コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第8回
2019年3月6日更新
「運び屋」と同日公開。もうひとつの「胸熱」イーストウッド案件
現在88歳のクリント・イーストウッド監督・主演の新作映画「運び屋」が3月8日に公開を迎えます。
私はプレス試写で見ましたが、88歳とはとうてい思えない御大のかくしゃくたる姿には、ただただ驚きしかありません。一方、自らの老齢を有効活用したストーリーラインを成立させているしたたかさもまた、老獪の極み。
「スペース・カウボーイ」が2000年で、「グラン・トリノ」が09年でしたから、この「運び屋」は、およそ10年に1本の周期でイーストウッドが作る、「老人の、老人による、老人活躍劇」の最新作ということになります。
この年齢になっても新作が作れる理由は、もちろん本人の体力・気力が十分に現役だからということなのでしょうが、恐らく、彼の映画が比較的ローバジェットであることも1つに挙げられると思います。
そんなイーストウッドは、同じ3月8日に公開される、あるドキュメンタリーにも顔を出しています。「サッドヒルを掘り返せ」という映画なんですが、これがなかなかの胸熱案件でした。
「サッドヒル」という地名は、最高傑作の誉れ高い一本「続・夕陽のガンマン」という映画のクライマックスに登場する「サッドヒル墓地」のこと。スペイン北部の渓谷地帯に作られたオープンセットがロケ地ですが、それを「掘り返せ」。つまり、打ち捨てられてしまったオープンセットを撮影当時の状態に復元しようというのが、この映画のテーマです。
主人公は、世界のどこにでもいそうな、映画ファンのオニイちゃん。ひょんなことから、「自宅からそんなに遠くない場所に、かつて夢中になった映画のロケ地がある」ことを知ってテンションが上がり、仲間たちと一緒に農具持参で現場に通い始めます。サッドヒル採掘事業は、映画ファンの思いつきからおもむろにスタートしました。
SNSの時代です。この行動はたちまち拡散し、近隣のヨーロッパ諸国の映画ファンたちにも知られることになりました。フランスやイタリアからも「墓掘り」の援軍が駆けつけ、オープンセットは徐々に復旧していきます。
私のちょっとした驚きは、「続・夕陽のガンマン」は、いわゆる「マカロニウェスタン」なのに、ロケ地がイタリアじゃなくてスペインだったこと。このドキュメンタリーは、そのスペインでのロケにまつわる仰天エピソードのほか、作曲家エンニオ・モリコーネによるセルジオ・レオーネ監督との思い出など、当時を知る人物たちの肉声も豊富です。
これを見終えると、間違いなく「続・夕陽のガンマン」を見直したくなります。もしもあなたが「続・夕陽のガンマン」を見たことがないのなら、これを機会に是非ご覧になってみてください。あまりの面白さに、そして若き日のイーストウッドのカッコ良さに驚くこと請け合いです。2019年3月現在、Amazonプライムビデオで199円で見ることが可能です。なお、タイトルに「続」とついてますが、「夕陽のガンマン」の続編というわけではありません。
そんな「続・夕陽のガンマン」を見たことのある人なら、思わず落涙してしまうような素敵なシークエンスも、「サッドヒルを掘り返せ」のクライマックスに用意されています。
もちろん、私も泣けてしまったひとりですが、それと同時に、この場所を訪ねてみたいと強く思いました。サッドヒルは、スペインのマドリードから車で2時間半。ビルバオからなら車で1時間半。ということは、サンセバスチャン映画祭のついでに行けばいいですね。
今年はちょっと無理ですが、近い将来、サッドヒルに行ってみようと思います。映画のロケ地であるということ以外に、何の付加価値もない場所です。だからこそ行ってみたい。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi