コラム:若林ゆり 舞台.com - 第96回

2021年3月8日更新

若林ゆり 舞台.com

ミュージカル「The PROM」でアリッサ役を演じる三吉彩花は、コロナ禍で舞台デビューとなるはずだった「母を逃がす」が公演中止の憂き目に遭い、これが初舞台となる。ミュージカルファンにとっては、待望の登板。矢口史靖監督による日本製ミュージカル映画「ダンスウィズミー」でのヒロイン役が強烈な印象を残していたからだ。ミュージカル嫌いなのに催眠術で「音楽を聞くと歌い踊らずにはいられない」体になってしまうOL役を演じ、三吉が見せた体当たりパフォーマンスは圧巻だった。今、「ダンスウィズミー」での経験を振り返ると「いい経験ができた、ということに尽きますね」という。

「初めての挑戦だったので本当に課題がたくさんあって、『楽しい』というよりは正直、『苦しい』ことの方が多かったです。今思うと『もうちょっとできたはずなのに……』って気持ちになりますけど、撮影を終えた当時は『自分ができることを最大限にやった』という感じでしたね。演じる上では歌や踊りより、設定の方が大変だったかもしれません。音楽が鳴るとイヤなのに踊っちゃう、という設定で。でも本能ではやりたかったんじゃないかという、踊っちゃうことでどんどん解き放たれていく感じを芝居で見せるのが難しくて。苦しかったけど、あの作品で海外の映画祭にも参加できましたし、私を知っていただくいい機会になったので、やってよかったなと思っています」

インタビューに応じた三吉彩花
インタビューに応じた三吉彩花

あれだけ大変なことをやってのければ「これをやり遂げたたんだからもう怖いものなし!」となりそうだが、「全然違いますよ!」と笑う。

「けっこうみなさんに『ミュージカルは映画で経験しているから、それが生かされているでしょう?』って聞いていただくんですけど、映画と舞台は全然別物ですから。もちろんあの時にレッスンを積んだことが基盤としてあるのはよかったと思います。ですが今回、初めて舞台をやってみて『映像での感情の持って行き方とか出し方、受け取り方では全然ダメなんだな』と痛感しているんです。客席の一番後ろにいらっしゃるお客さんまで届ける表現というのは、リアルなだけでは成り立たない。頭で考えても慣れないので、動きとして落とし込んでできるまでに時間がかかってしまって。それでもお客さんにはリアルなものを感じてほしいから、そこのバランスが難しいですね」

個人的に、「地球ゴージャス」のプロデュース作品で初舞台を踏めることに大きな感慨があるそう。

「『地球ゴージャス』の舞台は『お客さんを楽しませよう』という熱を感じるエンタテインメントで、見るたびに『ああ、やっぱり見に来てよかったなー』と感じて大好きだったんです。今回、自分が参加することになるというのはまさかの展開で『大変なことになってしまったな』と感じていますけど(笑)。岸谷さんは『一体いつ寝ていらっしゃるんだろう?』というくらい、本当にひとりひとりに細かく提案や指導をしてくださっていて。稽古が終わったら、また翌日に続きからやるんですけど、岸谷さんは『昨日やったあそこのセリフ、ここはすごくよかったんだけど2回目はこういう感じだったから、もうちょっとこういう感じにしてみて』とか、細かいところまで全部覚えていらっしゃる。頭が下がりますね」

製作発表で歌唱披露する葵わかな(左)と三吉彩花(右)
製作発表で歌唱披露する葵わかな(左)と三吉彩花(右)

三吉演じるアリッサは、同級生のエマ(葵)と愛し合いながらもPTA会長の母親に縛られて、なかなかカミングアウトする勇気が持てない、というキャラクター。

「私自身はけっこう、母親との関係はサッパリしているので、『お母さんはお母さん、自分は自分』という感じです。ですがアリッサはお母さんのことや周りの目を気にしすぎていて、エマのことは大好きだけど、エマの闘いに乗り切れない悲しさとか、もどかしさがある。けっこう激しい感情の揺れ動きが何回も出てくるので、そこは丁寧に演じていきたいなと思っています」

この物語は、10年ほど前の実話からインスパイアされて作られたもの。

「この10年で性の多様性をめぐる世の中の流れもポジティブに変わってきているとは思いますけど、まだまだネガティブに感じてしまう人も多いと思うんです。SNSなどで悪気なく、無意識に傷つけるような発信をしてしまうことも多々あるんじゃないかと思っていて。だからこそ今、この物語はすごく刺さると思うんですよね。寺脇さんの歌う歌詞に『汝、隣人を愛せよ』というのがあって、この間、わかなちゃんとも『本当にそうだよね!』って話していたんです。『この世界にはこんなにいっぱいいろんな人がいるんだから、自分と違っても肯定しようよ』と思うし、『そういう気持ちってすごく大事だよね』って。だから私はその曲がすごく好きです。この作品には『性の多様性を受け入れる』という大きなテーマ以外にも、親子の関係や友情、大人の恋愛など、いろんな人が主役になり得るエピソードがたくさんあって。見てくださる方もどこかしら『なんかわかるなぁ』と共感できる部分が見つかると思うし、元気になっていただけると思うんです」

恋人役を演じる葵について尋ねると「すごく変な人(笑)」という答え。もちろんこれは、最大限のほめ言葉なのだ。

「『なんか変だな』って思うからこそ、そこが『自分と似ているな』とも思っていて(笑)。リアクションを取るタイミングとか、『え、そこ?』と思うようなツボがけっこう似ているんですよ。作品はコメディだし稽古場も楽しいんですけど、エマとアリッサがかなり繊細な立ち位置にいるので、あんまりコミカルになりすぎず、ふたりの関係性も素敵に描きたいと思って、わかなちゃんと相談してます。稽古場ではいろいろ試せるのがありがたいですね」

製作発表で勢揃いしたキャストの面々。前列左より、草刈民代、三吉、葵、大黒摩季、保坂知寿、後列左より岸谷五朗、佐賀龍彦、霧矢大夢、TAKE、寺脇康文
製作発表で勢揃いしたキャストの面々。前列左より、草刈民代、三吉、葵、大黒摩季、保坂知寿、後列左より岸谷五朗、佐賀龍彦、霧矢大夢、TAKE、寺脇康文

三吉自身の高校時代は「一番悩んでいた時期」だったそう。自分自身を見つめる時期だった、と振り返る。

「お仕事は7歳の時からやっていて、学生時代は等身大の役が多かったんですけど、だんだんと大人の役になって題材も変わってくると、お芝居で見せなきゃいけない部分が増えてきて。『自分はどういう作品に出ることによって、どういうことをみなさんに伝えたいんだろう?』と思い悩んでいたんです。今はもっと自分でメッセージ性を持って選択していくという段階に入って、よりひとつひとつを丁寧に選ぶようにしなきゃと思うようになりました。転機になったのは20歳の時、写真集の撮影でインドに行ったこと。そこで見るもの、感じること、現地の人との交流に、自分の感受性が素直に反応していたのが『あ、自分、すごく人間っぽいな』と思えて。その経験をしたのはすごくよかったと思います」

これからは「世界、特にアジアに活動の場をもっと広げたい」と目を輝かせる。この初舞台でさらに自信をつけ、表現の幅を広げられるだろう。

「今回、これが自分にとっての初舞台。どうしても重荷を感じてしまうんですが、不安ばかり大きくなってしまうより、今はアリッサとしてこの『The PROM』の世界を楽しむことの方が大事なんじゃないか、と思っていて。『セリフ飛んじゃったらどうしよう?』とか『歌間違えたらどうしよう?』とかプレッシャーも不安もありますけど、自分とカンパニーのみなさんを信じて、千秋楽まで楽しんでいけたらいいなと思います」

「Daiwa House Special Broadway Musical『The PROM』Produced by 地球ゴージャス」 は、3月10日~4月13日に東京・TBS赤坂ACTシアター、5月9日~16日に大阪・フェスティバルホールで上演される。詳しい情報は公式サイト(https://www.chikyu-gorgeous.jp/the-prom/)で確認できる。

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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