コラム:編集長コラム 映画って何だ? - 第20回

2019年9月18日更新

編集長コラム 映画って何だ?

トロント閉幕。バングラ、ナイジェリア、アルメニア「ワールドシネマ」にズブズブはまる

2019年のトロント映画祭は、タイカ・ワイティティ監督の「ジョジョ・ラビット」が観客賞に選ばれて幕を閉じました。第2席はノア・バームバック監督の「マリッジ・ストーリー」、第3席はポン・ジュノの「パラサイト 半地下の家族」という結果。前2作に出演しているスカーレット・ヨハンソンが、オスカーの女優賞レースで大暴れしそうな予感がします。

(C)2019 Twentieth Century Fox
(C)2019 Twentieth Century Fox

さて、私はと言えば、今後賞レースをリードして行きそうな「オスカー銘柄候補」に3割、残りの7割を自分の好きな「ドキュメンタリー」と「ワールドシネマ」の鑑賞に費やしていました。

トロント映画祭には「コンテンポラリーワールドシネマ」というカテゴリーがあります。そもそも「ワールドシネマ」というのは、音楽でいうところの「ワールドミュージック」と同様、アジアやアフリカ、中東や東欧などのエスニックな作品群のこと。その中から、コンテンポラリーなものにフォーカスしてラインナップしたのが「コンテンポラリーワールドシネマ」で、これが非常に秀作揃い。

今年、同カテゴリーには55本がラインナップされていました。このカテゴリーから、私が特に感銘を受けた2本をご紹介しましょう。

まずは、サウジアラビア映画「The Perfect Candidate」。中東の映画はたくさん見てきましたが、サウジアラビアの映画は初めてです。それもそのはず、最近までサウジアラビアには映画館がなかった。いや、あったのですが長らく閉鎖されいて、2018年の4月、35年ぶりに営業が許可されたのです。女性が自動車の運転免許を取得するのも18年6月に解禁されたとかで、典型的な男尊女卑社会だったサウジアラビアが、一連の開放政策の中、どんな映画を作ったのか興味津々でした。

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内容的には、いま世界中の映画シーンで大流行している「女子活躍案件」です。医師でありながら、議員になるため選挙に打って出るハイスペックな女子の奮闘を描いたドラマ。外出時はヒジャブをまとい、頭や顔を覆い隠す必要のあるサウジアラビア女子ですが、彼女たちの自宅の中でのファッションやふるまいがビビッドに描かれて、なかなか面白かった。とても珍しいものを見た気分です。

脚本も思いのほかしっかり書かれており、最後にはちゃんとカタルシスも用意されている。気になったので監督について調べたら、ハイファ・アル=マンスールという女性監督で、「少女は自転車にのって」という長編映画が13年に日本でも公開されていました。

女子活躍案件といえば、もう1本「Made in Bangladesh」も面白かった。バングラデシュの映画も初めての鑑賞です。こちらは、縫製工場で働く女子が、自分たち労働者の立場と収入を守るため、労働組合を作ろうと四苦八苦するストーリー。

日本では、大正から昭和の時代の遺物となった女工哀史的世界が、現代のバングラデシュでは日常です。女子たちの勤める工場は、典型的なブラック企業でパワハラ上司の巣窟。何とも理不尽な環境で、十代や二十代の女子たちは酷使されています。そこから、ひとりの女子工員が敢然と立ち上がる。人権団体の駐在員が彼女をサポートし、焚きつけます。

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「組合作るんなら、お前ら全員クビだぞ!」と脅かす工場長に対し、主人公は孤軍奮闘。観客としては、活動を応援しつつも「あんまり無理すんなよ」と諭したくなる展開。

今のバングラデシュが、「女工哀史」や「あゝ野麦峠」の時代と決定的に違うのは、スマートフォンが普及している世界だって点ですね。彼女たちは、スマホを活用してピンチをチャンスに変えて行きます。詳しく説明しませんが、今どきの女子活躍案件は、スマホ活躍案件でもあるという一本でした。

続いては、ブラックアフリカからの1本。ナイジェリア映画「The Lost Okoroshi」は非常にファンキーで、しかもプリミティブでもある不思議な佇まいを持った作品でした。こちらは、コンテンポラリーワールドシネマではなく、「ディスカバリー部門」に出品されていたもの。

ご存知の方はご存知ですが、ナイジェリアは年間2000本以上も映画が製作されている、アフリカ随一の映画大国。「ノリウッド」という愛称で親しまれているほど。

この作品は、会社の警備員を務める男が主人公。彼は、毎晩夢に登場する毛むくじゃらの男にうなされます。紫色の毛糸みたいな着ぐるみを全身にまとい、「カオナシ」みたいな仮面をかぶった男が毎晩夢に現れるのです。

そしてある日、悪夢から覚めると、自分が紫の着ぐるみ男に変身してしまっていた……。

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紫の着ぐるみはダンスの天才で、スラムの路上で踊ったところ一躍スター扱い。怪しい少年マーケターに絡まれたり、コールガールと仲良くなったり、もうストーリーは完全に予測不能となっていきます。

スタンダードサイズの画面を彩る、独特の色彩感覚。ケミカルでチープな音楽。しかし、繰り返し見たくなるような強烈な中毒性を醸し出す一本。これは、日本での興行は難しそうだと思いましたが、どこかの映画祭で見られるといいですね。

最後にもう1本、アルメニアのドキュメンタリーを紹介しておきましょう。

これは、前回のコラムで紹介した、ルーマニアの案件とも共通するような政治ドキュメンタリーです。コーカサス地方に位置するアルメニア共和国で、2018年に起こった歴史的な革命運動に密着した案件。

この、つい昨年に起こった無血民主革命について、私はまったく知りませんでした。現職の大統領が、2期10年の任期を実質延長するために、大統領の権限のほとんどを首相に移す法案を成立させ、自らが首相になろうと企んだ。これを阻止すべく立ち上がった主人公、ジャーナリスト出身の国会議員が、撮影クルーを伴って首都エレバンへ徒歩による行進を開始する。

行進は各地で熱狂的に支持され、シンパたちとともに首都に行進した主人公を、警官隊が阻止せんと立ちはだかる……。最初は90人で始まった徒歩による行進は、首都エレバンに達するころには30万人にもふくれ上がっていました。

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この映画も、オスカーノミネートの可能性ありですね。トロント映画際のドキュメンタリー部門では、第2席に選ばれています。是非日本でも公開してほしい。

以上、今年のトロントで印象深かった映画4本を紹介しましたが、実はこれらすべてに共通するのが「スマホ」そして「SNS」です。監督もみな若い。「スマホ時代の映画作りは、スマホ世代が担っている」という現実が明確に分かりました。映画のストーリー展開において、スマホやSNSの絡め方が抜群にうまいのが、スマホ世代特有のスキルなんですね。

筆者紹介

駒井尚文のコラム

駒井尚文(こまいなおふみ)。1962年青森県生まれ。東京外国語大学ロシヤ語学科中退。映画宣伝マンを経て、97年にガイエ(旧デジタルプラス)を設立。以後映画関連のWebサイトを製作したり、映画情報を発信したりが生業となる。98年に映画.comを立ち上げ、後に法人化。現在まで編集長を務める。

Twitter:@komainaofumi

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