コラム:細野真宏の試写室日記 - 第115回

2021年3月3日更新

細野真宏の試写室日記

映画はコケた、大ヒット、など、経済的な視点からも面白いコンテンツが少なくない。そこで「映画の経済的な意味を考えるコラム」を書く。それがこの日記の核です。

また、クリエイター目線で「さすがだな~」と感心する映画も、毎日見ていれば1~2週間に1本くらいは見つかる。本音で薦めたい作品があれば随時紹介します。

更新がないときは、別分野の仕事で忙しいときなのか、あるいは……?(笑)


試写室日記 第115回 「ラーヤと龍の王国」。ディズニーと映画館の関係が激変!一体何が起こっているのか?【前編】

3月5日から劇場公開と同時にDisney+でも配信(追加料金が必要なプレミアアクセスで公開)
3月5日から劇場公開と同時にDisney+でも配信(追加料金が必要なプレミアアクセスで公開)

今週末の3月5日(金)から、ようやくディズニー映画の最新作「ラーヤと龍の王国」が映画館で上映されます。

思えば新型コロナウイルス騒動の影響もあり、私もディズニー試写室に行ったのは1年前の「2分の1の魔法」以来でした。

ただ、この間に、ディズニー映画と日本の映画館との関係性が大きく変わりつつあるのが気掛かりです。

例えば、本作「ラーヤと龍の王国」は、これまでの体制であれば、最低でも350館を優に超える大規模公開となり、大ヒットが見込める状態となります。

ところが、本作は「ディズニーアニメーションの大規模作品」なのですが、公開劇場数は約250館と、これまでだと考えられないくらい小さな公開規模なのです。

では、一体「ディズニー映画」と「日本の映画館」との関係性に何が起こっているのでしょうか?

まず、公開劇場が少ないのは、東宝系のTOHOシネマズ、松竹系のMOVIX、東映系のティ・ジョイといった大手シネコンが本作を公開しない、ということが大きく関係しています。

加えて東急系列の大手シネコン109シネマズも公開しないなど、これまでのディズニー映画の期待度を考えると「あり得ない事態」と言えます。

この理由は、大きく2つあります。

1つ目は、日本の映画館がディズニーに対して不信感を抱いている面があります。

それは、日本で2020年4月17日から公開予定だった「ムーラン」ですが、まず新型コロナウイルスの影響で2020年5月22日に延期することが発表されました。

画像2

その後もアメリカでの公開延期に伴って2020年9月4日公開になることが発表されました。

ここまでは、「仕方ない」で済むと思います。

ただ、公開が近づいた2020年8月24日にウォルト・ディズニー・ジャパンは、映画館での公開を中止し、2020年9月4日からディズニー公式動画配信サービス「Disney+」で有料配信することにしてしまったのです。

さすがに、この事態は一般の映画ファンも違和感を持ちますし、映画館にとっては死活問題でもありました。

なぜなら、例えば大手シネコンの中にはパンフレットを制作し、あとは刷ればいいような状態にまでいっていました。また、クリアファイルやムーランの剣を模したボールペンなど、各種オリジナルグッズまで作っていたりもしました。

そこで、それらは仕方なく「受注生産」という形にするなどして小規模で販売せざるを得ませんでした。

また、どの映画館でも、公開時期が動いても公開するのを信じて、ずっと他の映画の上映前に「予告編」を流し続けていたり、チラシやポスターを置き続けていたのです。

それが、映画館にとっては全くメリットのない「Disney+」の宣伝をしていた、という残念な結果になってしまったわけです。

さらに、悲劇は、これだけでは終わりませんでした。

ディズニー作品で、当初は2020年夏に公開予定だった「ソウルフル・ワールド」ですが、アメリカでの公開延期に伴って2020年12月11日に公開日が遅れました。

画像3

これもこの時点では「仕方ない」で済む状況でしょう。

ところが、2020年10月8日にウォルト・ディズニー・ジャパンは、突然アメリカでの対応と同様に、映画館での公開を中止し、2020年12月25日から「Disney+」で配信することにしてしまったのです。

つまり、映画館が新型コロナウイルスの影響を受け大きなダメージを負いながらも頑張って宣伝していたのですが、結果的に「ムーラン」に続き「ソウルフル・ワールド」まで劇場公開できなくなってしまったわけです。

次に、2つ目の理由である「全興連によるルール」の話によって、今回の「ラーヤと龍の王国」の公開規模の真相が見えてきます。

まず、「ムーラン」「ソウルフル・ワールド」の件は日本の映画館にとって非常に大きな問題となったので、全興連(全国興行生活衛生同業組合連合会)を中心に、ディズニーとの話し合いをしていました。

全興連は、2021年1月21日付で、弁護士を通じ「これまで通りの形式で劇場公開をしない作品については上映しない」といった趣旨の文書をウォルト・ディズニー・ジャパンに送っています。

そのため、「ラーヤと龍の王国」では、日本の映画館が大きく揺れているのです。

なぜなら、「ラーヤと龍の王国」の場合は、新型コロナウイルスの影響が依然として大きいアメリカに合わせて、日本でも「劇場公開」と同時に「Disney+」での有料配信を行なうことになっているからです。

そこで、TOHOシネマズ、MOVIX、ティ・ジョイ、109シネマズといった大手シネコンは、全興連のルールに則って劇場公開をしない決断をしています。

ただ、全興連のルールは、「絶対」ではなく「原則」なので、最終的には各劇場で決めて良いことになっています。

そこで、独立系の映画館や、イオンシネマなどのシネコンチェーンの一部も上映に舵を切る形になっているのです。

では、今後のディズニー映画は、どのようになっていくのでしょうか?

これは、長期的な視点はさておき、直近のことであれば整理できます。

「ムーラン」
「ムーラン」

まず、「ムーラン」のケースは、新型コロナウイルスの影響が大きかったので、ディズニーが力を入れている配信サービス「Disney+」のテストケースになった面があるのです。

つまり、アメリカや日本など「Disney+」が導入されている国において、プレミアアクセス追加料金が必要な「有料配信」することによってどれだけの商売ができるのか、を試した作品となったわけです。

例えば、日本の場合は、「ムーラン」をいち早く「Disney+」で見ようとするのなら、月額利用料に加え、単品での鑑賞料金で税込みで4000円程度かかります。

中国など「Disney+」が導入されていない国では劇場公開されましたが、興行収入の面からは弱い結果となりました。そして、日本、アメリカなどを含めて「Disney+」における正確な視聴数のデータは公表されていません。

これは様々な報道がありますが、どれも一部の推計だけであったりして、私は採算割れをしたケースとなったのでは、と考えています。

次に、「ソウルフル・ワールド」のケースは、プレミアアクセス追加料金が不要な「会員には無料で配信」の形を取りました。

「ソウルフル・ワールド」
「ソウルフル・ワールド」

これについては、「Disney+」に入っていれば「ソウルフル・ワールド」が見られる、といったものだったので、要は「Disney+」の会員を増やすための1作品に使われた形です。

もちろん、「ソウルフル・ワールド」を見たくて「Disney+」に入った人もいると思われますが、これについては、費用対効果の結果が分かりにくい形となりました。

新型コロナウイルスという100年に1度級の世界的なパンデミックが起こった非常事態だったので、これらの実験もグローバル企業として仕方なかったのでは、と私は思っています。

そして、この2作品でディズニーサイドも大枠の土地勘が出来たと思われます。

そこで、これからの劇場公開作品は、これまでの「劇場公開だけの作品」がメインで、たまに今回の「劇場公開と同時の有料配信」になっていくのでは、と想定しています。

まず、根本的に世界興行収入歴代トップを記録した「アベンジャーズ エンドゲーム」や、「アナと雪の女王」のような超大作映画などは、平時に戻れば劇場公開のみで行われていくでしょう。

なぜなら、ディズニーの有名なキャラクターや世界観などは、映画館という「大きな流行が生まれやすい場所」において公開する過程で多くの人達に認知されていくのが非常に効果的だからです。

ただ、新型コロナウイルスの影響があるため、しばらくは今回の「ラーヤと龍の王国」のような「劇場公開と同時の有料配信」も出続けるのかもしれません。

とは言え、今回のような「中途半端な状況」になると、映画館での予告編における宣伝効果が上手く広がっていきにくいなど、これまでの劇場公開に比べて効果がかなり弱くなってしまう面も出てきます。

「配信」の会員集めも重要でしょうが、このように中途半端な対応だと、結果として劇場公開においても配信においても大きな成功に結び付きにくくなるデメリットがあります。

では、そもそも今回のディズニー映画最新作「ラーヤと龍の王国」の肝心の出来はどうだったのでしょうか。また、どのくらいのポテンシャルがあるのでしょうか。これらについては【後編】で解説します。

≫【後編】はこちら

筆者紹介

細野真宏のコラム

細野真宏(ほその・まさひろ)。経済のニュースをわかりやすく解説した「経済のニュースがよくわかる本『日本経済編』」(小学館)が経済本で日本初のミリオンセラーとなり、ビジネス書のベストセラーランキングで「123週ベスト10入り」(日販調べ)を記録。

首相直轄の「社会保障国民会議」などの委員も務め、「『未納が増えると年金が破綻する』って誰が言った?」(扶桑社新書) はAmazon.co.jpの年間ベストセラーランキング新書部門1位を獲得。映画と興行収入の関係を解説した「『ONE PIECE』と『相棒』でわかる!細野真宏の世界一わかりやすい投資講座」(文春新書)など累計800万部突破。エンタメ業界に造詣も深く「年間300本以上の試写を見る」を10年以上続けている。

発売以来14年連続で完売を記録している『家計ノート2024』(小学館)がバージョンアップし遂に発売! 2024年版では「物価高騰時代にお金を増やす方法」を徹底解説!

Twitter:@masahi_hosono

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