コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第140回
2011年6月29日更新
第140回:アウトサイダーが見たアメリカの夢——「A Better Life」
渡米したてのころ、ロサンゼルスにヒスパニック系の人々があまりにも多くて驚いたことがある。大学の立地条件のせいか、周囲にはスペイン語の看板が立ち並び、スーパーに行っても、バスに乗っても、見かけるのはヒスパニック系の人たちばかり。それは映画やドラマで憧れたロサンゼルスのイメージとかけ離れていて、中南米に迷い込んでしまったんじゃないかと思ったほどだ。英語すらほとんど話せなかったぼくにとって、スペイン語でコミュニケーションを取れるはずもなく、 毎日、顔を合わせながらも親しくなることはなかった。
でも、アメリカ生活が長くなるにつれて、ぼくは彼らに敬意を抱くようになった。生まれや育ちは違ってもアメリカ社会におけるアウトサイダーという点では同じだし、骨身を惜しまず働く彼らの勤務姿勢にはほんとうに頭が下がる。実際、その勤勉さと賃金の安さから、ロサンゼルスのレストランや建築現場などでは欠かすことの出来ない労働力となっている。日本食レストランでも彼らは活躍していて、たとえば、かつてぼくが通っていた寿司屋さんでは、厨房担当のメキシコ人シェフが味噌汁を振る舞ってくれた(甘エビの寿司を食べたときは、オーブンで軽く焼いた頭を入れてくれた)。彼にしてみれば、その店で働き始めてから知った異国料理のはずなのに、日本の味が見事に再現されていてひどく感激したものだ。だって、ぼくには彼の舌を満足させられるようなトルティーヤ・スープなんて作れないから。
6月24日にアメリカで封切られた「A Better Life」は、そんなロサンゼルスで暮らすヒスパニックの人々に焦点を当てた小規模映画だ。主人公はメキシコ人の庭師で、不法移民のため派手なことはいっさいせずに、慎ましく働いている。一方、一人息子のほうは、うだつの上がらない父にも、貧乏生活にもうんざりして、ギャングへの参加を真剣に考えている。そんななか、主人公にビジネスチャンスが転がり込む。雇い主のメキシコ人が母国に引き上げるため、仕事道具一式と一緒にトラックを譲ってくれるというのだ。トラックさえあれば、使用人から自営業者に格上げとなるから、より良い生活(=ベター・ライフ)が期待できる。なんとか親戚から借金をしてついに夢のトラックを手に入れた彼だが、そのことがきっかけでトラブルに巻き込まれてしまう。
制作費は低いし、役者も無名だけれど(「チェ 28歳の革命」「チェ 39歳 別れの手紙」でカストロを演じたデミアン・ビチルが主人公を熱演している)、リアルさや社会性だけに甘えず、サスペンスに満ちた娯楽作品にきちんと仕上がっている。事件を通じて、親子の絆が深まっていくプロセスも見事だ。監督はなんと「アバウト・ア・ボーイ」のクリス・ワイツで、ファンタジー大作「ライラの冒険」での反省が生きたのか、寡黙な主人公の葛藤を丁寧に描いている。彼自身、ナチスドイツから逃れてアメリカに亡命したユダヤ人の父と、メキシコ移民の祖母の影響で、この物語に強く惹きつけられたという。
メキシコからの不法移民はアメリカで政治的問題として大きく取り上げられているけれど、「A Better Life」はいずれかの立場を表明しているわけではないし、解決法を提示しているわけでもない。これまでアメリカ社会で無視されてきた人々の素顔をきちんと描いたことが、最大の成果だと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi