キン・フー
32年北京生まれ。49年香港に移住し、翌50年に美術スタッフとして映画界入り。その後イェン・ジュン(嚴俊)監督に見出され、54年に俳優としてデビュー。59年にショウ・ブラザーズに入社、64年に抗日ゲリラ戦争アクション「大地兒女」で監督デビュー、翌65年の「大酔侠」が大ヒットとなる。66年に台湾へ渡り、67年「残酷ドラゴン/血斗!龍門の宿」を発表。75年、上下二部構成の大作「侠女」(71)がカンヌ映画祭高等技術委員会グランプリを受賞し、アジアを代表する監督として注目を集める。83年以降の10年間は沈黙期間となるが、93年「ジョイ・ウォンの魔界伝説」で現場復帰。ファンを喜ばせたのもつかの間、97年心臓病のため台湾で死去。享年64歳。