トランプ大統領再選直後の映画撮影 「ディア・ストレンジャー」日本人映画監督が挑んだNYロケの舞台裏
2025年10月3日 12:00

西島秀俊が主演し、グイ・ルンメイと夫婦役で初共演した「Dear Stranger ディア・ストレンジャー」(公開中)。全編海外ロケ、使用言語はほぼ英語、主演以外は外国人俳優――「ディストラクション・ベイビーズ」「宮本から君へ」の真利子哲也監督が、自身のアメリカ滞在をきっかけに、チャレンジングな企画に挑んだ。
そんな撮影の裏で起きていた、ニューヨークの“分断”。東映プロデューサーの髙橋直也氏、製作幹事の株式会社ロジの代表取締役/プロデューサーの朱永菁氏が、本作の舞台裏を振り返った。

髙橋氏は、本作について「これまでの日本映画には希少なグローバルな切り口を持ったストーリーだと興奮しました。ニューヨークを舞台に、日本語・英語・中国語が交錯し、アジア人夫婦の行く末を描くことで、普遍的テーマが国境を越えて響く。そして誘拐事件をきっかけに夫婦が互いの秘密に直面し、観客は最後まで真実を掴めない。その強烈なサスペンスとエンタメ性にも惹かれました」と述懐。
セリフは全編通して90%以上が英語で、当然、脚本も英語で書かれている。真利子監督が日本語で書き、翻訳チームとの議論を経て完成させた。そうしていざニューヨークで撮影を迎えるのだが、奇しくもクランクインはドナルド・トランプ大統領の再選が決まった直後だった。
髙橋氏は「クランクイン直後は反トランプの大規模デモで道が封鎖され、すぐ横の土産店にはトランプグッズが並ぶという、分断の空気を肌で感じる状況でした。その緊張感は夫婦や移民を描く本作のテーマをより切実なものにしていたと思います」と緊迫した状況を明かす。

企画開発期間には、米国俳優組合のストライキも起こり、企画がストップしたこともあった。
朱氏は「2022年の米国俳優組合のストライキによって、企画は一旦リセットされてしまいました。それまでに組み上がっていたスキームが成立しなくなり、製作パートナーも変わることになりました。真利子監督やメインスタッフにはロケ地やスケジュールの変更を告げなければいけない心苦しい場面もありましたが、結果的には日本国内に加え、台湾とアメリカでとても頼もしいパートナー企業11社が集まり、一致団結し製作をすることになりました」と当時の葛藤を明かしつつも、「監督は、いつも前向きにその時々で最善策を提案してくださいました。また、現場の士気を誰よりも繊細に感じ取りスタッフと俳優とコミュニケーションをしていて、グイ・ルンメイさんからも真利子監督の繊細さと現場の穏やかさに驚いたと聞きました」と話す。

真利子監督は、日本でのプロモーション時にも度々「多国籍のスタッフが集った今回の現場は、映画そのものがもつ“言語の壁を超えて、相手を理解しようとすること”というテーマと地続きだった」と語っている。
髙橋氏も「現場では(語学学習アプリの)Duolingoが流行していて、日本のスタッフが中国語の挨拶を試したり、アメリカのスタッフが日本語を覚えたりと、皆が積極的に歩み寄っていました。意味が正確に伝わるかどうかより、“伝えたい・分かりたい”という思いが共有されることで、自然な一体感が生まれていたのが印象的でした。さらにルンメイさんが監督に『今のセリフ、日本語ならどんなニュアンスですか?』と確認する姿もあり、言葉を超えたコミュニケーションが作品を支えていたと感じます」と現場の様子を伝える。
朱氏も、国際共同制作の必然性とチームワークについて常に試行錯誤だった日々を述懐しつつ、「撮影前より、『パラサイト 半地下の家族』をフランスで配給するThe Joker Filmsが手を上げてくれ、“ワールドシネマ”として企画を評価してもらいました。また、釜山国際映画祭への出品が決定し『グローバルな物語性と異文化理解への真摯な取り組みを示す作品であり、国際的なコラボレーションを通じてアジア映画に新たな扉を開く可能性がある』とコメントを頂き、企画意図はきちんと作品として伝えられたと思っています。また、『PERFECT DAYS』など優れた国際的な作品を配給するApplause Entertainmentが台湾配給として決定し、経験豊かな東映国際セールスチームに加え北米やワールドセールスに頭角を現すEST N8もチームに加わりました」と、撮影を通して一丸となった多国籍チームが目指す、さらなる展開に自信をのぞかせる。

2018年、真利子監督曰く「海外マーケットでも通用する日本映画を企画製作するための“場”と“道”の2つの意味をもってつけたロジ(路地)という会社名」、そして「自分から企画を発信するときも、より自由な発想で責任もって動くため」に設立されたのが、制作会社ロジ。今回、アメリカで本作を撮影するにあたり、米国法人も設立した。
真利子監督と共にロジを立ち上げた朱氏は、本作の成り立ちをこう振り返る。
「監督は、『ディストラクション・ベイビーズ』の脚本開発中から、映画における“ジャンル性”を意識していました。加えて、土地(撮影する地域や街)の必然性と言語化できない時代の空気のようなものを映画に取り込もうとしていました。そして、誘拐や銃といったジャンル性の強い要素は最初のプロットからありましたが、監督意図を伝えるステートメントには既に“関係性”というキーワードがありました。私自身、最初はこのプロットで、どのように“関係性”を描くのか全くイメージできなかったですが、監督から届いた脚本で初めてその意味を理解し始めました。度重なるシナリオハンティングを経て“廃墟”“人形劇”などのディテールが決定し、アメリカで撮る必然性とともに、バラバラだった要素が登場人物を通して繋がり始め何層にも重なるメタファーが出来上がっていきました。その過程を“目撃”し、つながった瞬間を“発見”したときの驚きと悦びは忘れられません」(朱氏)

真利子監督と数人の仲間が何のあてもなく、アメリカで準備をはじめて数年が経ち、世界的な激動が続く中で、国際的な製作メンバーと共に無事に完成に漕ぎ着けた「Dear Stranger ディア・ストレンジャー」。その中心でチームを支えていたのは、真利子監督の確固たる信念だったことを、髙橋氏、朱氏が証言している。
「この映画を成立させるまでに伴う未知の難題に対して、苦しみながらも挑戦を面白がり、タフさを持って現場を導く力。その姿勢に大きく刺激を受けました」(高橋氏)
「人と人が集まって映画を作る中で、“話せば絶対にわかる”といつも人の意見を真摯に聞く真利子監督ですが、みんなが解決できずに途方にくれていると突拍子もない名案を出してくれます。その柔軟さは、確固たるビジョンがあるからだと思います」(朱氏)
(C)Roji Films, TOEI COMPANY, LTD.
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