コラム:シネマ映画.comコラム - 第7回

2022年3月25日更新

シネマ映画.comコラム

英雄の証明」“日本最速”公開直前プレミア配信!

第7回目となる本コラムでは、4月1日の劇場公開に先がけ、3月25日から27日までの3日間、“日本最速”でプレミア上映(配信)する「英雄の証明」をピックアップして紹介します。

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同作は、「別離(2011)」「セールスマン」でアカデミー外国語映画賞を2度受賞するなど、世界的に高い評価を受けるイランのアスガー・ファルハディ監督が、社会に渦巻く歪んだ正義と不条理を突きつける極上のヒューマンサスペンス。昨年の第74回カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した問題作です。

物語は、借金の罪で元義父に訴えられて投獄され、刑務所に服役している男ラヒムが主人公。ある時、婚約者が偶然金貨を拾い、それで借金を返済すれば出所できるチャンスがラヒムに舞い込みます。しかし、罪悪感にさいなまれ、金貨を落とし主に返すことを決意。そのささやかな善行がメディアに報じられると、「正直者の囚人」という美談とともに祭り上げられます。ところがSNSを介して広まったある噂をきっかけに、状況は一変。罪のない吃音症の息子をも巻き込んだ大きな事件へと発展していくのです。

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SNSやメディアの光と闇によって、人生を根底から揺るがす事態に巻き込まれていく男。ちょっとした正義感と嘘により美談の“英雄”に祭り上げられた彼が、ソーシャルメディアを介して詐欺師へと追い込まれていく姿に、見ている私たちの思いは揺らいでいき、ファルハディ監督の緻密な脚本と演出力に感服させられます。ラヒムの選択は正しかったのか、正義とは何なのか。次第に高まっていく張り詰めた緊張感とサスペンスフルな展開に目が離せなくなります。自分ではどうにもできない何ものかの力によって、人生が狂わされていく事態は、誰にでも起きる得ることなのだと。

この作品を見終わった後に、私の脳裏にはイタリアのネオレアリズモの代表作の一本、ビットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」が浮かんできました。同作は、盗まれた自転車を取り戻すべく奔走する父と息子の姿を通し、戦後の貧困にあえぐイタリア社会をリアルかつ悲哀に満ちたタッチで描き出した傑作です。もちろん「英雄の証明」とは細かな設定や文化、時代背景は異なりますが、父親が息子の前で途方に暮れる姿が重なったのです。

ビットリオ・デ・シーカ監督「自転車泥棒」(1948年)
ビットリオ・デ・シーカ監督「自転車泥棒」(1948年)

また、盗まれた自転車を取り返そうとして、息子の前で町中で人々に取り押さえられてしまう様は、人としての名誉や父親としての威厳を傷つけられてしまうラヒムとも重ねて見ることができると思います。「自転車泥棒」の舞台は第2次世界大戦後の不況にあえぐローマ。携帯電話もない時代ですからリアルタイムな情報は得られず、とにかく町中を探し回るしかない。そんな父と息子の苦悩や存在は広い社会の中の小さな点でしかなく、他人は知る由もない、果てしない焦燥感が伝わってくるわけです。

一方、「英雄の証明」の父と息子は、ソーシャルメディアの力によって多くの人々、社会にその顔や存在、行為を周知されます。しかし、情報がひとり歩きし、思いもしなかった状況により身動きが取れなくなって、名誉や威厳を傷つけられていきます。陥る状況は違いますが、両作品の父親が息子の前で見せる焦燥感、憐れみは似ているのではないでしょうか。ラヒムの息子が吃音症という設定もイラン社会の問題を例えているように見えました。

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SNS上での不用意な発言や行動がすぐに“大炎上”となる時代。それがリアルな生活にも飛び火し、今日の英雄が明日には叩かれ、社会的な制裁を受けたりします。正直なだけでは生きていけないが、果たしてこんな社会のままでいいのだろうかと、ファルハディ監督はこの作品で警鐘を鳴らしているように思います。

英雄の証明」の配信は3月25日から27日までの3日間、先着100名限定ですので、カンヌでグランプリを受賞したファルハディ監督の新たな傑作をいち早くご覧ください。(執筆&編集者/和田隆

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