「タンゴの後で」あらすじ・概要・評論まとめ ~映画に翻弄された女性に、心を傾けるべき“いま”~【おすすめの注目映画】
2025年9月4日 11:00

近日公開または上映中の最新作の中から映画.com編集部が選りすぐった作品を、毎週3作品ご紹介!
本記事では、「タンゴの後で」(2025年9月5日公開)の概要とあらすじ、評論をお届けします。
2024 (C) LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT大胆な性描写と心理描写が大きな反響を呼んだ1972年のベルナルド・ベルトルッチ監督作「ラストタンゴ・イン・パリ」の舞台裏にあった出演女優の葛藤と怒りを描き、エンタテインメント業界における権力勾配や搾取といった問題に鋭く切り込んだドラマ。
19歳のマリア・シュナイダーは気鋭の若手監督ベルナルド・ベルトルッチと出会い、「ラストタンゴ・イン・パリ」への出演でまたたく間にトップスターに上りつめる。しかし48歳のマーロン・ブランドとの過激な性描写シーンの撮影は彼女に強烈なトラウマを与え、その後の人生に大きな影を落とすことになる。
ベルトルッチ監督作「ドリーマーズ」でインターンとして働いた経験を持つジェシカ・パルーが監督を務め、マリアのいとこであるジャーナリストのバネッサ・シュナイダーの著作「あなたの名はマリア・シュナイダー:『悲劇の女優』の素顔」をもとに映画化。映画の撮影現場での問題について声をあげた最初の女性の1人であるシュナイダーの波乱に満ちた人生に焦点を当てて描き出す。
「あのこと」のアナマリア・バルトロメイが主人公マリアを演じ、マット・ディロンがマーロン・ブランド役で共演
2024 (C) LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT自分(尾﨑)はベルナルド・ベルトルッチの諸作に心酔してきた一人だ。しかし米アカデミー賞に2部門ノミネートされた「ラストタンゴ・イン・パリ」(1972)への反応は鈍い。国内初公開から20年近く経た再上映で古いプリントに接し、ボカシ代わりに合成された、巨大な遮蔽物に興ざめしたのが原因だ。これは作品の落ち度ではなく、映倫の措置が招いた“とばっちり”にすぎない。しかし後年「監督が主演女優に合意なき性的演出を強いた」という現場レベルの問題を聞かされては、もはや彼の「暗殺の森」(1970)や「ラストエンペラー」(1987)と同列で支持する気にはなれなくなったのだ。
本作はそんな忌むべきバックステージに迫り、先の出来事がトラウマとなってキャリアと心身の不調を招いた、早逝の俳優マリア・シュナイダーの生涯をドラマ化したものだ。映画史におけるセンセーショナルな事件への言及が中心にあるが、#MeTooムーヴ以降の時勢が然るべく誕生をうながした、そんな「女性映画」のひとつとして価値を放つ。
2024 (C) LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUTとりわけ「ミッキー17」(2025)でハリウッド進出を果たした、主演のアナマリア・ヴァルトロメイが見せる演技メソッドはオーディエンスの感情に作用する。シュナイダーと一致しない外見でありながらも、そのパフォーマンスはタイトルキャラクター(原題は“Being Maria”)が抱える戸惑いや抑圧された怒り、それらをバネとする逆境への抵抗を渤溢と感じさせる。むしろ似せないアプローチがシュナイダーの人間像を普遍化させ、誰もが彼女に自らを重ねるのではないだろうか。
ただベースとなったヴァネッサ・シュナイダー(マリアのいとこ)の回想録「あなたの名はマリア・シュナイダー:『悲劇の女優』の素顔」からいくつかの事例を抜き出して脚色し、あるいは架空のキャラクターを投入して事実関係を曖昧にしていたりと、逐一が正確な再現ではない。これらがシームレスに構成された本作から「ラストタンゴ・イン・パリ」のパートのみ過剰反応し、断罪を訴えるのは性急かつ恣意的だ。それでも劇中、シュナイダーが件の演出に遭遇したときの、現場スタッフが一人として異議を唱えず、顔色ひとつ変えない支配空間は「演出だから」と割り切れるものではない。そこに観客の意識は密着し、彼女の孤独と恐怖が切に伝わってくる。直前のシーンでマーロン・ブランド(マット・ディロン)は、「(マリアを)叩く演出はやりすぎだ」とベルトルッチの強権をたしなめるが、たとえそれが中立な判断の余地を与えてくれるとしても、だ。
2024 (C) LES FILMS DE MINA / STUDIO CANAL / MOTEUR S’IL VOUS PLAIT / FIN AOUT商業映画はいくら作家主義を持ち出して論じようとも、原則的には個人の成果物ではない。その成立には数多くの人たちが関与し、役割の差こそあれ共同作業のたまものである。私的には昨今に顕著な、揚げ足を取るようなキャンセル・カルチャーに表現萎縮の危険性を覚えるし、時代の文脈に応じて古典を影へと追いやる姿勢が、必ずしも正義だとは思わない。だが同時に「芸術」という美名のもと、誰かを犠牲にして許される時代でもないのだ。
第二のマリア・シュナイダーを、決して生み出してはならない——。そんな思いを、「局部隠しが美観を損ねた」などと問題意識の小さい自分に抱かせただけで、この映画の目的は充分に達成されている。
執筆者紹介
尾﨑一男 (おざき・かずお)
映画評論家&ライター。主な執筆先は紙媒体に「フィギュア王」「チャンピオンRED」「映画秘宝」「特撮秘宝」、Webメディアに「ザ・シネマ」「cinefil」などがある。併せて劇場用パンフレットや映画ムック本、DVD&Blu-rayソフトのブックレットにも解説・論考を数多く寄稿。また“ドリー・尾崎”の名義でシネマ芸人ユニット[映画ガチンコ兄弟]を組み、TVやトークイベントにも出没。
Twitter:@dolly_ozaki
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