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どうしようもない人間というものの「どうしようもなさ」 ショーン・ベイカー監督作、勝新太郎ドラマで味わう【二村ヒトシコラム】

2025年7月31日 21:00

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ショーン・ベイカー「スターレット」
ショーン・ベイカー「スターレット」
COPYRIGHT (C) 2012 STARLET FILMS, LLC. ALL RIGHTS RESERVED

作家でAV監督の二村ヒトシさんが、恋愛、セックスを描く映画を読み解くコラムです。今回は、「ANORA アノーラ」のショーン・ベイカー監督が2012年に発表した「スターレット」をはじめとした監督作、懐かしの勝新太郎の連続ドラマから、俳優たちが演じるキャラクターのありかた、そしてその魅力を発見します。

※今回のコラムは本作のネタバレとなる記述があります。

▼ばつぐんに面白いショーン・ベイカー監督の映画、その理由を探る

カンヌでパルムドール、米アカデミー賞で作品賞ほか5部門を獲った傑作「ANORA アノーラ」(2024)(この連載の第32回で感想を書きました)。落ちぶれたスカウトマン兼AV男優の徹底的なクズっぷりを描いた「レッド・ロケット」(2021)。ディズニーランドのすぐ裏手に住む極貧の少女の物語「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017)。そしてDVDは「チワワは見ていた ポルノ女優と未亡人の秘密」という邦題でリリースされてましたけど劇場では今回が日本初公開の「スターレット」(2012)。ショーン・ベイカー監督の映画はどれも、ばつぐんに面白いです。はずれがない。そして撮りかたが独特です。

独特といっても、このスタイルで撮るのはショーン・ベイカーだけではないと思う。この連載の第28回でちょっと触れた、ジョン・カサベテスという名匠もいました。1960年代から80年代の監督です。彼もショーン・ベイカーと同じようにハリウッドに背を向け、やはりほとんど自主映画のようなスタイルで傑作を撮り続けました。

ジョン・カサベテス「こわれゆく女」
ジョン・カサベテス「こわれゆく女」
(C)1974 Faces International Films,Inc.

カサベテスの映画もショーン・ベイカーの映画も、登場するキャラクターが「映画のストーリーのために作られた人間」には思えません。本当にそういう人が生きていて、そこで息をしているように見える。その人の人生の一部がたまたま映像に映ってしまって、映っていない部分までをこちらに想像させ、映画が終わった後も彼らの生活は続いていくんだろうなと感じられる。どうして我々はそう感じるのでしょう。

演出が説明くさくないからでしょうね。キャラクターとキャラクターの関係や出来事の前提となる状況を説明するための、わかりやすいセリフやカットが一切ない。いきなり世界に放り込まれる。そこには映画の登場人物ではない我々がしゃべったり笑ったり不機嫌になったり呆然としたりするのと同じように、しゃべったり笑ったり不機嫌になったり、なにか事件に巻き込まれたり事件を起こしちゃって呆然としている人たちがいる。観客は、まるで現実で知りあった新しい知人のことを知っていくように、彼らのことを知っていく。

ショーン・ベイカー「ANORA アノーラ」
ショーン・ベイカー「ANORA アノーラ」
(C)2024 Focus Features LLC. All Rights Reserved. (C)Universal Pictures

これは僕の想像なのですが、おそらくカサベテスやベイカーは、脚本に書いたことをそのまま映画にしていない。といって彼らの映画は前衛的なわけではありません。ストーリーの軸もはっきりとある。ただ監督が、自分が作ったキャラクターを、それを演じる俳優を、コントロールしようとしてないように見える。「この脚本に書いてある人物があなただったら、あなたはどう生きますか」と俳優に問いかけ、とにかく、まずカメラの前で生きてもらっている。

勝新太郎の連続ドラマから見る、人間のありさま

こういうスタイルの映画、日本にはあったかなと考えていて、僕は勝新太郎が1980年に製作・主演、そして数回を自ら監督した連続テレビドラマ「警視 K」を思い出しました。Amazonプライムビデオの日本映画NETで観られます。全13話です。

勝新は石原裕次郎をある意味ライバル視していましたから、この「警視 K」は、わかりやすいお茶の間向けのザ・刑事ドラマだった大人気番組「太陽にほえろ」(1972)に対するアンチテーゼ的な意味合いがあったでしょう。裕次郎自身も「太陽にほえろ」へのアンチテーゼとしてハリウッドみたいな派手な大作アクション「大都会」(1976)や「西部警察」(1979)を制作したわけですが、勝新が狙ったのは、それとは真逆の路線でした。

「座頭市喧嘩旅」の一場面
「座頭市喧嘩旅」の一場面

勝が演じる主人公・賀津は、いかつい風貌で悪人や上司に対して一歩も引かない鬼警視で、毎回、事件も解決はするのですが、署内では孤立しており(いちおう彼を慕う部下は2人だけいる)、家庭も破綻している(娘のことを溺愛してはいるのですが。しかもその娘を演じているのが勝新の実の娘)。強さと奇妙な弱さが同居している人物です。

勝新太郎といえば、やはり主演と製作を兼ねてしばしば自分で監督もした有名な「座頭市」シリーズでは、主人公が特異なキャラクターですから芸としてしっかり演じており、時代劇だというのもあって他の俳優たちも勝の美学でコントロールされています。

この時代の伝説的なテレビドラマというと、萩原健一水谷豊の「傷だらけの天使」(1974)のラフなテイストが「警視 K」に近いのですが、“傷天”のショーケンにしても「探偵物語」(1979)の松田優作にしても、「座頭市」での勝新と同じように、それぞれの主演者の美学によるキャラクターの作り込みがすごい。それがカッコいい。

でも「警視 K」での勝新は、カッコいいというのではない。もっと「どうしようもない」というか、もし勝新太郎が映画スターではなく刑事だったら、きっとこう生きていたのだろう、勝新太郎はどこにいたって勝新太郎で、こう生きるしかなかったのだろうというありさまを見せられているとしか思えない。ゲストの俳優たちも、このドラマでの勝新のそういう立ちかたに影響されてか、脚本で設定されたキャラクターじゃなくて、人間にしか見えない演技をしている。

捜査に協力するチンピラを好演した川谷拓三、面白すぎる本庁の刑事役の金子研三といったレギュラー陣も、犯人役や重要な登場人物としてゲスト出演する石橋蓮司ジュディ・オング原田芳雄緒形拳原田美枝子小池朝雄ら圧倒的な存在感の名優たちも、他の作品で見せる重厚な役作りではなく、じつに軽い演技で、ただそのキャラクターを生きて、勝新を相手にボソボソと語り合う。ほんとうに不思議な刑事ドラマです。おそらく、やりとりのほとんどがアドリブで演じられているのだろうと思われます。

勝新太郎の代表作「兵隊やくざ」の一場面
勝新太郎の代表作「兵隊やくざ」の一場面
(C)KADOKAWA 1965
▼わざとらしくない変人たちが生きている人生は笑うしかない

脚本に書かれたストーリーを伝えるために映画があるのではなく、俳優がキャラクターの人生を生きるために映画があり、脚本やストーリーはそのための道路標識みたいなものにすぎない、と言ったら言いすぎでしょうか。「ヨーイ、スタート」と「カット」の間だけに演技があるのではない。まるでドキュメンタリー映像の手法を使ってフィクションを作っているかのよう。

むしろ彼らの映画よりもドキュメンタリー映画のほうが、より「わざとらしい」場合が多々ある。それは、そのドキュメンタリーの監督に、劇映画の脚本家と同じぐらいかそれ以上に「言いたいこと」があらかじめしっかりとある場合でしょう。 そういう場合、現実に起きたことを撮影した映像を材料として並べていても、現実に起きていたことが持っていたはずの多様性やノイズは、監督が言いたいことのために削ぎ落とされてしまうものです。

カサベテスやショーン・ベイカーや「警視 K」での勝新太郎は、その普通なら削ぎ落とすノイズを、とても大事にしている。 俳優がキャラクターを生きるからこそ生じるノイズです。ノイズがあるとキャラクターは人間に見える。もちろんカサベテスにもベイカーにも勝新にも「言いたいこと」はあるのでしょうが、それは最初から脚本には書かれていないのではないか。むしろ俳優がキャラクターを生きていくうちに、ノイズの中から「この映画が伝えるべきこと」が浮かび上がってくるのではないか。

あと、カサベテスの映画とショーン・ベイカーの映画と「警視 K」の共通点は、コメディじゃないしハッピーエンドでもないのに、要所要所で観ているほうは爆笑してしまうということです。ストーリーの大切なところで、観ているほうはつい笑わされてしまう。こんな、わざとらしくない変人たちが生きている人生、もう笑うしかないという気持ちにさせられる。

カサベテスもショーン・ベイカー勝新太郎も、カサベテスやショーン・ベイカーの映画に出る俳優たちも「警視 K」に出た俳優たちも、きっと、どうしようもない人間というものの「どうしようもなさ」が大好きだったんでしょう。

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