コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第130回
2010年10月15日更新
第130回:全米で話題沸騰のFacebook映画「ソーシャル・ネットワーク」
フェイスブックは日本ではまだマイナーな存在かもしれないが、世界最大の利用者を誇るSNSとして知られている。その誕生秘話が映画化されると聞いたのは、いまから2年ほど前のこと。脚本家のアーロン・ソーキンがフェイスブック創設の裏側を描いたノンフィクション「The Accidental Billionaires」(邦題「Facebook」)の脚色を担当することになり、リサーチのため自らフェイスブックにアカウントを開設したことから、当時はちょっとした話題になった。ぼくはソーキンが紡ぐ知的な長台詞が大好きで、彼が企画・製作総指揮を務めた人気ドラマ「ザ・ホワイトハウス」も、彼自身がショーランナーとして番組を率いたシーズン4までが最高だと信じている。が、それでも、このフェイスブック映画には興味を持てなかった。いくら成功を収めているとはいえ、新興ITベンチャー企業の歴史が映画に相応しいスケールと重みを備えているとは思えなかったのだ。あのビル・ゲイツとスティーブ・ジョブズの人生でさえ、「バトル・オブ・シリコンバレー」というテレビ映画で十分だったし。
しかし、嬉しいことに自分の読みは完全に外れていた。「ソーシャル・ネットワーク」として完成したフェイスブック映画は、確かにIT企業の誕生秘話を描いている。他の多くの伝記映画と違ってごく最近の出来事が題材となっているから、非常にタイムリーだし、映画評論家のピーター・トラバースさんが言うように、「過去10年の暗いアイロニーを見事に描き出した」作品と言える。
でも、ぼくがこの作品に惹かれたのは、特定の分野を舞台にしながらも、普遍的なドラマに昇華されていたからだ。
物語は、フェイスブックの創始者マーク・ザッカーバーグに対して起こされた2つの訴訟を軸に展開する。原告の言い分をまとめると、ザッカーバーグはフェイスブックのアイデアを他人から盗んだうえに、創設に関わった親友を切り捨てて、金と名誉を独占した裏切り者ということになる。果たして、彼らの言い分は正しいのか、という点が、この映画のミステリーになっている。
最大の見所は、いきなり冒頭に訪れる。学生街の飲み屋で主人公が恋人(ハリウッド版「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラ)と会話を交わすだけのシンプルな場面なのだが、膨大な台詞の量とそのスピードで、観客を圧倒するのだ。それはまるで、カーチェイスや爆発のないアクションシーンである。切れ味の抜群のソーキン節と、デビッド・フィンチャー監督の映像&音響センス、さらに監督のしごきに耐えた若手俳優たちの名演技(8ページに及ぶこの場面において、役者は99テイクもやらされたらしい)が調和した、この映画を象徴するシーンだ。
物語は、2つの裁判と平行して、フェイスブックの歴史がフラッシュバック形式で描かれていく。ジェシー・アイゼンバーグ(「イカとクジラ」「ゾンビランド」)演じるザッカーバーグは尊大で嫌味な天才だが、無垢な面も持ちあわせていて、矛盾に満ちた存在だ。非凡な才能を発揮して成功の階段を駆け上がっていくにつれて、ますます孤独に陥っていく彼は、「市民ケーン」の主人公と似ている。野心、プライド、友情、愛、成功、嫉妬、裏切り……。「ソーシャル・ネットワーク」には、偉大なドラマに必要な要素が揃っている。種々雑多な歴史的事実を、ラブストーリーの枠組みに入れこんでいる点もいい。
「ソーシャル・ネットワーク」がフェイスブックの利用者増加の助けになるかどうかは分からない。でも、来年のアカデミー賞で大量ノミネートを獲得するのは確実だと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi