【「お祭りの日」評論】“あの夏の日”がかけがえのないものであったことを思い出させてくれる
2024年11月10日 11:00

若かりし頃の何とも言えない夏の日の思い出を、人は誰しも持っているのではないだろうか。将来のことなど何も考えていなかった幼少期、抱える悩みを誰にも言えなかった思春期、世の中にはいろいろなタイプの人間がいることを知った青春期、そして将来のことを考えなくてはいけなくなるが、社会に出てまだ何者でもない自分を思い知らされた青年期。
家族や友人、異性との関係、学校や社会、部活動やバイト、そして旅行などの思い出が、夏の日のうだるような暑さや雲ひとつない青空、突然の雷雨、寂しさを感じる晩夏、ひぐらしの鳴きごえや花火、盆踊りの音などと共に、ふとよみがえってきて胸を締めつけられる人には、この映画が沁みるはずだ。
「お祭りの日」は、夏祭りの日に祭りに行かない人たちの物語を描いた群像劇。大人になれない若者たちの夏の終わりを描いた会話劇「明ける夜に」で、インディーズ映画を対象とした国内の各映画祭で高い評価を得た堀内友貴監督の新作である。第24回TAMA NEW WAVEのコンペティションで審査員特別賞を受賞し、“新時代の会話劇映画の作り手”として注目が高まっている。
堀内監督は、お祭りに行かない人たちの5つの物語で構成する。1つ目のエピソードは、自主映画のヒロインをやってもらうため、喫茶店で意中の女性を説得している男。2つ目は、夏祭りに行くためにバス停でバスを待ち続ける人。3つ目は、花火を盗んでお祭りの花火大会を中止させたかもしれないのに、勝手に打ち上げ花火を打ち上げようとする男女。4つ目は、二日酔いで目が覚めると部屋のエアコンのリモコンがなく、昨夜の記憶を思い出しながらリモコンを探す女性2人。そして5つ目は、喫茶店でバイトしている女性の話だ。そんなお祭りの日に祭りに行かない人々の、夏の終わりを感じさせる何気ない1日が次第につながっていき、伏線が回収されていく展開にいつの間にか引き込まれてしまう。
だが、自分の表現したい世界が理解してもらえない男と頼られるのが苦手な女性。まるで時が止まったようなバス停でバスを待ち続ける男。盗んだ花火を打ち上げることで自分が何者であるかを証明したい男。うだるような暑さに耐えきれずに行方不明になったリモコンを探しまわる20代後半の女性2人。そして、今の生活にどこか心あらずな女性がバイト先で映画について熱く語る男の話に反応する――。各話の世界が花火の音でもつながるのだが、堀内監督がこれまで描いてきたモラトリアムな時間が本作でも切り取られ、同じ時間軸の話のようでありながら、まるでそれぞれは別世界のようにも見えてくる。
そんなモラトリアムな時間の中で、交わるはずのなかった者同士がほんの少し会話をして同じ時間を過ごしたり、忘れた記憶を巻き戻し、外の世界に一歩踏み出すことで、それぞれが自分に猶予を与えていた時間が動きはじめるように見える。その瞬間をオフビートなコミカルさと会話、そして寂寞感とともに、夏の終わりの日に重ねたような作品だ。何者でもなかったが、あの時間やその瞬間に感じたものは、かけがえのないものであったことを思い出させてくれる。
執筆者紹介
和田隆 (わだ・たかし)
1974年生まれ。映画業界紙の記者、編集長などを経て取締役に就任。キネマ旬報などに寄稿。2014年より映画.comで国内映画ランキング、新規事業などを担当。映画もプロデュース。
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