コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第162回
2011年12月8日更新
第162回:ジョニー・デップ、亡き親友に捧げる「ラム・ダイアリー」
最新作「ラム・ダイアリー」は、華麗なキャリアを誇るジョニー・デップにとっても特別な作品といえる。「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズにしても、一連のティム・バートン作品にしても、デップは企画に乗っかる形で参加している。積極的にアイデアを出して唯一無二のキャラクターをつくり出すし、結果的にストーリーや映画のスタイルにも影響を及ぼすから、映画俳優としては作品に並外れた貢献をしているけれど、主導的な役割は果たしていない。
一方、「ラム・ダイアリー」は、ジョニー・デップなしでは誕生しえなかった映画作品だ。彼が心酔するジャーナリスト、ハンター・S・トンプソンのデビュー小説の映画化で、デップは主演・プロデューサーとして映画化を実現させたばかりか、原作の出版にも大きく関与している。1990年代、トンプソンとの親交を深めたデップは、コロラド州にある彼の自宅で「ラム・ダイアリー」の未発表原稿を発見。60年代前半に執筆されたものの、そのまま忘れ去られていたものだった。その内容に感動したデップは、その場で書籍化と映画化を薦める。その後、トンプソンの代表作「Fear and Loathing in Las Vegas」を映画化した「ラスベガスをやっつけろ」がジョニー・デップ主演で実現。同作が劇場公開された98年、「ラム・ダイアリー」が未発表の処女小説として刊行される。すぐにデップ主演で映画化準備がスタートするが、小さな制作会社が手がけていたせいもあって、企画開発で行き詰まる。05年、トンプソンは映画化実現を諦めたかのように、自ら命を絶ってしまった。
今回、長い年月を経てようやく「ラム・ダイアリー」を完成させたことで、ジョニー・デップは亡き親友との約束を果たしたことになるのだ。
物語の舞台は60年のプエルトリコ。ニューヨークからやってきた主人公(デップ)は、地元新聞で記者として働き始める。異国情緒に溢れる島で個性的な人々とラム酒に囲まれて生活を謳歌するうちに、アーロン・エッカート演じるアメリカ人ビジネスマンとそのセクシーな婚約者(アンバー・ハード)と知り合うことになる。そして、プエルトリコでリゾート開発を進める裕福なカップルとの出会いがきっかけで、危険に巻き込まれていく、という筋書きだ。
ハンター・S・トンプソンの小説の映画化というと、ダークで過激な内容を想像するかもしれない。でも、「ラム・ダイアリー」はノスタルジーに満ちた異国ムードたっぷりのドラマに仕上がっている。当時のトンプソンには、まだ作家としてのスタイルも方向性も定まっていない。この自伝的ストーリーで描かれる一連の出来事を通じて、伝説のゴンゾー・ジャーナリストへと成長を遂げるのだ。言ってみれば、「ラム・ダイアリー」は「ラスベガスをやっつけろ」の前章なのである。
ファンにとって嬉しいのは、メイクで他人になりきることを好むジョニー・デップが、ノーマルな姿で出演していることだろう。実際、これほどノーマルなキャラクターを演じたのは、もしかすると「フェイク」以来かもしれない。
「ラム・ダイアリー」の日本公開は、2012年6月予定。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi