女性の強さと美意識を最大音量で響かせるアルモドバル監督のカラフルな力業、衣装担当ビナ・ダイヘレルの仕事【湯山玲子コラム】
2025年2月19日 21:00
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「映画のファッションはとーっても饒舌」という湯山玲子さん。おしゃれか否かだけではなく、映画の衣装から登場人物のキャラクター設定や時代背景、そしてそのセンスの源泉を深掘りするコラムです。
このところ、女性の性被害が原因となって、重大な社会問題が勃発。それに伴って、以前は「はいはい、それフェミの主張ね」と、疎ましがられていたような視点が、SNSなどの影響も相まって、どんどん一般化している今日この頃ではある。そう、皆さんご存じ、2010年代以降、性差別と人種や階級、ジェンダーアイデンティティを重視した、第四波フェミニズムが立ち上がっている。これ、SNSが主にその表現場所なの他で、一般的な女性たちも「世の中、そういうもんだよね」と仕方なく乗りこなしていた、理不尽な女性差別にどんどん声を上げるようになってきているのだ。
ペドロ・アルモドバル監督は、そのキャリアの最初から、そのクリエイティティヴの全てを、女性を描くことに捧げているが、男性と社会によってそう思い込まされていた「女らしさ」の中心に散在する、母性や自己犠牲、女たちの連帯というファクターを用いるについては、躊躇がないタイプ。つまり、フェミ的にはツッコミどころが多いのだ。
それらの「女らしさ」は、女性の本質などではなく、男性社会の中で女性もそう思い込まされていた価値という側面が大いにあるので、それを堂々と掲げた作品は、男性は大絶賛しても、心ある女性の心中には何かモヤモヤした感じが残ることが多い(たとえば、向田邦子は家父長制の中で生きなければならなかった女性たちのありさまや心象を見事に描いた作家だが、今読み返すと、シンプルには共感できない)。
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しかし、アルモドバル監督の作品には、「男性監督が母性系に大礼賛する」という気持ち悪さがない。彼がそれを免れているのは、ひとつには、自らの力で問題を解決し、人生を切り開き、力強く、圧倒的な魅力を持った女性主人公の存在と、もう一つは、この監督の中にある「女性への愛」が、ファッションも含めた女性特有の文化も、成熟した女性のカーヴィーな身体的特徴も全部ひっくるめて、筋金入りだということだろう。世の中、当の女性も含めてミソジニー(女嫌い)の方が圧倒的だというのに、このセンスはかなり珍しく、あまりにも本気!
アルモドバル監督は同性愛者だということをカミングアウトしている。ここで間違えてはいけないのは、「だからこそ、女の気持ちが理解できる」という単純な認識。ゲイの方には、女性文化は愛でても、女性という存在が大嫌いなタイプは少なくない。実際に蝶よ花よの女性アイテムを自在に使っても、男尊女卑センスが画面に出てしまう監督は少なくないのだが、アルモドバルはそういうタイプではないのだ。
監督はスペインの田舎育ちである。ということは、ラテン文化圏における、男らしさ=マチズモと、その補完的概念である女性崇拝=マリアニズモをしっかりと内面化しているはずなのだが、レイプや暴力などのマチズモ要因は物語上には登場するのにも拘わらず、全面に出てくることはない。それどころか、画面から周到に男どもを消し去って、女だけの理想世界を作り上げたいというような欲望すら見え隠れする。女性同士の連帯も小気味よく描かれているので、素直な感想としては、女性は肯定されつづけ、その意味においては親フェミ的。女性側も、それだけ褒められたら、嫌な気がしないとなってしまう。
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母性も自己犠牲も、アルモドバル監督が本気で女性の素晴らしい特質として信じているテーマなのだろう。しかし、それを単純に声高に訴えても、「男の監督が女を描くと、大抵トンチンカン」と、この時代の心ある女性の虎の尾を踏みかねない。しかし、アルモドバル監督には、映画の神から許された、伝家の宝刀があった。
もう、映画ファンにはおわかりだと思うが、まずは、シンブルに彼の世界観を視覚的に形作る、カラフルな色彩。そして、不幸や死を普通に受け入れるマジックリアリズム的語り口と役者の力、そして演出で、新鮮な輝きを持たせてしまうところの圧倒的な力業があるのだ。
花屋の店先の花を全て散りばめたような色の洪水。花はその色とかたちでもって、花粉を足にまとった昆虫を引きつけ受精するわけで、つまり女性の象徴。女性器を花にたとえるのは、瀬戸内晴美の小説「花芯」を持ち出すまでもなく、古今東西の常套句だが、女性を描くストーリーの前に、すでに映像全体が総花柄であり、女らしさ満開。豊かでビビッドな色彩感覚は、監督の故郷でもあるスペイン中南部が伝統的に持っているラテン文化の神髄でもある。
私たちが住む近代以降の世界は、男性が中心であり、都会のビル群にしても。サラリーマンのスーツ姿にしても、モノトーンの無彩色が基本形だ。しかし、その常識に対して、アルモドバル作品は、カラフルさという色彩でもって、女を疎外せず、全面肯定するような世界を観客にねじ込んでいく。ちなみに、男と女の世界の対立構造を寓話的に描いた映画「バービー」も、女だけの世界はカラフルさ満開だった。
アルモドバル作品は豊かな色彩に加えて、登場人物の女性たちのファッションも、ファストファッションのユニセックスを着慣れている身にとっては、女装とも言えるような女らしいアイテムが全開。ワンピース、ハイヒール、膝丈のタイトスカートと、ボディラインを強調し魅惑するスタイルが頻出していく。
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ちなみに、「ボルベール 帰郷」では、冒頭から、片田舎で墓石磨きに集う村の女たちのカラフルな出で立ちに圧倒される。基本、ワンピースにぴったりしたニットの薄手カーディガン。カーディガンは、全てVネックでペネロペ・クルス演じるところの主人公のライムンダの胸元は、グッと開かれていて、このあたりはセクシーの紋切り型。しかし、主人公の友人、アグスティーナは、刈り込んだベリーショートに骨っぽい体つきで、その女らしいスタイルを着こなす。そのミスマッチは、コムデギャルソンのカラフル系ファッションに通じ、今世界で大人気の女性グループ、XGの坊主頭キャラ、COCONAのようでめちゃくちゃカワイイ。
こちらの衣装担当は、「オール・アバウト・マイ・マザー」でも監督とタッグを組んだビナ・ダイヘレル。アルモドバル監督の“女性への愛”を衣装というビジュアルに増幅して落とし込むことができる才人だ。そして、なんと彼女はトッド・フィールド監督による映画「TAR」(こちらも、女性性をテーマの一つとしている)の衣装にもクレジットされている。
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この作品での彼女の手腕は、クラシック音楽界のエリート女性たちに、マックス・マーラとブルネロ・クチネッリ御用達のようなシンプルシックな装いをそろえて、アルモドバル作品とは全く別のリアルなセンスを発揮。たとえば、主人公ターの恋心に火をつけるロシア出身の若いチェリストには、シェットランドセーターなどを着せ、露出した両腕の肌の白さ、若さと貧しさ故の野暮ったい日常着の質感など、未完成や粗野、エネルギッシュという主人公が魅了されてしまうディテールを、少ない場面露出の中で饒舌に語らせていた。
女が女を見る目は厳しい。男性と違って、幼い頃から、服装が強力な表現手段ということをたたき込まれ、他人から自分がどう見られるのか、ということに意識を払ってきた経験は、他人の着こなしにその人間の本質を見て取るようなところがあるが、ダイヘレルのスタイリングの才は、そういう細かい部分にも周到に目を光らせる。
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そして、彼女は、尊厳死をテーマにしたアルモドバル作品「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」で、監督と久々のタッグを組んでいる。
ガンで余命を宣告されており、安楽死を望む女性マーサ(ティルダ・スウィントン)と、かつての親友で、ひょんなことから彼女の死までの時間に寄り添うこととなる女友達イングリッド(ジュリアン・ムーア)との濃密な時間を描いたこの作品。シリアスなテーマだけに、ウディ・アレンが「マンハッタン」で都会の孤独を浮き彫りにさせたように、モノクロが似合いそうだが、監督はまたしても、伝家の宝刀であるカラフルをインテリアにも、登場人物たちの衣装にも投入している。
アルモドバル監督は、自分の運命を克服して切り開いていく意志的で自立した強い女性を描き続けているが、「ザ・ルーム・ネクスト・ドア」のマーサはその完成形。ここで注目すべきは、安楽死は自然にあらがう行為であり、女性イコール自然と捉えたいムキには彼女の行為は命までをも自分でコントロールしたい、という極めて男性的なものだという点だ。この、ねじれこそが、実は女性のリアルでもあり、伝統的な女の生き方に背を向けて、自分の意思でキャリアと生き方をまっとうし、コントロールしてきた女は、自分の余生も自分軸で行いたいと思うはず。
この主人公の在り方を「あり得ない絵空事」と思うか、「これは自分だ」と思うかだが、人生をそれなりにリスクを取って生き抜いてきた女性の共感は、私も含めて後者ではないだろうか。看取り役を押しつける主人公を非難する人は、それが家族だったら仕方がない、と考えるのだろうか? そう。お一人様の老後は、他人が助け合い、迷惑をかけることが前提、とわかってはいるのに割り切れない。そう、この作品は、安楽死に対してひとつの在り方を示したが、その超絶意志的な主人公マーサの存在を軸に、「さて、自分自身はどう考えるか?」という問題を突きつけてくる。
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もともと、オシャレでインテリア・コーディネイトも完璧なマーサは、普段のファッションもカラフルかつ、極めてスタイリッシュ。ガンが治療不可能という宣告を受けた後でも、そのオシャレ水準をキープする。何気ない日常着のカラーコーディネートは素晴らしく、コバルトグリーン×茄子紺という見事な組み合わせの他、日常着にはブルーの組み合わせが多く、このセンスの前には、私たちが陥りがちな、色を使う場合は上下のどちらかに黒を持ってくる、という無難が恥ずかしく見えてしまう。
赤のボディに腕には黄色と藤色のアクセントが入るオーバーサイズのローゲージ編み(超ビビッドな色彩がそれだからこそ映える)のセーターは、まさに今、ファッション界の新星として大注目の、ルイジアナ出身のブラックアメリカンのデザイナー、クリストファー・ジョン・ロジャースの特徴的なカラフルさとパラレルで、そのオンタイム感にびっくり(もしかしたら、本当に彼のデザインなのかも)。ブルーの寝間着(病院支給なのか?)の上にはショッキングピンクのガウンを羽織るという大胆さは、すぐにでも取り入れたいファッションコーデだった。
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感動したのは彼女が書店巡りをするときの出で立ち。トップスはショルダーパットが入ったビッグサイズのダブルジャケットは焦げ茶でストールは黒地に藍色のドッド柄という押さえた色使いなのだが、ボトムスは緑×黄色の鮮やかなタイダイ(絞り染め)のスリムパンツ。よくインスタや女性誌には、「街のオシャレな女性」が登場するが、そんなレベルではなく、もはやクリエイティヴとも言われる域。衣装担当のダイヘレル、ティルダ・スウィントンという逸材を得、そして、主人公の強さと美意識を最大音量で響かせてオッケーという監督のバトンを見事に受け継いで開花させた、素晴らしい仕事ぶりだ。
一方、看取り役である小説家のイングリッドは、単色が多いマーサに対して、チェックのパターンが多い。緑と黒のチェックのアウター、赤と黒の大柄のタイトなセーター、見舞いに行ったときのベージュ地に赤と紫の格子が入ったトップスなどなど。自らの死に向き合う毎日を過ごすマーサのファッションが、スタイリッシュでありながらも修行僧の僧衣のように禁欲的に見えたりもするのと対照的で、チェックの柄は世俗的なオシャレが持つ暖かさがあり、それは彼女の優しさ、包容力にも繋がっている。
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さて、圧巻だったのは、マーサの死に装束だ。彼女が死出の装いに選んだのは、鮮やかな黄色のパンツスーツのセットアップ。死に化粧は、鮮やかな赤の口紅一発で、彼女の白い肌と髪に映えすぎるほどの紅一点。仏教においては黄色は、解脱や死を超越する精神性や悟りを連想させる色であり、中東のスーフィズムでは、霊的な覚醒を意味する。彼女は過去に戦場ジャーナリストとして、多分、アジアや中東に出向き、ハードな死の有様に直面した経験があるはずで、そんな意味合いも衣装から伝わってくる。
ここまで隙の無いファッションが日常である人物像とは、まさに安楽死を意志的に全うする主人公そのもの。この作品で語られる「おひとりさま女性の安楽死」には、かつて監督がテーマに据えていた、母性も自己犠牲も、対男性に対して発揮されるタイプの女同士の連帯もない。
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ファッションは社会と自分との関係性の産物だとしたら、マーサはなぜ、死の際まで装うことを止めなかったのか? 彼女の装いは、看取り人としてひとり選ばれたかつての親友だけが享受できるわけで、それは「私を忘れないで」という無意識のパフォーマンスだった? マーサにとって、ファッションは死の前に崩壊しそうな自分を外側から支えてくれる強力な添え木だったのか? などなど、誰しもが免れない死についての思いが、観る者のこころを揺さぶってくる。
生き方を美意識と理想に重ねることが己の満足であると決めた彼女の内面を、衣装は饒舌に語っていたのだった。
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