「ブラックドッグ」あらすじ・概要・評論まとめ ~パワフルな映像の広がりと親密なる心象表現が魂を鷲掴みにする~【おすすめの注目映画】
2025年9月11日 13:30

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本記事では、「ブラックドッグ」(2025年9月19日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。

中国を舞台に、罪を背負った青年と黒い犬の絆を美しいブルーグレイの映像で描き、2024年・第77回カンヌ国際映画祭にて「ある視点」部門の最優秀作品賞とパルム・ドッグ審査員賞を受賞したヒューマンドラマ。
2008年、北京オリンピックの開催が迫る中国。誤って殺人を犯し服役していた青年ランは刑期を終え、ゴビ砂漠の端に位置するさびれた街に帰郷する。人の流出が止まらず廃墟が目立つ街には、捨てられた犬たちが野犬化し群れをなしていた。知り合いの警察官に誘われ地元のパトロール隊で働くことになったランは、ある日、群れに加わらず単独行動している黒い犬と出会う。賢く決して人間に捕まらないその犬とランとの間には、いつしか奇妙な絆が芽生えはじめる。
「疾風スプリンター」「オペレーション・メコン」のエディ・ポンが寡黙な青年ランを時にユーモラスに演じ、「フラッシュオーバー 炎の消防隊」のトン・リーヤーが共演。さらに、映画監督のジャ・ジャンクーが重要な役どころで出演。「エイト・ハンドレッド 戦場の英雄たち」のグアン・フーが監督を務めた。

度肝を抜かれるとはまさにこのこと。カンヌ映画祭にて「ある視点」部門のグランプリに輝いた本作は、計り知れないスケールの幕開けで我々の魂を掌握する。映し出されるのは見渡す限りの砂漠。乾いた風がびゅうと吹くたび、灰色の大地を西部劇さながらの回転草が舞う。そこを駆け抜けるおびただしい数の野犬の群れ。もし一台の乗合バスが現れなければ、ここが中国のゴビ砂漠だと気づくことさえ難しいだろう。
時は'08年、北京五輪を目前に控えた季節。砂漠と隣り合わせの町に一人の男が帰って来る。彼の名はラン(エディ・ポン)という。かつてミュージシャンだったが、ある罪を償うべく服役を余儀なくされたとか。久々に踏み締めるこの地には、仕事もなければ産業もない。家屋の多くは取り壊しが決まり、人は次々と移住し、野犬ばかりが増え続けている。そんな中、野犬捕獲隊メンバーとなったランは、一匹の黒い犬との出会いを果たし・・・。

グアン・フー監督といえば、ジャ・ジャンクーらと同じ第六世代であり、数々の大ヒット作の作り手として知られる。そんな彼が小規模な本作ではネオ・ノワールとでも呼ぶべき作家性とパワフルな映像力を漲らせ、それでいて、ほぼセリフを発しない男と黒犬とのサイレント映画さながらの微笑ましい交流を散りばめながら、確かな再生の日々を描き出す。
町の男は血気盛んな奴らばかりだし、過去の復讐のためランを付け狙う者もいる。ジャ・ジャンクー演じる捕獲隊の元締めでさえ、善人かそうでないのか見分けがつかない。ここではあらゆるものがグレーだ。かくも何がどう転ぶかわからない危うさを内包しつつ、サーカス巡業の女性への恋心や、寂れた動物園で飼育に勤しむ老いた父とのやりとりなど、この映画ではほのかに胸を締め付けられる要素も際立つ。

ランと黒犬が心を通わせ、尊厳を捧げるようにしっかり互いを支え合う姿は、単なる人と犬の間柄を超えた、“二人ぼっちの群れ”とでも呼ぶべきものだ。と同時に忘れがたいのは、何もない町に響きわたるオリンピックの歓声だろう。この痛烈なギャップに、発展の裏側で置き去りにされたあらゆるものへの鎮魂、追想の念を感じずにいられない。
決して叙情性に傾くことなく、砂漠から力の限り掘り起こしたひと掬いの水のごとき、虚飾のない感情が本作にはほとばしる。現代中国の一面を巧みに投影させた傑作。その仕上がりの強度と忘れがたい余韻に思わずため息がこぼれた。
執筆者紹介

牛津厚信 (うしづ・あつのぶ)
映画ライター。77年長崎生まれ。明治大学を卒業後、某映画専門放送局の勤務を経てフリーに転身。クリエイティブ・マガジン「EYESCREAM」や「パーフェクトムービーガイド」などでレビュー執筆やインタビュー記事を手掛ける。またイギリス文化をこよなく愛し、その背後にある歴史や精神性を読み解くことをライフワークとしている。
Twitter:@tweeting_cows/Website:http://cows.air-nifty.com/
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