コラム:佐藤久理子 パリは萌えているか - 第3回

2012年3月22日更新

佐藤久理子 パリは萌えているか

「アーティスト」テレビ界出身の2人が成し遂げたフランス映画初の快挙

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「ハリウッド伝説入り」「フランス映画の素晴らしき物語」といった見出しが仏の新聞を賑わせたアカデミー賞の翌日。作品、監督、男優賞を含む、みごと5冠(『ヒューゴの不思議な発明』と並ぶ最多)を達成した仏製作映画「アーティスト」への、地元マスコミの反応は大変なものだった。なんせ作品賞受賞はもちろん、これほどの快挙はフランス映画始まって以来なのだから。ゴールデン・グローブ賞を取った時点ですでに289館の再拡大ロードショーになっていたのだが、今回はサルコジ大統領をはじめ次期大統領候補の政治家たちがコメントを寄せるなど、そのフィーバーぶりは文化枠に留まらず、まさに国を挙げてという言葉がふさわしい。

1920年代のハリウッドを舞台にした本作は、ミシェル・アザナビシウス監督の無声映画に対する情熱に端を発している。自身も大の映画愛好家であり、無声映画の楽しさを現代の観客に伝えたいと願った彼は、映画制作の現場そのものを描くことを思いつき、サイレント・ムービーのスター(ジャン・デュジャルダン)と新人女優(ベレニス・ベジョ)のロマンスに、映画がトーキーへ移り変わる過渡期のドラマを絡ませている。もっとも、企画当初は3Dのこの時代に誰がそんなサイレント映画を見たがるものかと多くの人々からそっぽを向かれ、資金集めに苦労したとか。だが監督は、俳優たちのボディ・ランゲージを駆使した演技スタイルや挿入字幕などサイレントの手法はそのままに、タップダンスやミュージカル・シーンなどの娯楽的な要素と音楽を加え、小気味良いテンポで笑いと涙、ユーモアと情感溢れる映画を作り出した。

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作品を観たキム・ノバクが、「めまい」のバーナード・ハーマンの音楽の引用のされ方にショックを受けたとか、オスカー制覇は業界に多大な影響力を持つやり手配給者、ハーべイ・ワインスタインのおかげ、といったバッシングの声も上がっているものの、本作の功績はやはり、忘れられた存在となっていた無声映画の醍醐味を現代の観客に広く伝えたことだろう。フランスでも若い世代には、無声映画など見たことがないという者も少なくなかったからだ。

さらに、こうした古典映画へのオマージュを、テレビ界出身でこれまで映画界では異質な存在として見られていたアザナビシウスとデュジャルダンが成し遂げた、というところが面白い。いわゆる国立映画学校出身のサラブレット系映画人に不足しがちな、発想の自由さと大胆さの勝利と言えるのではないか。

アメリカではフランスのジョージ・クルーニーと言われている(らしい)デュジャルダンも、フランスでは気さくなお茶の間のスターである。テレビのおバカ・コメディで人気者になり、その後映画界に進出。自身で原案、脚本も務めた「BRICE DE NICE」や、アザナビシウス監督の「OSS117」シリーズなどのコメディでマルチな才能を発揮し、フランスの新世代をけん引する俳優となった。ちなみに本国では2月29日に彼が原案、プロデュースを務めた複数の監督によるオムニバス映画(アザナビシウスの他、本人もメガホンを取っている)「LES INFIDELES」が公開され、1週目で動員100万人を越す大ヒットを記録中。浮気をテーマにドラマと暴走コメディが混ざり合った、ある意味強烈にフレンチ・テイストな作品であり、好むと好まざるにかかわらずデュジャルダンの多才さを表している。

今年でちょうど40歳を迎えるデュジャルダンと、45歳のアザナビシウス。フランス映画界に予期せぬ動向をもたらしてくれる人材であることは間違いない。(佐藤久理子)

筆者紹介

佐藤久理子のコラム

佐藤久理子(さとう・くりこ)。パリ在住。編集者を経て、現在フリージャーナリスト。映画だけでなく、ファッション、アート等の分野でも筆を振るう。「CUT」「キネマ旬報」「ふらんす」などでその活躍を披露している。著書に「映画で歩くパリ」(スペースシャワーネットワーク)。

Twitter:@KurikoSato

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