる物体の検査や、医学、地球観測、顕微鏡撮影など多目的用途に設計されたもので、小型ながら4008×2672画素の解像度を持っていた。そして、このカメラをモーションコントロール装置のアームに取り付け、1フレーム(左目用)を撮影すると自動的に横にスライドしてもう1フレーム(右目用)も記録される。これならば小さなセットの中へも入り込んで、適切な視差で撮影が可能になるわけだ。
ストップモーションというと、人形のアニメートやセットの精密さなどに話題が集中するが、立体映画となると撮影にも独自の工夫が必要になるというわけだ。