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【二村ヒトシコラム】愛は、かならずしも善きものではないかもしれない 見事に自由で“変な映画”「愛はステロイド」

2025年9月5日 22:00

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「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、クリステン・スチュワートケイティ・オブライアン主演、A24の新作クィアロマンススリラー「愛はステロイド」と、1996年の作品で、ウォシャウスキー兄弟(現・姉妹)が初監督したクライムサスペンス「バウンド」を取り上げます。

※今回のコラムは本作のネタバレとなる記述があります。

変な映画が好きです。もちろん変な映画にも、つまらない変な映画と面白い変な映画があるので、なるべく面白くて変な映画を観て生きていきたい。よくできた面白い映画も面白いんですけど、お行儀が悪い変な映画、どこか一点トチ狂ってる映画のほうが、噛んでて味が長続きする。

でも、つまらない変な映画は本当につまらないですよね。その変さが監督の自己満足で終わっちゃってて破綻してるからでしょうね。面白かった独自すぎる映画といえば最近では、9月5日に日本で公開される「九月と七月の姉妹」が、完全に変なのに変なまま何か大事なことが確実に伝わってきて、これは面白かったです。

ところで、つまらなかったか面白かったかの区別の他にも、もう一つ、変な映画を二種類にわけることができます。

なにからなにまで独自すぎて変! と感じられる映画(「九月と七月の姉妹」はこちらでした)。そして映画としてはウェルメイドなのに、登場人物に感情移入もできるのに、使われているモチーフや物語の要所などが独特で異様で変! あるいは、なぜ途中までちゃんとエンタメしてたのに肝心のところで変になるの! な映画。

ジョン・ウォーターズ監督も気に入る変な映画

愛はステロイド」は後者です。よくできた映画なのですがモチーフがユニークで、クライマックスのある展開は完全に異常でした。70年代以降に変な映画ばかり撮った変な巨匠ジョン・ウォーターズ監督も気に入ったらしく、2024年に制作された様々な映画の中から ベストワンに選んだそうです。

ジョン・ウォーターズ
ジョン・ウォーターズ
Photo by Franco Origlia/Getty Images for RFF
(ちなみにジョン・ウォーターズ監督の作品では「ピンク・フラミンゴ」という変な映画が有名ですが、僕は彼の作品では「マルチプル・マニアックス」が好きです。ラストシーンで爆笑し、謎の感動で昇天します)

愛はステロイド」の物語は王道なんですよ。ある男もしくは女が、一目惚れした女もしくは男と一緒に、悪人である自分の親もしくはボスもしくは元恋人を裏切り、すさんだ世界から逃げ出そうとする。ちなみに「愛はステロイド」の主人公2人は男女ではなく、どちらも女性です。

▼90年代のウォシャウスキー監督作「バウンド」より、先鋭でより複雑に屈折しているレズビアン映画

恋に落ちたレズビアンが運命と人生を変えるためにギャングと戦うサスペンス・アクション映画といえば「バウンド」(1996)という先行作品がありました。いま観ても普通に面白い傑作ですが、当時は「斬新な」設定だと思われたことでしょう。監督したウォシャウスキー兄弟(後に2人とも性別適合手術を受けて、ウォシャウスキー姉妹になります)も「マトリックス」を撮って大ヒットさせる前で、まだマイナーな人たち扱いでしたし。主演の2人がとても美しかったんですが、はっきり片方が男役(タチ)、片方が女役(ネコ)であると描写されていましたね。

「バウンド」
「バウンド」
写真:AFLO

同性愛者が主人公の映画がそこまで珍しくはなくなった現代に、あのA24が制作した「愛はステロイド」は「バウンド」に比べて、さらに尖(と)んがり、より複雑に屈折しています。

主人公ルーは30代の女性ですが若く見えます。少女のようなのではなく、まるでヒネた少年のようなのです。「バウンド」のコーギー(ジーナ・ガーション)は男っぽくふるまえばふるまうほど美女っぷりが際立つキャラでしたが(つまり異性愛者の観客も意識した演出だと思います)、ルーを演じたクリステン・スチュワートは女性性を削ぎ落としていて、しかし「強い男」であるわけでもない。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

そんなルーが、名も知らぬ流れ者の女ボディビルダーを、その筋肉だらけの肉体を目あてに性的にナンパします。彼女はジャッキー。演じるケイティ・オブライアンはガチの元ボディビル選手という本格派。ジャッキーも自分の筋肉が大好きな女ですから、ルーの口説きに悪い気はしません。2人が交わる濡れ場はとてもエロいです。どちらが男役、どちらが女役とは決まっていない、決めることができない関係のようにも見える。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

そしてルーの家族は、義兄は妻(ルーの姉)を陰で殴って支配する DV男、ルーの父(エド・ハリス)は人を殺すことを何とも思わぬ極悪人でした。

邪悪な男性性を憎みながら、その近くで生きざるをえない。だからルーは女にも大人の男にもなろうとしないのでしょう。女になったら、この世界では「男のもの」にされてしまう。しかし女であろうとしないことは、自分の中の男性性、つまり「父の血」を認めることです。彼女は父から悪の跡継ぎたることを期待されてもいます。そんな葛藤をしている少年のような女が、そのへんの男より遥かに強そうな女の逞(たくま)しい筋肉に惹かれ、それを愛(め)でる。

はい。この物語を、この二人のセックスを、エロいと感じて感動もする男である僕は変態なのかもしれません。しかし、それがどうした。女の筋肉と、抑圧された人間の前向きで変態的な欲望は、どちらも美しいのです。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED
▼「愛」は、かならずしも善きものではない その効果と依存性

この映画がウェルメイドかつユニークなのはストーリーがちゃんとしてるからだけではなく、時代設定が巧みだからでもあります。二人が出会うのは1989年の田舎町のトレーニング・ジム。現代のフィットネス・スタジオのような清潔で意識の高い空間ではなく、男たちの汗臭さで充満した薄暗くて不潔で不穏な場所として描かれます。

そこでは現代よりもあからさまに、陰惨な同性愛差別が横行しています(もちろん当時から、そういう場所で筋肉好きなゲイ男性同士がこっそりナンパしあうことは沢山あったでしょうけれど)。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

邦題にもなってる筋肉増強剤ステロイド。これも当時はそんなジムの片隅で隠然と売買されていたようです。当時のビルダーはステロイドに頼ることが普通だったのでしょう。ルーはジャッキーのためにそれを手に入れ、ジャッキーは自分にがんがん投与しては筋トレを続けます。彼女の肉はバキバキに仕上がっていく。

ステロイドホルモンには効果もありますが依存性もあり、濫用すると命が危険な薬物です。精神も不安定になることがあるようです。愛はステロイドだって言うんだから、つまり「愛もそうだ」とこの映画は言いたいのでしょう。

二人の出会いは二人に力と勇気も与えるのですが、二人の人生を狂わせてもいく。「愛」は、かならずしも善きものではないかもしれない。そこをちゃんと描いている。

▼女の邪悪な、被害者的な加害性についても描く

そしてレズビアン関係における「女性性」へのまなざし。ルーはデイジー(アンナ・バリシニコフ)という娘から、痛い痛い恋をされています。

バウンド」の主役カップルの女役のほう、ヴァイオレット(ジェニファー・ティリー)は妖艶で豊満で専業主婦的なヤクザの情婦で、男っぽいコーギーが持ってないものをすべて備えている女でした。逆もそうで、だから二人は惹かれあったのでしょう。

しかし「愛はステロイド」のデイジーは、このヴァイオレットというキャラクターの影というか暗黒面というか、女という存在の類型的な「めんどくさい弱さ」をすべて備えてしまったダメな子です。

ヴァイオレットとデイジーは何がちがうのかを考えることには意味があると思います。僕が思うにヴァイオレットは女役でありながら精神的に強く、デイジーは悪い意味で弱い。デイジーには常に被害者意識があるからです。ルーとジャッキーは自分たちの未来のために家父長制と戦わなければならないのに、デイジーがいろいろ足を引っ張る。ルーへの愛ゆえに。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

そして、じつはジャッキーが筋トレとステロイド購入や生活のケアをしてもらう代償にルーの欲望を受け入れたのは、ひどい母親との関係が最悪で家出中だったからなのでした。おそらく過激な筋トレは、そんな環境でも魂を殺されないために昔から続けているジャッキーのコーピング(ストレスに対処する情動の発散行動)なのでしょう。

つまり「愛はステロイド」はクィア映画であり依存症の話でもありますが、悪人のマジョリティ男性たちがただただ悪いと断罪する単純なフェミニズム映画にはなってない。女の邪悪な、被害者的な加害性についても大いに描かれている。共依存関係の救いのない恐ろしさについても両面から描かれている。とても現代的です。

監督のローズ・グラスは動画でお姿を見るかぎりおそらく女性で、その動画ではバイセクシャルだと自己紹介していました。

前作の「セイント・モード 狂信」も、よくできた(面白いけれど、そこまで変ではない)映画でした。宗教ホラーですが邪教の集団が怖いことをするみたいな話ではなく、人が人を「思い込みの強い愛」でケアすること、何かを「狂信的に愛する」ことで、女と女の間に生じる感情のズレの恐ろしさを描いていました。

▼どんな時代においても「変な映画」と評価されるであろう「愛はステロイド

ガチムチ女性の筋肉の美しさが中心的モチーフであることがユニークで、それ以外はストーリー運びがじつにウェルメイドな、ダークな暴力レズビアン映画。約30年前の公開当時はビアンのピカレスクだというのが一種のキワモノと見られた「バウンド」が、いま観ると普通に面白い映画であるように、もしかしたら「愛はステロイド」も30年後とか、もっと早く5年後とかに観たら、その頃には過剰な筋肉に鎧(よろ)われた女性が、まあフェティッシュな存在ではあり続けるでしょうが、そこまで特異なキャラではなくなっているかもしれない。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

その時代には「愛はステロイド」もユニークな映画だとは思われなくなってるかもしれない。ただ一点、クライマックスの、ある異常展開を除いては。

そう、「愛はステロイド」は「女性が、男性的になろうとするのではなく、しかし肉体的に強くなろうとする」というジャッキーのテーマが、ルーの父との最終決戦において結実し、観ている人すべてが唖然とするだろうかたちで映画そのものまでもが暴発して爆発するのです。この一点だけは、どれだけ同性愛や女性の筋肉がマジョリティに理解される時代になってから観たって、絶対に「変な映画」と評価されます。

肉体に効きすぎるヤバい薬物の常用者であるジャッキーに、とんでもない暴発が起きる。そう書くと、我々は「サブスタンス」の記憶も新しいですから、ああいうことなのかと予想しますよね。僕もてっきり「サブスタンス」的に終わるんだろうなと思って観てたのですが、いやいや…。「愛はステロイド」のクライマックスで起きたことと比べたら、「サブスタンス」のクライマックスはちゃんとしてますよ。あれはだってそもそもホラーSFっぽい物語だったじゃないですか。観てるときはそりゃ驚きましたが、あとで考えれば、ああなるのは納得です。あれは、ああ終わるしかない。ところが「愛はステロイド」のクライマックスは、その遥か斜め上で爆発するんです。

愛はステロイド」を未見のかたには何を言ってるかよくわからないと思いますが、言うならばクライマックスだけ唐突に「魁! 男塾」か「新テニスの王子様」のワンシーンみたいになるんですよ。いや、じつはもっと適切な例えもあって喉まで出かかってるんですけど、これ以上どう書いてもネタバレになりますから書きませんが、とにかくこんな変な映画は観たことがありません(いや、もしかしたら「マルチプル・マニアックス」のラストだったら比肩するかもしれん…)。

「愛はステロイド」
「愛はステロイド」
(C)2023 CRACK IN THE EARTH LLC; CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION ALL RIGHTS RESERVED

さらにこの映画がすごいのは、そんなトンデモ・クライマックスを経た後にラストシーンはシレッとメロい感じになって(「あれは何だったんだろう」とは、まさにこのことです)、まるで「いい話」みたいに一瞬になるんですけど、しかし、ちゃんとダークな味のままで終わるんです。執拗で、でも映像としてはサラッとしていて、すばらしい。才能ある人が撮ると映画って本当に自由なんだな。

テーマは最後の最後には暴発させないで、ちゃんと、そっと握りしめている。観ているこちらは、あまり他の映画では体験したことがない感動を味わう。ローズ・グラス監督は、強い信念をもって「愛はステロイド」を見事な「変な映画」として完成させたのでしょう。なるほどジョン・ウォーターズが評価するわけだよ。

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