コラム:若林ゆり 舞台.com - 第45回
2016年7月1日更新
第45回:オードリー・ヘップバーンが演じた不朽の名画を舞台で楽しもう!
世界中の誰からも愛され、半世紀以上を経てもその魅力が少しも色あせない、銀幕の恋人。そんなオードリー・ヘップバーン主演の名画が、この夏2本の舞台ミュージカルとして上演される。宝塚歌劇団 雪組公演の「ローマの休日」、そして東宝ミュージカル「マイ・フェア・レディ」。いずれも映画のイメージとかけ離れすぎることなく、それでいて映画版とはひと味もふた味も違った楽しみを味わうことができる。この2作品を紹介しよう。
「ローマの休日」は、1953年に公開されたウィリアム・ワイラー監督の名作。この作品はこれまでにも日本で、1998年に大地真央主演の東宝オリジナルミュージカルとして、2010年にマキノノゾミ脚本・演出、朝海ひかる主演のストレート・プレイとして製作されている(2012年に再演)。とくにマキノ版は、ジョー・ブラッドレーにレッド・パージ(50年代ハリウッドを震撼させた赤狩り)にからんだ過去を書き加え、物語としての説得力も強固に。出演者3人で上演するという工夫やアイデアも、非常に楽しめるものだった。
今回は、いよいよ宝塚での上演だ。作品の世界観は宝塚にぴったりなだけに、いかに宝塚の特性を活かした「宝塚版」として成り立たせるか。デビュー4年目という若手の脚本・演出家、田淵大輔は、期待を裏切らなかった。名古屋・中日劇場での6日間の公演を終え、東京、赤坂ACTシアターで幕を開けた宝塚版「ローマの休日」は、ロマンティックの真骨頂である宝塚の面目躍如。愉快に笑って胸キュンして泣ける、まさに大人のおとぎ話に仕上がっていた。
まずは開幕前、紗幕にメインキャストの写真と役柄が映し出されるオープニングから、一気に虚構の映画的世界へと引き込む作りだ。ヨーロッパでの退屈な謁見をダンスでやり過ごそうとするアン王女(妃咲みゆ)の場面の次に、通信社のイタリア支部でくすぶりながらスキャンダルを追うジョー(早霧せいな)とカメラマンのアーヴィング(彩凪翔)のアクション場面、そして帰国したいのに叶わないジョーが心情を吐露する歌が続く。宝塚では、主役は男役と決まっている。すなわち本作もジョーが主役ゆえにキャラクターへの肉付けは必定で、この場面でジョーのハイエナ的な仕事と、やさぐれっぷりがわかりやすく提示されるというわけ。まあ、突撃仕事の描写は「とっとと逃げんかい!」とツッコみたくなるが、全体的にはジョーの背景や心情を偏りすぎることなく、無理なく描写している点は好感がもてる。さらに特筆すべきは、盆(廻り舞台)のセットと紗幕の映像をうまくリンクさせた演出の妙だ。ローマの街を感じさせながら、映画の名場面を舞台にそのまま乗せたような楽しさを味わえるのだ(スペイン広場も残念なセットではなく映像でやってほしかった!)。
雪組は、これまでにも「ルパン三世」や「るろうに剣心」と、人気の原作ものをうまく宝塚ナイズして舞台に乗せ、成功を収めてきた。その決め手は、マンガチックなデフォルメに、甘美なロマンチシズム、誠実で心やさしい男役の美学を掛け合わせた点にある。たとえば本作で、王女の髪を切って彼女の虜となるイタリア人美容師マリオ。思いっきりデフォルメされたイタリア男を美形の月城かなとが濃く熱演し、笑いを誘っている(梅田公演では彩凪とWキャスト)。だがなんといっても、最大の魅力はデフォルメされた動きをスタイリッシュに見せ、スーツを着こなし、スマートに立ち回る早霧のカッコよさ。演出家に「グレゴリー・ペックの渋さはいらない」と言われたそうで、甘い二枚目だ。妃咲もオードリーの雰囲気を感じさせる可憐さで魅せる。このコンビの相性のよさがため息を誘い、作品を力強く牽引する。実は今回のチーム、雪組の半数以下。歌唱力自慢のメンバーほとんどが同時期に行われたフレンチ・ロック・ミュージカル「ドン・ジュアン」に集められたためか、歌はちょっと弱い。しかし、世界観を表現する「お家芸」的なうまさは、それを補って余りある。
秀逸だったのが、「祈りの壁」でのデュエット。「あなたに真実を打ち明けたなら」という独白がすれ違い、合わさりながら響く曲の切なさに泣かされてしまった。ここでの歌が心に残ることで、最後にジョーが歌うまとめの歌に、成長がはっきりと見える。「アン王女の冒険と成長」を描いた映画よりもっと、「嘘から出た誠」に突き動かされて成長するジョーの内面が強く印象に残るのだ。この後、余韻に浸る間もなく、芝居の中身とかけ離れた「フィナーレ」が展開されて面食らうが、これも「宝塚ナイズ」の一部と受け入れるべし。「悲しいハッピーエンドのおとぎ話」をこれほど甘く切なく見せてくれるのは、やはり宝塚だけなのだ。
(次ページでは「マイ・フェア・レディ」の稽古場からリポート!)
宝塚歌劇団 雪組公演「ローマの休日」は7月10日まで赤坂ACTシアター、7月30日~8月15日まで梅田芸術劇場メインホールで上演。詳しい情報は公式サイトへ。
http://kageki.hankyu.co.jp/revue/2016/romano/index.html
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka