コラム:若林ゆり 舞台.com - 第96回

2021年3月8日更新

若林ゆり 舞台.com

第96回:「『The PROM』Produced by 地球ゴージャス」で同性カップルを演じる葵わかな三吉彩花が、元気をチャージ!

“プロム”といえば、映画ファンにはすっかりおなじみだろう。アメリカの青春映画につきものの、高校生活最後を飾るビッグイベントだ。このイベントを舞台にした「The PROM」は、2018年にブロードウェイで開幕し、観客を沸かせたミュージカルコメディ。インディアナ州の高校でレズビアンの女子生徒エマが、愛するアリッサとプロムに参加しようとするものの、アリッサの母親であるPTA会長に阻止されてしまう。これを知り、エマの応援をして自分たちのイメージアップに利用しようと乗り込んでくるのが、ブロードウェイの落ち目スターたち。それぞれに悩みを抱えた人間たちが繰り広げる大騒動と成長を、いかにもミュージカルらしいナンバーに乗せて描いたのが本作である。青春もの、LGBTQ、ブロードウェイのバックステージ要素まで見せ場が満載。20年にはNetflixがメリル・ストリープニコール・キッドマンら豪華キャストで映画化、年末より日本でも「ザ・プロム」として配信&映画館公開されている。

このミュージカルをブロードウェイで観劇、惚れ込んだのが岸谷五朗。相棒の寺脇康文と演劇ユニット「地球ゴージャス」を組んで数々のエンタテインメントを送り出してきた岸谷が、「地球ゴージャス」プロデュースとして日本版「The PROM」を上演する。そこで、エマ役の葵わかな、アリッサ役の三吉彩花にインタビュー、ミュージカルにかける思いを聞いた。

「The PROM」で恋人同士を演じる葵わかな(右)と三吉彩花(左)
「The PROM」で恋人同士を演じる葵わかな(右)と三吉彩花(左)

エマを演じる葵は「ロミオ&ジュリエット」「アナスタシア」に続き、ミュージカルの出演は3作目。小学生で女優デビューを果たして以来、映像作品が続いていた葵だが「高校生の時、仕事で出会った宝塚がきっかけ」で、舞台の魅力に目覚めた。

「たとえば好きな役者さんがいたとしたら、その役者さんが目の前で演じてくれるというのは『すごいことだな!』と思うんですよ。その人が自分の目の前で、同じ空気を吸って、演じていらっしゃるのが舞台。その人の発するエネルギーを直に受けることができるなんて、何にも代え難いほどの贅沢だと思います。一方で、役を演じているその人が、本当にその役に見えてくる。自分が出ていても思うんですけど、舞台に出たら隠れる瞬間がまったくない。360度、どこから見てもそのキャラクターでいないとバレてしまうんです。『その役を演じる』のではなくて『その役になる』という感覚を、舞台の俳優さんたちは強く持っていらっしゃると思います。だから、役に出会えるということ、役者さんに会えるということ、二重の喜びがあるのが舞台の素晴らしさだと思います」

「舞台は見るもの」と思い、ファンとして楽しんでいた葵が自ら「舞台に立ちたい」と思ったのは、「ロミオ&ジュリエット」を見て「10代のジュリエットは今しかできない」と思ってから。そこからレッスンを積み、オーディションでジュリエット役を獲得。見る側から演じる側になって、改めて感じた舞台、ミュージカルの魅力は?

「それまで私が映像作品でやっていたのは、お芝居だけでした。でもミュージカルでは、歌とダンスでも表現しなくちゃならない。『すごく難しい』と感じましたが、それと同時に、歌やダンスをすることで、今まで自分が到達したことのない感情になれた瞬間があって。それはある種の快感でした。映像のお芝居だと悲しいって演技をして、そこに後から悲しい音楽がつきます。でもミュージカルだと、悲しい時に悲しい音楽がわーっとかかる。『こんなにも音楽の力に助けてもらってお芝居ができるって、素敵だな』と思いました。それに、お客さんからもらうエネルギーを感じたことも大きかった。たとえば悲しいシーンで涙を流していたら、お客さんも同じように涙を流してくださっているのがわかるんです。舞台からは真っ暗で客席が見えない時でも、劇場全体が悲しんでいる空気が肌を通して伝わってきて。それによってまた、自分では想像できなかったほど大きな感情が表現できたりする。『ひとりで舞台に立っているけどひとりじゃないんだな』と。見ている時はわからなかったけれど、演じている方もこんなに感情を共有できると知った時は『最高!』って思いました(笑)」

インタビューに応じた葵わかな
インタビューに応じた葵わかな

2作目の「アナスタシア」は、コロナ禍の影響を受けて上演日程が大幅に削られ、多くの公演が中止を余儀なくされてしまった。

「こういう状況になると、演劇って『なくても生きていけるもの』ってなってしまうから、止まってしまうのも早かった印象があるんです。劇場はお客さんがたくさん入っていて当たり前だったのが、空席がいっぱいあって……。『私たちの生活の糧を“怖い”と思う人もいるんだ』ということも知りました。すごく辛い日々でしたが、それがあったからこそ、今、劇場に立てることがすごく嬉しい。挫折を経て『こういう時期だからこそ、必要としてくださる人たちもいるんじゃないかな』と思えるようになりました」

その通り。今度の「The PROM」はひたすら前向きなパワーに満ちた作品。見終わった後、元気がチャージできること請け合いだ。

「それこそテーマとしては性の多様性に対する課題もあるし、エマだけじゃなくて大人のブロードウェイチームの方々もそれぞれ悩みを抱えています。いちいち『リアルだな』と思えるんですけど、それを明るく、楽しく表現しているところにこのミュージカルのパワーがあると思うんです」

葵の演じるエマは、ハタ迷惑なブロードウェイスターたちに振り回されながらもブレない自分を持つ、芯の強い女の子。

「これまでに演じたジュリエットも(『アナスタシア』の)アーニャも元々はお姫様だし、自然とスポットライトが当たる役でした。でも今回のエマは、本当に普通の女の子。ブロードウェイのスターさんたちの方が、キャラクターが濃くて。エマが物語を動かしていかなきゃいけないのに『この大人たちをどうやって動かしたらいいのー?』って思っているのが正直なところで(笑)。でも、動かしてしまえるエマには、芯の強さや情熱のようなものがあるだろうし、体は小さいけど人間的には『もっと大きくなりなさいよ』って言われているような気分です(笑)」

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物語の中心にはエマとアリッサのラブストーリーがあるわけだけれど、三吉とのコンビネーションは?

「彩花ちゃんはすごくスタイリッシュでカッコいいんですけど、知れば知るほど、かわいらしいアリッサに通じるような部分もいっぱいあると感じています。エマとアリッサとしていい関係を築けているし、わかなと彩花としても、愛が育っていますよ。すごく信頼できる、これからの公演をともに闘えるパートナーだと感じています」

今、舞台に立てる喜びを噛みしめながら、観客にも「舞台を見る喜びを感じてほしい」と願っている。

「今はこんな状況で、変化の時なので『いろんな人がいていいんだ』と思うし、みんなが心にちょっとしたささくれみたいなものを抱えている時期だからこそ、それを明るく、楽しく包んでくれるこの作品が、このタイミングで上演できることはとても意味があると思うんです。この時期、劇場へ行くことに抵抗のある方も多いと思います。でも、この作品のよさは『エンタテインメントってやっぱり素晴らしいよね』って思えるところ。『ちょっと疲れたな』と思う日々に、いつも救ってくれるのはエンタテインメントです。映画ファンの方ならプロムもご存じでしょうし、『キャリー』や『シカゴ』のパロディが出てきたりするので楽しんでもらえると思います。Netflix版を見たという方も、舞台を見たことがないという方も、この作品で観劇デビューをしていただけたら嬉しいです!」

次ページでは、三吉彩花を直撃!

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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