コラム：細野真宏の試写室日記 - 第62回

2020年2月18日更新

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな～」と感心する映画も、毎日見ていれば1～2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……？（笑）

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第62回　試写室日記　「スキャンダル」。20世紀FOX映画からFOXが消えてしまう根源的な理由が、このアカデミー賞受賞の実話から理解できる！

2020年1月30日＠GAGA試写室

「20世紀FOX映画」と言えば、「FOX映画」といった感じで、FOXが大事なキーワードだったのですが、ディズニーの買収によって子会社となったため、まさにアメリカでは今週末2月21日（金）公開の「野性の呼び声」（日本では2月28日公開）から、FOXが消えて、「20世紀スタジオ」という名前に変わってしまいます。また、「FOXサーチライト」も「サーチライト・ピクチャーズ」に変わっていきます。

そのため、実は「20世紀FOX」というロゴが見られるのは、アカデミー賞を２部門で受賞した現在公開中の「フォードvsフェラーリ」で終わりとなってしまうのです。

正直これはかなり悲しいニュースだなぁと思っていましたが、冷静に考えてみると、仕方ないのかもな、と思っている自分がいます。

それは、アカデミー賞を受賞して、今週末2月21日（金）から公開される本作「スキャンダル」を見たおかげです。

本作「スキャンダル」は、実話をベースにしたストーリーで、まさに「FOXニュース」を舞台に描いているのです。

主演のシャーリーズ・セロンはメーガン・ケリーという実在のキャスターに扮していますが、「声」も含めてリアルに演じて本年度のアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされています。

また、ニコール・キッドマンもグレッチェン・カールソンという実在のキャスターを見事に演じ切っています。

さらに、マーゴット・ロビーは、実在の2人の女性キャスターを組合せた役柄のカイラという名の新人キャスターをリアルに演じ、本年度のアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされています。

これらの「変身ぶり」は、役者の上手さもあるのですが、やはりメイク技術も高く、アカデミー賞では「メイクアップ＆ヘアスタイリング賞」にて受賞しています！

まず、本作で面白いのは、アメリカでドナルド・トランプ大統領が誕生する手前までを描いている、割と最近の出来事がテーマなことです。

当然、トランプ候補も、ニュース映像などで度々登場します。

トランプ大統領と言えば、「FOXニュースが大好きで、他はフェイクニュース！」といった感じですが、それも当然と言えば当然で、元々FOXニュースは「共和党」寄りでしたが、今はトランプ支持一色な放送局です。

さて、本作を見るに当たっての予備知識を少し押さえておきましょう。

みなさんは「アメリカのニュース番組」というと、どの放送局を思い浮かべるでしょうか？

おそらく多くの人は「CNN」を思い浮かべると思います。

ただ、実は1996年に放送を始めた「FOXニュース」が急成長をし、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以降は「CNN」に視聴率も勝っていて、アメリカでは圧倒的な影響力も持っているのです！

そもそも、この「FOXニュース」は、“メディア王”とも呼ばれるルパート・マードックによって作られたものです。

ちなみに、このルパート・マードックは日本でも有名な存在になっていて、1996年に孫正義と組んで、テレビ朝日の買収を仕掛けていたのです。

孫正義と言えば、今ではソフトバンクなどで有名ですが、実は世間的に有名になった最初のニュースでは、まさにルパート・マードックと一緒だったのです。

なお、本作で、このルパート・マードックは少ししか出てきません。

それは、本作「スキャンダル」は、トランプの選挙戦が行なわれていた2016年が舞台で、“メディア王”ルパート・マードックに雇われ「FOXニュース」をスタート時から育て上げたロジャー・エイルズが影の主演だからです。

具体的には、2017年からの、いわゆる「#MeToo運動」が起こる前の先駆けともいえる、「FOXニュースのトップに君臨していたロジャーによるセクハラのスキャンダル」が本作で描かれているのです。

脚本は、「マネー・ショート華麗なる大逆転」でアダム・マッケイ監督と共同執筆し、アカデミー賞「脚色賞」を受賞したチャールズ・ランドルフで、「マネー・ショート華麗なる大逆転」と同様に複雑な事柄をテンポよくまとめ上げています。

ただ、本作は、実際の当事者らが最終的に「守秘義務契約書」にサインをしてしまっている案件のため、過去の本人らによる膨大な映像や何百時間にも及ぶFOXの女性社員らへの取材などから描き出す苦労もあったのです。

そして監督は、コメディ映画「ミート・ザ・ペアレンツ」シリーズなどで大ヒットを生んだり、本作と同様にアカデミー賞にノミネートされた「トランボ　ハリウッドに最も嫌われた男」など、数々の名作を作り出しているジェイ・ローチ監督です。

本作「スキャンダル」の見どころの一つは、何と言ってもアカデミー賞を受賞（メイクアップ＆ヘアスタイリング賞）した主演のシャーリーズ・セロンの変わりっぷりなのかもしれません。正直、事前に情報がないと、誰だか分からないレベルの演技でしたから。

また、メインのシャーリーズ・セロンのメーガンと、ニコール・キッドマンのグレッチェンと、マーゴット・ロビーのカイラの3人がエレベーターでバッタリと居合わせるシーンがありますが、この映像からも本当に豪華女優陣共演の作品なんだな、と実感できたり、それぞれが抱える背景などを考えると非常に緊張感のある大事なシーンであったりもします。

特にメディアにおける女性の「権力と性」の問題は、FOXニュースだけの話ではないですし、直近の日本でも大いに話題になるくらいに大事なテーマのため、これを正面から考える上でも本作の意義は大きいと思います。

さて、冒頭の「20世紀FOX映画」からFOXが消えてしまう件ですが、普段いろんな仕事をし過ぎているせいか、アメリカの状況は知りつつも、映画は映画、として見ている自分がいました。でも、この「スキャンダル」を見て、改めてFOXと言えば「FOXニュース」の印象がアメリカでは強いんだよな、と俯瞰できるようになれました。

しかも「FOXニュース」はあまりに偏った政治色が強いので、ディズニーが買収を機に、映画を「FOXニュース」の印象から切り離すために「20世紀スタジオ」としたのは悪くないのかもしれない、と思えています。

ちょうどアメリカで「20世紀FOX映画」が「20世紀スタジオ」に変わる日と同日公開で、本作「スキャンダル」を見られる日本人はラッキーな気がします。

本作は、やっと私たちが気持ちを切り替えられる「FOXへのレクイエムのような作品」なのかもしれませんね。

筆者紹介

細野真宏（ほその・まさひろ）。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」（小学館）が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」（日販調べ）を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った？」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる！細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」（文春新書）など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来16年連続で完売を記録している『家計ノート2026』（小学館)が増量＆バージョンアップし遂に発売！　2026年版では、日本において最も問題視されている「失われた30年」問題。この「失われた30年」においても貯金額を増やせる特別な方法を徹底解説！

Twitter：@masahi_hosono