コラム:若林ゆり 舞台.com - 第83回

2019年10月29日更新

若林ゆり 舞台.com

第83回:「ビッグ・フィッシュ」の川平慈英&霧矢大夢、明るいイタズラっ子キャラの似た者コンビ!

ティム・バートン監督作の中でも、「ビッグ・フィッシュ」には格別の味わい深さがある。バートンらしいファンタジー性やシュールさを備えながら、1人の男の人生賛歌と“家族の絆”をつづり、誰もが心震わされずにはいられないからだ。ワクワクさせながらも涙を誘い、奇想天外だが普遍的なこの物語が、ブロードウェイでミュージカルになったと聞いたときは驚いたものだった。しかし2017年、川平慈英が主演し日生劇場で幕を開けたミュージカル「ビッグ・フィッシュ」は客席に魔法をかけ、特別な観劇体験を味わわせてくれた! 初演時の川平については、本コラムの第52回をチェックしてほしい。

観劇した全ての人が心から愛したであろうこの作品が、11月から再演される。劇場をひと回り小さいシアタークリエに移した今回は、12人のキャストで演じる“12 chairs version”。初演より10人少ないが、プリンシパル・キャストは1人残らず再集結。このミュージカルほど映画ファンに向けて、いや、全人類におすすめしたい舞台はかつてないのである。成功のカギは、やんちゃな主人公エドワード・ブルームに、川平慈英のチャーミングな魅力が見事にハマったこと。共演陣全員が好演していたが、なかでもエドワードの妻・サンドラを演じた霧矢大夢のパフォーマンス、川平とのコンビネーションは最高だった。というわけで、今回はブルーム夫妻役の川平&霧矢を稽古場で直撃した!

夫婦役を演じる、川平慈英(左)と霧矢大夢(右)。(撮影:若林ゆり)
夫婦役を演じる、川平慈英(左)と霧矢大夢(右)。(撮影:若林ゆり)

少年のような陽気さと根っからのショーマンシップを誇る川平と、華やかな宝塚で実力派の男役トップスターだった霧矢とは、どこか似た雰囲気が感じられる。お互いの第一印象は?

川平「最初はね、強そう、っていうか……」

霧矢「強そう!?」

川平「『頼れるぞー、きっと』と思ったの。僕は三男坊なので『着いて来い!』みたいな感じは苦手なんです。リーダーシップとかもないし、どっちかというとリーダーを困らせる側(笑)」

霧矢「稽古場でもそういう光景が見られますね。(演出の)白井晃さんが長男という感じで、ウィル役の浦井健治くんが次男」

川平「そう、健治の方がオトナ。俺が三男坊(笑)」

霧矢「でも、皆が慈英さんについていってます。稽古場での過ごし方で、皆に『ついていこう』と思わせられるから。ハードな役ですけど、誰よりも稽古をしている。誰よりも楽しんでいらっしゃいますし。『慈英さんがそうなら自分たちももっとこうしようかな』という気持ちになって、みんながついていこうと思うんです。『みんな、こうだろ! こうやろうね!』という姿勢だけがリーダーじゃなくて。皆が背中を見てますよ」

川平「いつもフットボールで遊んで怒られてますけど」

霧矢「前回の稽古の時も、ストレッチをしていたらボーンと飛んできて。『外でやりなさい!』って怒ってね。もう私、お母さんですよ(笑)。もしくは、近所の雷親父くらいの勢いで『コラァー!』って(笑)」

川平「早く怒ってくれないかな、くらいの感じでやってます(笑)。でも僕ね、再演が決まったとき、マネージャーに言ったの。『もし霧矢さんがいなかったら無理かも』って」

霧矢「そんなそんな。でも実は私もイタズラ好きなタイプなんですよ。基本、ものすごく真面目なところもありますけど、宝塚時代から弟キャラ的なものがありまして。姉がいるので、本当はお兄ちゃんやお姉ちゃんの中で『ウェーイ!』って遊んでいる方が好きなんです。私の慈英さんの第一印象は『わあー、テレビのまんまや!』(笑)。もちろん舞台でも拝見していましたし、自分が宝塚で男役だったころ、『ハウ・トゥ・サクシード』を新人公演でやらせてもらった時などに『川平慈英さんみたい』って言われたことがあるんですよ。私もまだ男役だったら、エドワードをやりたいと思いますもん」

初演の舞台より。エドワードを献身的に支えるサンドラ(撮影:若林ゆり)
初演の舞台より。エドワードを献身的に支えるサンドラ(撮影:若林ゆり)

そう語る霧矢は、もともとこの映画の大ファンだったという。

霧矢「取材などで『好きな映画は何ですか?』って聞かれたら、絶対『ビッグ・フィッシュ』と答えていたくらい好きで。初演の際に出演が発表されたとき、私を知る方々が『きりやん(霧矢の愛称)がめっちゃ好きって言ってた映画だよね!』と喜んでくれたぐらいです」

川平「(運命の)赤い糸じゃん!」

霧矢「そうなんです! まさか自分がサンドラをやるとは思いませんでしたけどね。私はティム・バートンの映画が好きで。『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』とか『チャーリーとチョコレート工場』とか。ファンタジーなところは思いっきりファンタジー、グロテスクなところはグロテスクでシビアで、メッセージ性も強くて。主人公がすごくピュアなところもキュンとくるんです。社会からはみ出している人にスポットを当てて、人間をすごく巨大に描いたり、逆に小さく描いたりということを惜しげもなくやる。『ビッグ・フィッシュ』はストーリーが素晴らしいし、泣けるところでは毎回泣いてしまいます。エドワードとサンドラがバスタブに入っているシーンも大好きですね、何も語らないのに夫婦の絆が見えて。何度見ても発見があるし、心をわしづかみにされますね」

川平「僕も見た時は、涙腺崩壊! 僕はユアン・マクレガーが大好きなので、彼がやった役を演じられる喜びも大きかったけど、年とってからのアルバート・フィニーさんも魅力的でね。ミュージカルでは若い頃と壮年期を1人でやるというから、『それは面白い!』と思った」

霧矢「全世代を慈英さん1人で演じられるというのが、舞台の醍醐味ですよね」

初演の舞台より。サーカスで踊る若いサンドラ(左)と、水仙の花畑でのプロポーズ(右)。(撮影:若林ゆり)
初演の舞台より。サーカスで踊る若いサンドラ(左)と、水仙の花畑でのプロポーズ(右)。(撮影:若林ゆり)

それにしても、サンドラはすごいキャラクターだ。エドワードは実に幸せな人生を歩んできたが、その幸せはサンドラの犠牲の上に成り立っている側面もあるのかもしれない。

霧矢「そうなんです。妻としても母としても女性としても強いのですが、そこに行き着くまでのサンドラの悲しみみたいなものもちゃんと自分の中で作っておかないと、絵に描いたような“良妻賢母”で終わってしまうかな、と思っています。夫や息子ウィルへの神対応には感心しますけど、自分でセリフを言っていても『こんなの言える人がいるのかな!? そんなワケないやん!』とか思っちゃう(笑)」

川平「サンドラがいるから、エドワードはエドワードになれるんだよね。エドワードは泣いたり笑ったり感極まったりするんだけど、サンドラは崩壊するシーンがないんですよ。葬式でも明るく振る舞っているし。最後の送り方も、『バーベキューやりましょ』って言う時も、すごいんです。エドワードは若い頃、彼女がサーカスでキュートに踊っている姿をひと目見て『この女性しかいない!』とハートを射貫かれたわけだけど、それでよく中身まで分かったなあ!」

霧矢「ひと目惚れって若くてキラキラしている頃にはあるのかもしれないけど、滅多にないですよね? でも舞台だと成り立つから、それができるのは役者冥利に尽きます。現在のシビアな2人の状態があるからこそ、出会いは思いっきりロマンティックであってほしい、プロポーズのシーンはめっちゃ綺麗であってほしいって思います」

川平「出会いは、映画では意外と淡泊なんだよね。それをミュージカルはミュージカルの力で、すごいシーンにしてる。『そう来なくっちゃ!』と思うよね」

霧矢「ティム・バートンのダークな部分が緩和されて、楽しい音楽とダンスがついて。『舞台の方がいいかも!』と思えるくらいです」

筆者紹介

若林ゆりのコラム

若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。

Twitter:@qtyuriwaka

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