コラム:若林ゆり 舞台.com - 第104回
2022年2月17日更新
▽「The View UPASTAIRS -君の見た、あの日-」
小品ながら見応えのあった公演が、ミュージカル「The View UPASTAIRS -君の見た、あの日-」。73年に米ニューオーリンズで起きた放火事件をモチーフに、LGBTQの人々を描いた群像劇。オフ・ブロードウェイ作品の日本初演である。ときは現代、デザイナーのウェス(平間壮一)はニューヨークからニューオーリンズへと移り、廃墟と化した建物を買う。すると突然70年代、当時“はみ出し者”たちが強い絆を育んでいたバー「アップステアーズ・ラウンジ」へとタイムスリップ。さまざまな個性と事情を抱えた彼らと触れあうことで、ウェスの中で何かが変わる。
痛ましい事件が題材であるから、覚悟して臨んだ。しかし、そこで目にしたのは美意識の高い空間と衣装、レベルの高い歌とダンス、マイノリティたちが生き生きと過ごすコミュニティの温もりだ。もちろん彼らには差別社会の醜悪さが立ち塞がっているし、苦悩も傷も深い。そんななかで彼らが“生きた証”こそが、見る者を魅了し問いかけてくるよう。まとめ役を担いつつ場をさらう岡幸二郎の声と存在感が、作品に奥行きを与えた。東京公演は終了。ライブ配信のアーカイブが2月18日午後8時まで購入・視聴可能で、大阪公演は2月24日~27日、森ノ宮ピロティホールで行われる。詳しい情報は公式サイトへ(https://theviewupstairs.jp)。
▽「シラノ・ド・ベルジュラック」
これまでに数え切れないほど映像化・舞台化がなされてきたエドモン・ロスタンの傑作戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」だが、この尖り方、斬新さにはビックリだ。マーティン・クリンプ脚色、ジェイミー・ロイド演出、ジェームズ・マカボイ主演で評判を取り、ナショナル・シアター・ライブによって映画館公開もされたバージョンの、谷賢一演出による日本版。
主演の古川雄大はどこから見ても美形そのものだが、鼻を付けずに醜男シラノを演じる。幕開けからスタジアムのベンチを思わせる無機質なセットにボイスパーカッションが響いたと思えば、見事に韻を踏んだ名調子の丁々発止をラップバトルに置き換えてみせるなど、徹底的に現代化&簡略化した象徴表現で鋭く見せる演出。
演者はほとんど客席に向かってしゃべり、演技しているが、朗読劇ではない。このやり方だとロスタンが描いた自己犠牲のロマンは薄まってしまうし、言葉も表現も直接的になり情緒に欠けすぎと思える部分もあった。翻訳は苦労したと思うが、ラップ的なものと日本語の美とは親和性が高いとは言えず、言葉の魔力が不足気味。それでも観客の想像力に挑むような、言葉と想像力との格闘技のような芝居作りにはゾクゾクさせられた。ヒンヤリと鋭い世界観の中で、古川の情熱的な、人を思う気持ちの切なさがまっすぐに届いたのも印象的。2月20日まで東京芸術劇場 プレイハウスで、2月25日~27日にCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホールで上演。詳しい情報は公式サイトへ(https://www.cyrano.jp)。
▽「ボディガード」
ホイットニー・ヒューストン&ケビン・コスナー主演で92年に大ヒットした映画「ボディガード(1992)」のミュージカル版は02年にロンドンで生まれ、19年に来日ツアー公演が上陸。そして20年の春には柚希礼音・新妻聖子ダブルキャストのレイチェル、大谷亮平のフランクで、日本キャスト版を観劇できるはずだった。ところが新型コロナの影響で、上演できたのは大阪での5公演のみ。多くの観客にとって幻となってしまった。その再生版が、いよいよ東京でも幕を開けた。
ストーリーはほぼ映画版の通りだが、ミュージカルの強みは、レイチェルのショーシーンが楽しめること! もちろん「エンダーーー」で知られる名曲「I will always love you」もバッチリ聞くことができる。さらに今回は歌姫May J.が加わり、トリプルキャストというのもお楽しみだ。
筆者は柚希・新妻のレイチェルを観劇(May J.さん申し訳ない)。小柄でありながら圧倒的な声量と歌唱力を誇る新妻は、レイチェルとしての説得力抜群。もう鳥肌ものの声! 母親としての芯の強さと脆さ、マイペースさを感じさせる役作りも楽しめた。対して柚希レイチェルはショースターとしての華やかさとダイナミックなダンス、パンチの効いた歌で客席を魅了し、“恋する乙女”の繊細な内面もかわいらしく表現。正反対でどちらもチャーミング、甲乙付けがたい。May J.版も見たい! 2月19日まで東京国際フォーラム ホールCで上演。詳しい情報は公式サイトへ(http://bodyguardmusical.jp)。
▽「笑う男 The Eternal Love -永遠の愛-」
ミュージカル「笑う男 The Eternal Love -永遠の愛-」は、「レ・ミゼラブル」のビクトル・ユーゴー原作。子どものころに貴族の慰み者として売り買いされ、口の端を笑った形に引き裂かれたグウィンプレン(浦井健治)と、彼が拾った盲目の美少女・デア(真彩希帆、熊谷彩春)をめぐる数奇な愛の物語。これは28年にサイレント映画化されており、この映画のグウィンプレンが「バットマン」シリーズのジョーカーに多大な影響を与えているのは有名な話だ(本ミュージカルの元になったのは12年の映画「ヴィクトル・ユゴー 笑う男」)。
日本では19年に続く再演であり、コロナによる中断を経て再開した。とにかく「いかにも帝国劇場の東宝グランドミュージカルらしい」作品と言える。美しい舞台美術と衣装、スターキャスト、フランク・ワイルドホーンらしい大曲たち、幻想的な世界観に浮かび上がるヒューマニズムとロマンティシズム。「金持ちの天国は貧者の地獄でできている」というテーマに戦慄しながら、悲劇と愛がもたらすカタルシスに耽溺できるのだ。ふたりを拾って育てるウルシュス(山口祐一郎)の無償の愛にも涙腺崩壊。無垢の化身デアは、思わず守りたくなる可憐な熊谷、はかなげ心許なげでありながらどこか凛とした真彩、どちらもいい。2月19日まで東京・帝国劇場、3月11日~13日に大阪・梅田芸術劇場メインホール、3月18日~28日に福岡・博多座で上演。詳しい情報は公式サイトへ(https://www.tohostage.com/warauotoko/)。
▽「ロッキー・ホラー・ショー」
伝説的カルト映画を生んだカルトミュージカルの金字塔「ロッキー・ホラー・ショー」も、ツアーのトップバッターになるはずだった神奈川公演が中止となるが、大阪、広島、北九州を経て東京で幕を開けた。これは5年前に好評を博した河原雅彦演出のバージョン。なんと、松本白鸚の「ラマンチャの男」、アダム・クーパーの「SINGIN' IN THE RAIN」と並んで「古田新太のフランク“N”フルター見納め興行」なのである。
いやぁ、この作品はストーリーなんてハチャメチャそのもの、ただリチャード・オブライエンがB級SF怪奇映画2本立てへの偏愛とグラムロック愛をぶっ込み、好きなように作っただけのミュージカル。これがどうしてカルト化したかと言えば、客が勝手に盛り上がったから。つまり盛り上がった者勝ちなところに価値がある祭ゆえ、観客をめいっぱい参加させちゃおうという河原の演出は大正解。今回はコロナ禍ゆえできないこともある。
しかしいま、できる範囲で、ライブの醍醐味を味わい尽くせるこの作品のなんと楽しいことか! 声が出せない代わりに音声の出るガンとかペンライトも、ロビーで買える(ちょっと高いけど)。古田新太のフルターはティム・カリーと比べればそりゃセクシーさには欠けるが、声は至ってセクシーだし、変態性、ふざけたカリスマ性は天下一品! 小柄な小池徹平&昆夏美カップルのかわいさも悶絶もの。ただ夢みてちゃダメ! 大騒ぎして夢にならなきゃ! 最高だから! 2月28日まで東京・PARCO劇場にて上演。詳しい情報は公式サイトへ(https://stage.parco.jp/program/rhs2022)!
コラム
筆者紹介
若林ゆり(わかばやし・ゆり)。映画ジャーナリスト。タランティーノとはマブダチ。「ブラピ」の通称を発明した張本人でもある。「BRUTUS」「GINZA」「ぴあ」等で執筆中。
Twitter:@qtyuriwaka