コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第153回
2011年9月28日更新
第153回:J・J・エイブラムス、新ドラマのパートナーはとんでもないヤツ!?
J・J・エイブラムスが映画界で活躍してくれるのは喜ばしいことだけれど、彼のドラマのファンとしては複雑な心境だったりする。かつては “ショーランナー”として「フェリシティの青春」や「エイリアス」といったドラマで脚本家チームを率いてきたエイブラムスだが、「M:i:III」をきっかけに映画に進出すると、1年のうち9カ月間拘束されるショーランナーを務めることが不可能になってしまった。制作総指揮のひとりとして打ち合わせに参加することはできても、貢献できるのはシーズンを通じた大まかなストーリー作成のみで、各エピソードまでは目を光らせることはできない。
実はあの「LOST」にしても、エイブラムスはパイロット版として制作された最初の2話しか主導的な役割を果たしていない。それでも世界的な社会現象を巻き起こすことができたのは、デイモン・リンデロフという新たな才能が生まれ、番組を最後まで支えたからだ。しかし、他のドラマではリンデロフ級のショーランナーには恵まれなかった。「フリンジ」はシーズン4に突入しながらも相変わらず低視聴率に苦しんでいるし、昨年スタートしたスパイコメディ「Undercovers」に至っては、シーズン途中で打ち切りの憂き目にあってしまった。
つまり、エイブラムスに匹敵するパートナーがいない限り、たとえ制作総指揮に名を連ねていても、傑作ドラマとは限らないのだ。
そのことを本人が意識したのかどうかは分からないけれど、エイブラムスは今秋全米放送開始となる新ドラマにとんでもないパートナーを連れてきた。クリストファー・ノーラン監督の弟のジョナサン・ノーランだ。ノーラン監督にとってジョナサンは血縁であるだけでなく、「メメント」の原作や、「プレステージ」「ダークナイト」の脚本を執筆した腹心である。そのジョナサンにとっての初のテレビ企画である「パーソン・オブ・インタレスト(原題)」を、エイブラムスがプロデュースすることにしたのだ。
「パーソン・オブ・インタレスト」の主人公は、元CIA捜査官のジョン・リース(ジム・カビーゼル)だ。かつては凄腕のスパイとして活躍したが、恋人を失う不幸に見舞われて、自暴自棄になってニューヨークを放浪している。ある日、リースの前に謎の富豪フィンチ(「LOST」のマイケル・エマーソン)が現れる。フィンチは近い将来に犯罪事件に関与する人物を予測するコンピュータープログラムの開発に成功したものの、事件がいつどこで発見するかまでは分からない。そこで、その容疑者(パーソン・オブ・インタレスト)を調査し、来るべき犯罪を阻止して欲しいというのである。かくして、リースとフィンチはたった二人で、ニューヨークの浄化に取りかかることになる――。
SF的な設定が入っているけれど、基本的には1話完結の犯罪捜査モノだ。ただし、事件発生前に犯人を捕まえなければいけない、というツイストが効いている。コンピュータープログラムがはじきだす「パーソン・オブ・インタレスト」も、加害者か被害者かどうか分からないという設定だ。
エイブラムスのドラマには珍しく、「パーソン・オブ・インタレスト」に壮大なミステリーはない。未来の犯罪を予測するメカニズムについては第1話であっさり明かされるので、謎と言えばふたりの過去くらいだ。むしろ、全体を貫くダークなムードといい、腐敗に満ちた世界におけるヒーローの孤独な戦いを描く点は「ダークナイト」そっくり。善悪の境界線が曖昧な点なども似ている。
こんなにもフレッシュで刺激的なドラマをプロデュースしてしまうなんて、エイブラムスはやっぱりすごいと感心してしまった。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi