コラム:FROM HOLLYWOOD CAFE - 第107回
2008年11月4日更新
第107回:新生ディズニー・アニメの第1弾「ボルト」は、ハートに溢れた作品
ディズニーの新作アニメ「ボルト」の先行取材のために、バーバンクにあるディズニー・アニメーション・スタジオに出かけた。前回ここに来たのは「チキン・リトル」という映画の取材のためで、当時は映画の仕上がりにも製作陣の発言にも少なからずがっかりさせられたのだけれど、今回の作品には大きな期待を寄せていた。なぜならいまのディズニー・アニメーションは、ピクサーのエド・キャットムル社長とジョン・ラセター監督によって運営されており、新作「ボルト」は、彼らが立ち上がりから完成まで携わった最初の作品だからである。
「ボルト」は、人気TVドラマに出演している有名タレント犬の物語だ。ハリウッドの撮影現場で生まれ育ったボルトは、ドラマのなかの出来事を本物だと思いこみ、自らをスーパードッグと信じて疑わない。ある日、ふとした手違いからボルトはニューヨークに送られてしまう。見知らぬ都会で放り出されたボルトは、厳しい現実に直面することになる。果たして彼は無事、ロサンゼルスに戻ることができるのだろうか――。
実は「ボルト」は、かつて「アメリカン・ドッグ」という名前で「リロ&スティッチ」のクリス・サンダース監督が準備していたものだった。しかし、キャットムル&ラセター体制になると製作にストップがかかる。結局、監督は降板となり、基本設定だけを残してストーリーからキャラクターデザインまで仕切り直しとなった。再スタートを切ったのが06年1月のことだから、かなりの急ピッチで製作されたことになる。監督交代&突貫工事といえば、ピクサーの「レミーのおいしいレストラン」のときの状況と非常に似ている。
あいにく映画は未完成のため、最初の40分ほどしか見せてもらえなかったのだが、それだけでもピクサー効果は明白だった。いきなり激しいアクションで観客を引きつけておいてから、ボルトの置かれた境遇をじっくりと描く。ボルトは、現実と虚構の違いがわからない間抜けな犬ではなく、身勝手な人間たちによってそう信じ込まされていたに過ぎない。そうした事情がきちんと説明されるから、ボルトが滑稽な過ちを犯すたびに、観客は笑い、同時に、憐れな気分になるのである。共感できるキャラクター描写こそがピクサー映画の鍵であり、「ボルト」においてもそれが実践されているのがとても嬉しかった。自分に超能力がないと悟ったボルトが、失望のどん底から這い上がっていく過程が見事に描かれており、ハートに溢れた作品に仕上がっている。
敢えて厳しいことを言えば、「ボルト」にピクサー作品ほどの野心は感じられないし、なにより監督の個性が見えない。ジョン・ラセター監督が製作総指揮を務めていても、作品に差がでてしまうのは、監督の力量の違いだろう。たとえば、同じ素材をブラッド・バード監督が料理していたら、もっと驚きに満ちた大胆な作品になっていたように思う。
しかし、「ボルト」にそこまで期待するのは酷な話かもしれない。いまは、新生ディズニーの第1弾作品の誕生を素直に喜びたいと思う。
筆者紹介
小西未来(こにし・みらい)。1971年生まれ。ゴールデングローブ賞を運営するゴールデングローブ協会に所属する、米LA在住のフィルムメイカー/映画ジャーナリスト。「ガール・クレイジー」(ジェン・バンブリィ著)、「ウォールフラワー」(スティーブン・チョボウスキー著)、「ピクサー流マネジメント術 天才集団はいかにしてヒットを生み出してきたのか」(エド・キャットマル著)などの翻訳を担当。2015年に日本酒ドキュメンタリー「カンパイ!世界が恋する日本酒」を監督、16年7月に日本公開された。ブログ「STOLEN MOMENTS」では、最新のハリウッド映画やお気に入りの海外ドラマ、取材の裏話などを紹介。
Twitter:@miraikonishi