“自分の身体を愛する健康な力”を持つ女たちの装い「フラッシュダンス」「ショーガール」「愛はステロイド」【湯山玲子コラム】
2025年9月20日 22:00

「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。
エクササイズを経てのボディメイクからのボディコンシャス。そう、自分の肉体をコントロールして、理想の身体を手に入れることは、現代人にとっては、すでに当たり前の作法となっている。とはいえ、体重を落とすだけに邁進し、拒食症や過食症とセットの不健康な見てくれは、今や完全にアウトであり、推奨されるのはしっかり筋肉がつき、肌もピチピチ、ダンサーやアスリートのような動ける身体作りだ。これすなわち、厳しい食事制限やワークアウトをこなすことができる意志の証であり、それを実行できるのが本物のセレブということの表現。ファーストフードやスナックに大量飲酒でブクブクに太ってしまったロウワークラスとは大違いの自分、という図式だ。

1960~70年代には、大衆の健康志向の表れとして、ジョギングや音楽と運動を結びつけたエアロビクスなどが誕生した。なおかつ、1977年にはディスコブームの火付け役となった「サタデー・ナイト・フィーバー」が大ヒットし、快楽的なナイトライフにも「ダンス」という運動が入り込み、人類史上最も大量に人が踊る状況が生まれた時代である。80年代になると、スポーツジムを初めとしたフィットネス産業が一大市場になり、健康とボディメイクの時間が市民の日常に組み込まれていく。90年代以降はそれらが多様化、成熟化し、プロテインなどのサプリメントや加圧トレーニングなど効率を重視する流れ、ヨガやリラクゼーションなどメンタルも整える系が出揃ってくる。
一方、ファッションは時代を映す鏡なので、社会のフィットネス熱とシンクロするタイミングで、1980、90年には女性の身体の線を強調し、誇示するファッションが最前線に躍り出た。そう、アズディン・アライア、ジャンニ・ベルサーチ、ティエリー・ミュグレーといったデザイナーたちが、セクシーさとパワーを併せ持つボディコンシャスというスタイルを世に広めていく。それは同時期、女性の社会進出が進み、高収入とステイタスを得るキャリア女性たちの戦闘服でもあったのだ。
パリコレもボディコンならば、大衆のカジュアルファッションの方にも、身体にぴったりと張り付くレオタードやタイツを身につけ、自分の身体ラインを人目にさらして当たり前、というダンサー感覚の着こなしが流行る。そして、その大いなるきっかけになったのが、テーマ曲とともにジェニファー・ビールス演じる主人公がレオタード姿で激しく踊る予告編が印象的な大ヒット映画「フラッシュダンス」だ。

主人公が様々に披露するダブッとしたサイズオーバーのトップスから胸元がセクシーに開くスタイルは、レオタードの上に無造作にスウェットなどを羽織るダンサーの着こなしそのもの。今では当たり前になったスパッツにスニーカースタイルは、この作品が流行らせたようなもので、ビッグシャツやミニスカート、ホットパンツとの組み合わせで、手持ちの洋服を活動的に可愛らしく蘇らせることができる。そして、ジャンパーやミリタリーコートなどのマニッシュなアウターの下に、ラメやびったりしたタンクトップを合わせる「ドッキリ系セクシー」の源流は、まさにこの映画に見出すことができる。
ビールス演じる主人公は、キュートでカワイイ系なのに、案外と性的には大胆だというところもポイント。彼氏とのレストランデートの時には、男物の蝶ネクタイスーツという「アニー・ホール」的マニッシュ仕様かと思いきや、サッとジャケットを脱げば、背中と肩がバックリ開いている付け襟だけのセクシースタイルに大変身。さて、彼女はそんな姿でもって、テーブルの下で彼氏のアソコを足でナデナデするようなケシカラン振る舞いをするのだから、始末に負えない。

そこには、主人公がダンサーという生き方を通して身につけた「自分の女性としての肉体は、男や家庭などのシステムの所有物ではなく、自分のものである」というフェミニズムの基本ドグマが確実に表現されており、当時これを明るい青春映画と思って観に行った女性たちには新鮮な刺激として目に映っただろう。実際、私の友人のひとりは、彼氏とこのゲームを実行して多いに盛り上がったと、自慢していたっけ……。
若さと夢だけはある女性が、都会に出てきてのし上がっていくというストーリーはテッパンであり、その職種としてはダンサーが最も選ばれがちだ。そう、何と言っても、身体ひとつでできるダンスは、ストリップから、バーレスク系のショウダンサーまで、移動先では働き口に事欠かない。
ボール・バーホーベン監督の得意技、肉体と欲望の人間賛歌をラスベガスの踊り子ワールドの中に描いた「ショーガール」は、まさにムーランルージュ、ジーグフェルド・フォーリーズといったセクシー・レビュー・ショウの系譜に連なるショウビズを背景に、田舎から出てきた主人公の野心の成就と成長を描いた物語だ。

舞台ではトップレスが当たり前の主人公と、彼女が蹴落とそうとするトップダンサーの姐御は、日常のファッション自体がショーの舞台の延長線のようにセクシー&肉体美全開。ちなみに、毎年、セレブたちがテーマにしたがって着こなしの妙を見せつける雑誌ヴォーグ主催のメットガラでは、ほとんど裸のようなファッションが当たり前となっているが、鍛え抜かれ、手入れが行き届いた裸はもはやドレスと一緒なのだ。
主人公が着こなす普段着のトップスは、ラメやレース、光沢のある素材と深いVネックがバストを際立たせるカシュクールで、ボトムスは超ミニスカートに、ジーンズのホットパンツにはロングブーツを合わせて生足を見せつける。興味深いのは、主人公に蹴落とされるスター姐御の出で立ちで、その基本スタイルに伝統的なカウボーイアイテムが加わるのだ。コンチョベルトにカウボーイハット、フリンジと鋲がゴージャスにあしらわれた革ジャンなどなど。つまり、アメリカのド演歌たるカントリー&ウェスタンのセンスをバッチリ盛っているわけで、大衆相手のショウビズの女王はこうでなくっちゃ! というドメスティックなアメリカ魂を表徴してあまりある。
ライバル同士の女王と主人公が、レズビアンっぽい関係性を帯びているところもポイント。このふたりはセレブ男を巡って三角関係になるのだが、同じダンサー道を歩むふたりの同志愛の方がよっぽど濃厚。登場する男性キャラは全員へなちょこで、心も身体も鍛え抜いた女性にとって、もう、従来のマッチョぶり威張る「男らしい」男は必要なし、という感覚は、これまんま現代にもつながるフェミニズムセンスだ。
さて、フィットネスという肉体改造のその先にあるのが、ボディビル。男性専科だったこのジャンルに女性が参入し始めたのは、1970年後半。80年代には、「女性が筋肉を持つことの文化的・美的意義」 を広めることに大いに貢献したリサ・ライオンというボディビルダーが登場し、彼女を被写体とした、巨匠、ロバート・メイプルソープによる写真集は、マスキュランとフェミニティーが同座する、全く新しい身体&ジェンダー感覚を世に知らしめたものだった。

ちなみに、この新種の女性美は、1988年のソウルオリンピックで2つの世界記録を更新し、その鍛え抜かれた筋肉と、相反するようなマニキュアで整えられた長い爪でもって、一躍有名になったフローレンス・ジョイナーともシンクロする。
映画「愛はステロイド」は、そんな80年代を背景に、一旗揚げようと家を飛び出してきたひとりの女性ボディビルダーと、ジムの管理者で実は地元のフィクサーの実子である女性との、バイオレンス&ノワール趣味たっぷりの恋愛劇。

このふたりの出で立ちはといえば、この時代のファッションにおける最底辺モードにきっちりとハマっていて、非常に興味深い。まず、主人公は自他とも認めるレズビアンで、ジーンズの上には、ノースリーブのロゴTシャツやスポーツブラジャーに男物のジャンパーという、まさに、スポーツウェアの街着化の実践者である。彼女の無頓着な、つまりおしゃれマインドがひとかけらもないファッションセンスは、「自分は見られる存在ではなく、見る方だ」というオヤジ的男性のそれと同様。つまり、彼女は自分の中の女性性に居心地の悪さを感じているタイプのクィアなのだということをよく表している。

一方、ボディビルダー女性の方は、もはや裸が衣服のようなものなので、ストライプのボクサーショーツやジーンズ短パンの上は、ぴったりしたタンクトップ姿。彼女は男も女もイケるタイプのクィアで「女を捨てて男になりたい」のではなく、前述のリサ・ライオンやジョイナーのように、両方の魅力を兼ね備えて輝きたいという、両性具有の女神志向。「ショウガール」の主人公と同様、心に怒りの火がついたらすぐパンチや回し蹴りが出るバイオレンス傾向もあり、彼女たちの強靱な筋肉と美しさは、人間社会の文明の枠内では生きるのが難しそうな野生動物のように素朴でカッコいい。
ダンサー、アスリート、ボディビルダーなどの身体表現者は、常に自分の身体と深く付き合っているわけで、そこには健康な自己愛がある。「自分で自分を愛する」ことは、常に人目を意識し、コンプレックスから自己否定に走りがちな現代人にとって、生きていくために最も必要な心の在り方だ。

太っていてもなんのその、身体の線を見せつけて、なおかつ活動的で明るいダンサー系ファッションを身につけることは、自分自身を肯定することのレッスンになるかも、なのだ。インバウンドで日本にやってくる外国人の皆さんは、体型いかんに関わらずフィットネスウェア系を街着にしているが、それをみっともないと断罪する前に、彼女たちの装いから「自分を愛する健康な力」を感じ取ってみてはいかがだろう。
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