コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第179回

2012年5月1日更新

FROM HOLLYWOOD CAFE

第179回:ピクサー流のこだわりを貫いた最新作「メリダとおそろしの森」

バグパイプでお出迎え
バグパイプでお出迎え

毎年、春が訪れるたびに楽しみにしているのが、ピクサーでの新作映画の先行取材だ。ピクサーは毎年夏に新作を公開することになっていて、その数カ月前にロングリードと呼ばれる取材の機会を設けてくれる。映画の公開直前にも取材の機会があるのだけれど、それは声優のインタビューがメインとなるし、ロサンゼルスのホテルでの取材になることが多い。ロングリード取材は、ピクサーの社屋で主要スタッフみんなにインタビューができる貴重な機会なのだ。

サンフランシスコのホテルからシャトルバスに乗り込み、エミリービルにあるピクサーに到着すると、バグパイプの演奏で迎えられる。今年公開の新作映画「メリダとおそろしの森」はスコットランドを舞台にしているので、映画にちなんだアトラクションが用意されていたのだ。キルトの歴史を勉強したり、アーチェリー射撃をしたり、普段の生活ではなかなか体験できないことをさせてもらった。

もちろんこれは単なる余興で、本番はフッテージ上映とインタビューにある。

アーチェリーに挑戦する筆者
アーチェリーに挑戦する筆者

トイ・ストーリー3」「カーズ2」と最近は続編映画が続いていたけれど、今回は久々のオリジナル作品。ピクサー史上初めて女性が主人公であるばかりか、初めて過去を舞台にした映画でもある。

メリダとおそろしの森」は弓矢の達人で自由を愛する王女メリダが、森の奥深くで不思議な鬼火を発見したことから、平和な王国にとんでもないトラブルを巻き起こすというファンタジーアドベンチャーだ。

映画が未完成のため、上映されたのは冒頭の30分間だけだったけれど、僕はあっというまに物語世界に引きこまれた。ファンタジー世界を描きながら、親子関係という普遍的な題材を扱っているのはさすが。十代を経験したことがある人ならば、誰でも共感できるストーリーになっている。

今回も監督やプロデューサーをはじめ、ストーリー部門や美術部門、テクニカル部門の人たちに話を聞かせてもらうことができた。実は、「メリダとおそろしの森」で監督デビューを飾ることになったマーク・アンドリュースは、ブラッド・バード監督の秘蔵っ子のような存在で、これまでに「Mr.インクレディブル」と「レミーのおいしいレストラン」のロングリード取材のときにもストーリー担当として話を聞かせてもらっている。そんな経緯もあって、ついに彼がメガホンを握ることになってとてもうれしい。

社内に飾られた「メリダとおそろしの森」のイメージ画
社内に飾られた「メリダとおそろしの森」のイメージ画

他のピクサー作品と同様、「メリダとおそろしの森」の製作も決して容易ではなかったようだ。技術面ではメリダのカーリーヘアと森の自然描写に苦労したようだが、ピクサーにおける最大の壁はいつもストーリーだ。どの作品でも必ず1カ所だけうまく機能しないシーンがあり、数え切れないほどのやり直しをすることになる。「モンスターズ・インク」でイェティが登場する場面でつまずいた経験から、ピクサー内ではこうした場面を「イェティの洞窟」と呼んでいて、「メリダとおそしの森」にもそれはあったという。アンドリュース監督によれば、昨年末になってようやくそのシーンをクリアできたという。

監督をはじめスタッフには申し訳ないけれど、この話を聞いて僕はうれしくなった。ストーリーに対する徹底過ぎるこだわりこそが、ピクサーの最大の長所だと思っているからだ。他のスタジオならば、予算やスケジュールを優先するのに、ピクサーはいいアイデアが浮かんだ場合、それまでの仕事をボツにすることをいとわない。これだけヒットを飛ばしているのだから、手を抜いても良さそうなものだけれど、試行錯誤による非効率的な物語づくりは変わっていない。「メリダとおそろしの森」もきっと素晴らしい作品に仕上がるに違いない。

メリダとおそろしの森」は、7月21日から全国で公開。

筆者紹介

小西未来のコラム

小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。

Twitter:@miraikonishi

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