コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第189回
2012年7月18日更新
第189回:「ダークナイト」シリーズの魅力あふれる着地点とは?
前回の予告通り、「ダークナイト ライジング」について書くつもりでいたのだけれど、取りかかってみるとこれが案外難しい。まだ7月とはいえ、僕にとっては今年のナンバーワン映画だから、語りたいことは山ほどあるのだが、ひとりの映画ファンとしては、これから映画を見る人にはできればまっさらな状態で楽しんでもらいたい。でも、どんな内容かわからないままでは映画のチケット代を払う気にならない人もいるだろう。そこで、「ダークナイト ライジング」を鑑賞しようかどうか決めかねている映画ファンのために、軽めの解説を書くことにした。
さて、「ダークナイト ライジング」は、前作から8年後で幕を開ける。前作「ダークナイト」のエンディングで、ブルース・ウェインはトゥーフェイスの凶行と死の責任をダークナイトに負わせることで、地方検事の名声を守る選択を下した。その作戦が効を奏し、ゴッサム・シティの犯罪は激減。しかし、当のブルースは恋人を失った悲しみから豪邸に引きこもり、世捨て人として暮らしている。もちろん、ダークナイトのスーツは埃をかぶったままだ。
当然のことながら、嘘でつくられた平和が長続きするわけがない。泥棒のセリーナ・カイル(アン・ハサウェイ)と献身的な警察官ジョン・ブレイク(ジョセフ・ゴードン=レビット)との出会いを経て、ブルースは最後に1度だけダークナイトを復活させることになるのだ。
「ダークナイト ライジング」は、「バットマン・ビギンズ」からはじまったノーラン監督版「ダークナイト」3部作の最終章にあたる。両親を目の前で惨殺され、犯罪を忌み嫌うようになったブルースの旅路の終わりが描かれることになるのだ。前2作でも、執事のアルフレッド(マイケル・ケイン)がたびたび指摘しているが、ブルースにとってダークナイトとして活動することが人生の目標ではない。相次いで勃発する犯罪を見過ごせずに続けているだけで、表と裏の顔を使いわけることは肉体的にも精神的にも大きな犠牲を強いられる。つまり、「ダークナイト ライジング」でサーガが幕を閉じるのであれば、「いつダークナイトを辞めるのか?」「どうしたら犯罪を撲滅することができるのか?」「果たしてブルースは幸せになることができるのか?」といった疑問に答えなくてはならない。
ノーラン監督はこれらの疑問に答える前に、ウェインを絶望の淵に叩き落とす。新たな悪者ベイン(トム・ハーディ)は、知力でも体力でも対等以上の存在で、ブルースからすべてを奪いとってしまうのだ。どん底に落とされたブルースが、長い葛藤の末に這い上がっていくプロセスこそがこの映画の肝であり、だからこのタイトルなのだ。
この映画はこれまで通り重層的になっていて、今回は経済破綻や貧富の差、革命といったタイムリーな要素が盛り込まれている。「ウォール街を占拠せよ!」などの社会運動を連想させるが、ノーラン監督はフランス革命時を舞台にしたチャールズ・ディケンズの「二都物語」に着想を得たと説明している。1時間にも及ぶIMAX撮影の迫力映像や、「007」シリーズも真っ青な手に汗握るアクション、どんでん返しの連続のストーリー、ブルースとアルフレッドとの親密なドラマなど、あまりにもたくさんの魅力にあふれているけれど、1番好きなのはやっぱり壮大なサーガの着地点。映画を見て泣いたのは、ずいぶん久しぶりだなあ。
「ダークナイト ライジング」は、7月28日から全国で公開。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi