コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第28回
2020年3月24日更新
これも必読。ディズニー側からの目線で語られるピクサー買収の真実
前回のコラムで、ピクサーのIPO(株式公開)とディズニーによるM&A(企業買収)に関する書籍を紹介しましたが、今回はその逆バージョン。ピクサーのM&Aについて、ディズニー側の事情から語られている書籍が大変面白かったのでご紹介します。
著者はロバート(ボブ)・アイガー。つい先日まで、ディズニーのCEOを務めていた人物です。「ディズニーCEOが実践する10の原則」というのが本のタイトル。「10の原則」とかうたってはいますが、本書は実践的なビジネス本というよりは、アイガーの自伝です。
大まかに14章で構成されています。アイガーが、知人の伝手をたどってアメリカ3大ネットワークのテレビ局ABCにもぐり込み、番組の雑用係からスタートしてCEOに上り詰めるまでが1章から3章。そのABCがディズニーに買収され、そこでCEOになるまでが4章から7章。8章から11章まではディズニーにおける「三大買収」、ピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの買収について語られています。そして残る12章から14章は、アイガーの最後の仕事、21世紀フォックスの買収がメインテーマです。
ボブ・アイガーは、さながら「買収王」ですね。「ミスターM&A」。この人の人生は映画化できるヤツだと思います。「マネー・ショート」のアダム・マッケイあたりが監督したら、面白い映画になるんじゃないかな。
さて、アイガーによるM&Aの一発目はピクサーですが、当時(90〜00年代)のディズニーは、大作アニメが次々コケていた時代でした。「ヘラクレス」「アトランティス」「トレジャー・プラネット」「ファンタジア2000」「ブラザー・ベア」「ホーム・オン・ザ・レンジ」「チキン・リトル」etc。ああ、そう言えばありました、ありましたって感じのアニメばかりですよね。実際、この時代のアニメ部門は、10年で4億ドルの損失を計上していたそう。ディズニー、大ピンチの時代。
アイガーは、CEOに就任すると「ディズニー・アニメの復活こそが、ディズニーを救う」というスローガンを掲げて、ピクサーのM&Aを取締役会に上程します。彼は、ピクサーのクリエイティブを司るジョン・ラセターとエド・キャットムルが欲しかった。取締役会の反応は、「リスクが大きすぎる」「スティーブ・ジョブズが売るわけない」「ジョンとエドを引き抜けば済む話じゃないか」など、基本、ネガティブです。
ディズニーの役員たちはみな、スティーブ・ジョブズがディズニーの株主になるのがイヤだった。それも、筆頭株主ですから。ディズニーがジョブズによって無茶苦茶にされると思ったに違いありません。
しかし、アイガーはラセターとキャットムルの卓越した手腕、テクノロジーの重要性などを考慮した結果、「ピクサーM&A以外、ディズニーに未来はない」と判断。難敵ジョブズとも話をまとめ、取締役会を説得してこのピクサー案件を成立させます。そのプロセスは、結果が分かっていてもハラハラドキドキです。ピクサーファンの皆さんにあっては、是非、この一連のエピソードを読んで溜飲を下げていただきたい。
ディズニーによる、ピクサー以降の、マーベルやルーカスフィルム、そしてフォックスのM&A案件も相当に面白いのですが、それらが成功したのもすべて、アイガーがピクサーのM&Aをうまくまとめたからだというのがこの本で分かります。マーベルにしても、ルーカスにしても「ピクサーみたいに扱ってくれるんなら、売ってもいい」ってことだった。
ピクサーの話もさることながら、個人的には、アイガーがABC時代に「ツイン・ピークス」に目をつけたってエピソードがツボでした。少し引用してみましょうか。
「そのはじめてのシーズンで、私はもうひとつの大きな賭けに出ることにした。『イレイザーヘッド』や『ブルー・ベルベット』といったカルト映画で有名なデビッド・リンチと、脚本家で作家のマーク・フロストがハリウッドのレストランで紙ナプキンの裏に走り書きした原案に、ABCのドラマ部門のトップが制作許可を出していたのだ。『ツイン・ピークス』という、太平洋岸北西部にある架空の町に住む美しい女子高生のローラ・パーマー殺害事件をめぐる、夢とうつつが交錯する奇妙なドラマだった。デビッドは二時間のパイロット版を制作し、私ははじめてそれを見ながら、こう思っていた。『何だこれは。見たことがないような代物だぞ。でも絶対に放送しなければ』」
もうね。個人的に、ボブ・アイガーには感謝しかない。周囲の大反対を退けて、よくぞ「ツイン・ピークス」を世に出してくれたよって。
もっとも、その後シーズンが進むにつれて、アイガーはリンチと意見が合わなくなり、シリーズはグダグダになってしまいますが、そこら辺の事情もちゃんと書いてあります。アイガー曰く「デビッドにはプロデューサーとしてのセンスが欠けていて、筋書きに締まりがなくなっていた」とかその辺の事情が。
まあでも、「ツイン・ピークス」にGOを出したことがきっかけで、すぐにスピルバーグやジョージ・ルーカスから電話がかかってきたって本人が書いてますから、アイガーにとって非常に重要な案件だったわけですね。
最後に、すきやばし次郎の話を。アイガーは「二郎は鮨の夢を見る」というドキュメンタリーが大好きで、ディズニーの社外研修で250人の重役にもこの映画を見せたって言ってますから、相当に惚れ込んだみたいですね。東京で、実際にすきやばし次郎にもお寿司食べに行ったそうです。何気にこんな意外な話も書いてある。
今年の選挙はもう無理でしょうが、いつか、アイガーがアメリカ大統領選に打って出る日を楽しみにしています。一時、噂になってましたからね。この本にも少しだけですが、自身の大統領選への思いが出てきますよ。本書は20年4月7日発売です。
筆者紹介
駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。
Twitter:@komainaofumi