コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第141回
2011年7月11日更新
第141回:トム・ハンクスの人柄が滲み出たコメディー「ラリー・クラウン」
「ロッキー」や「フォレスト・ガンプ」、「エド・ウッド」のように、タイトルに主人公の名前を冠した映画には良作が多い。「明日に向かって撃て!」の原題は「ブッチ・キャシディとサンダンス・キッド」だし、「ザ・エージェント」の原題は「ジェリー・マグワイア」である。いずれも主人公のキャラクター設定がそのまま作品の個性になっており、だからこそタイトルにその名前が採用されているのだと思う。キャラクター重視の物語が好きなぼくにとって、タイトルは自分好みの作品を見つける際にとても便利なのだ。
トム・ハンクスが監督、主演、脚本、製作の4役を手がけた最新作「ラリー・クラウン(原題)」も、主人公の名前がタイトルに採用されている。ハンクスが演じるのは、大型スーパーの店員ラリー・クラウン。働き者の彼だが、不況の煽りをうけて、高卒であるとの理由からリストラの憂き目に遭う。住宅ローンの支払いのためには仕事を見つけなくてはならないが、このご時世では再就職先が容易に見つかるはずもない。彼は時間を有効利用するため、人生で初めて大学に通うことを決意する。ジュリア・ロバーツ演じる教師や、個性豊かな若者たちとの交流を経て、自己変革を遂げつつ、恋愛を成就していくラブコメディだ。
この映画がユニークなのは、ラリー・クラウンというキャラクターに取り立てて欠点がなく、むしろ模範的市民である点だ。キャラクター重視の映画の場合、主人公には常人と比較して突出していたり、あるいは欠落している面があるものだが、ラリーにはそれがない。真面目で、勤勉で、お人好し。そんな彼が、自分にはまったく非がないにもかかわらず、不幸のどん底に突き落とされてしまうのだ。それでも、ラリーは他人のせいにしたり、世の中を責めることはしないし、もちろん、自暴自棄になったりもしない。ありのまま受け入れて、前へと進んでいく。
さすがにちょっとできすぎたキャラクターだし、なんでもポジティブに捉えるので、あいにくドラマに大きな葛藤は生まれない。
でも、このキャラクターを生み出したのがハンクス自身だと知ると、とたんに愛らしくなるから不思議だ。ハンクスは6年前にこのキャラクターを思いつき、「マイ・ビッグ・ファット・ウェディング」のニア・バルダロスと共同で脚本を執筆。そして、2年半も俳優業を休業して、映画制作に打ち込んだ。
監督デビュー作となった前作「すべてをあなたに」で監督業の大変さを思い知らされた彼は、「個人的な使命感」を抱く作品しか監督しないことを誓ったという。そして、前作から15年もの年月を経てようやく手がけた監督第2作が、これほど軽やかで、シニシズムと無縁の映画になるとは。トム・ハンクスの人の良さにはつくづく感心してしまう。
※日本公開は未定。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi