コラム:映画館では見られない傑作・配信中! - 第4回
2019年7月30日更新
アダム・サンドラー×Netflixコラボが大当たり!クセ強めの“サンドラー劇場”に注目
映画評論家・プロデューサーの江戸木純氏が、今や商業的にも批評的にも絶対に無視できない存在となった配信映像作品にスポットを当ててご紹介します!
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アダム・サンドラーは間違いなく、Netflixとのコラボレーションでもっとも大きな成功を収めているハリウッドスターといえるだろう。
6月18日にNetflixで世界同時公開されたサンドラー製作&主演最新作「マーダー・ミステリー」は、最初の72時間で全世界3090万世帯に視聴されるというNetflix史上最高の週末成績を収めた後、4週間で7300万世帯に視聴される大ヒット作となった。具体的な視聴数を公式にあまり発表しないNetflixがこれだけ堂々と公言するからには、よほどの人気を得ているのだろう。つまり、Netflixにとっても、サンドラーにとっても、このコラボレーションは大正解だったのである。
カイル・ニューアチェック監督の「マーダー・ミステリー」は、サンドラー演じるニューヨークの警官とジェニファー・アニストン演じるその妻でミステリー好きの美容師が、結婚15周年の海外旅行の途中に知り合った大富豪のクルーザーに招待され、遺産相続をめぐる連続殺人事件に巻き込まれてサァ大変、というドタバタコメディ。手放しで大絶賛の傑作というわけでも、特別な見せ場がある秀作というわけでもないが、ナンセンスな笑いで約2時間手堅く楽しませてくれる肩の凝らない娯楽作に仕上がっている。イタリアやモナコでもロケをした贅沢な作りで、「ウソツキは結婚のはじまり」(11)以来のコンビとなるサンドラーとアニストンの息もバッチリ。このコンビでのシリーズ化を期待したいほど。ルーク・エバンス、テレンス・スタンプといった名優たちの軽妙な芝居も楽しく、完全に東洋美人のタイプキャストながら忽那汐里もしっかりと存在感を示し、今後ハリウッドでの活躍を期待させる必見の奮闘を見せてくれる。
サンドラーの製作会社ハッピー・マディソン・プロダクションズとNetflixは、2014年に4本の製作契約を行った。その第1作となった西部劇コメディ「リディキュラス・シックス」は、15年12月11日に全世界配信され、1カ月間の視聴数が同社史上最高を記録、すべての地域で視聴回数1位を獲得するなど大成功を収めた。その後の作品も好調だったことから、Netflixは17年にさらに4本の契約を行った。
パラマウント、ソニー、ワーナーとメジャー・スタジオをたらい回しにされていた企画「リディキュラス・シックス」にNetflixが手を差し伸べる形でまとまったこの契約は、ビッグネームが欲しいNetflixと、主演作の興行成績が低迷するなか、より自由な製作環境を模索していたサンドラー、互いのニーズがうまくマッチしたものだった。それによりハッピー・マディソン・プロダクションズは、年1~2本のコンスタントなサンドラー主演作の製作が可能となり、現在もスティーブン・ブリル監督によるハロウィン向けのタイトル未定の新作が撮影中だ。
私は「アダム・サンドラーはビリー・マジソン 一日一善」(1995)、「俺は飛ばし屋 プロゴルファー・ギル」(96) あたりからのクセの強い、時にやり過ぎなサンドラーの笑いの大ファンで、常に新作を待ち望んでいたが、全米で大ヒットしても日本ではひっそりとビデオ発売ということが多かったので、Netflixでの新作の世界同時公開は大歓迎だ。メジャースタジオのようにうるさい重役チェックがない完全に自由な製作環境により、作品の出来不出来には多少バラつきがあり、従来ならソフトの「削除シーン」や「未公開シーン」になりそうな場面まですべて盛り込んだ“やりたい放題バージョン”になってしまっている作品もあるのは事実だが、それもまた一興だ。
「ウェディング・シンガー」(98)のフランク・コラチが監督し、製作費6000万ドル(約65億円)もかけた超大作の「リディキュラス・シックス」は、米映画批評サイト「Rotten Tomatoes」では驚きの0%評価だが、この評価はあまりにも不当。メジャー各社が次々と降りてしまった製作トラブルや、ネイティブ・アメリカンの描き方に一部団体からクレームがついた経緯、Netflix 映画そのものへの業界の反動などが悪影響を及ぼしているかもしれないが、サンドラーならではのナンセンスな笑いの連続でコメディファンも、西部劇ファンも十分満足できる間口の広いエンタテインメントになっている。
続くスティーブン・ブリル監督作「ドゥ・オーバー もしも生まれ変わったら」(16)は、デビッド・スペード演じる冴えない中年男が、サンドラー演じるブッ飛んだ幼馴染みと出会い、想像を絶する人生大逆転の大騒動に巻き込まれる予測不能なアクションコメディ。強引かつ突飛な展開、過激な下ネタなど、サンドラーの暗黒面の笑いに免疫がないとちょっと戸惑うかもしれないが、この強いクセがサンドラーの味。同じくブリル監督作「サンディ・ウェクスラー」(17)は、サンドラーが伝説の芸能マネージャーを演じ、ジェニファー・ハドソン演じる新人歌手をスターにしていくバックステージもの。サンドラーの濃過ぎる芝居は胸焼けだが、そのクドさのなかに人間味があり、ラストの「ショウほど素敵な商売はない」の熱唱も感動的な快作となった。
ロバート・スミゲル監督「ウィーク・オブ・ウェディング」(18)は、サンドラーが娘の結婚式のために奮闘しながら壮絶に空回りし続ける父親を演じる結婚式狂想曲。娘の結婚相手はクリス・タッカー演じる天才的黒人外科医の息子、当然サンドラーらしさ爆発の猛毒ギャグの連発。ちょっと作品的まとまりはないのだが、バカバカしさのなかに現代アメリカが抱える社会問題を過激に盛り込んで攻めた内容となっている。
さらに「アダム・サンドラーの100%フレッシュ!」は、サンドラーのスタンダップ・コメディの舞台を収録したサンドラー上級者コース。こんな作品まで字幕付きで見られるとは本当にいい時代になったと実感。
またサンドラーは、ハッピー・マディソン・プロダクションズの製作以外でも、ベン・スティラー、ダスティン・ホフマン、エマ・トンプソンらと共演したノア・バームバック監督のNetflix映画「マイヤーウィッツ家の人々(改訂版)」(17)にも主演している。こちらはアルフォンソ・キュアロン監督の「ROMA ローマ」(18)の登場まで“Netflix映画史上最高傑作”と呼ばれていた名作で、サンドラーは、ユダヤ人の芸術家一家に生まれた男の哀しみと苦悩を繊細な演技で見事に表現して圧巻だ。
とにかく今、Netflixでは、どの作品もまったく違う役柄を演じながら、彼ならではの毒と優しさで見る者を過激に笑わせ、泣かせるアダム・サンドラーの魅力が硬軟織り交ぜ、縦横無尽に楽しめる。これからも、“Netflixアダム・サンドラー劇場”から目が離せない。
筆者紹介
江戸木純(えどき・じゅん)。1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。執筆の傍ら「ムトゥ 踊るマハラジャ」「ロッタちゃん はじめてのおつかい」「処刑人」など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を配給。「王様の漢方」「丹下左膳・百万両の壺」では製作、脚本を手掛けた。著書に「龍教聖典・世界ブルース・リー宣言」などがある。「週刊現代」「VOGUE JAPAN」に連載中。
Twitter:@EdokiJun/Website:http://www.eden-entertainment.jp/