【「室町無頼」撮影現場ルポ】入江悠監督が明かす製作秘話 大泉洋×堤真一×長尾謙杜の壮絶アクションに迫る
2024年11月1日 15:00
大泉洋主演で垣根涼介氏の時代小説を映画化する「室町無頼」の撮影現場が、昨年11月下旬に報道陣に公開された。企画が立ち上がったのは、約8年前。コロナ禍を挟みながら、粘り強く撮影に漕ぎつけた入江悠監督、須藤泰司プロデューサーに京都・太秦にある東映京都撮影所で話を聞いた。(取材・文/大塚史貴)
「大泉洋史上、最も格好いい役」
口説き文句としては、これ以上のものはないといっても過言ではないほどで、シンプルなメッセージが役者心をくすぐる。
須藤「僕が企画部長だった2016年、今作の企画を進めていた担当者が病に倒れてしまい、僕が引き継ぐことになったんですが、彼が『入江監督がすごく良いからお願いしたい』と。入江監督は脚本も書かれるからお願いしたら、すぐに第1稿を仕上げてくれたんですね。それをもとに、大泉さんに『今までにない格好いい役だからやってくれないですか?』と口説いて、ご本人もやると言ってくれたんです。あれから7年、撮影に入れて良かった」
当初はコロナ禍に入る前にクランクインを予定していた。須藤と入江監督も「まさか3年も延期になるとは」と口をそろえる。風向きが変わったのは、ある現場で大泉と堤真一が顔を合わせた際、「あの作品は脚本も面白いし、どうしてもやりたいよね」と話してから。入江監督のスケジュールなども確認しながら、製作に向けて一気に舵を切った。
入江監督は、オファーを受けた当時に触れ「室町時代については不勉強で知らなかったし、あの時代の有名な人ってパッと出てこない。名もなき雑草のような人が主人公というのが面白かった」と述懐。東映の映画で育っただけに、ついに東映で映画が撮れることに喜んだそうだが「3回くらい延期になったので、何度やけ酒を飲んだか分かりません(笑)。今回は6月から京都に滞在しているんですが、それでようやく撮れるのかと実感できました」と胸中を明かす。
1461年、応仁の乱前夜の京。大飢饉と疫病によって路上には無数の死体が積み重なり、人身売買や奴隷労働も横行していた。しかし時の権力者は無能で、享楽の日々を過ごすばかり。そんな中、己の腕と才覚だけで混沌の世を生きる自由人・蓮田兵衛(大泉)はひそかに倒幕と世直しを画策し、立ち上がる時を狙っていた。一方、並外れた武術の才能を秘めながらも天涯孤独で夢も希望もない日々を過ごしていた青年・才蔵(長尾謙杜)は、兵衛に見出されて鍛えられ、彼の手下となる。やがて兵衛のもとに集った無頼たちは、巨大な権力に向けて暴動を仕掛ける。そんな彼らの前に、兵衛のかつての悪友・骨皮道賢(堤)率いる幕府軍が立ちはだかる。
室町時代を舞台にした映画作品がほぼ存在しないため苦労はあったようだが、図らずも7年間という準備期間がプラスに働いたと、ふたりは語る。
入江「映画では、室町を舞台にした作品はほぼない。先行する作品がなく、参考にできるものがなかったのは難しかったのですが、研究者や大学の先生に取材をして調べていくと、意外とアナーキーな時代で封建制度もそれほど確立されていなかったということがわかりました。それで、描く自由度はあるのかなと気が楽になって、『マッドマックス』のような世界観でもいいのかなと舵を切れました」
須藤「文献を相当読み込んでいましたよね」
入江「7年くらい室町や日本の中世についてずっと調べていました(笑)。身分が固定化されていない時代で、江戸時代のような武家社会でもなく、人々が色々な階層を行き来できた時代だととらえています。大泉さん演じる役も階層を明確にし難いけれど、顔が広くて慕われている。その自由度も含めてぴったりだと思いました」
どれくらい脚本の改稿を重ねたかについては、「分からない」と苦笑いを浮かべるふたり。
入江「20稿じゃきかない。最初は3時間くらいの尺の脚本でしたから。それを2時間の映画にすべくブラッシュアップしていったわけですが、室町時代を調べ過ぎて色々入れたくなっちゃうんですよ。不要な部分を見つけて削ぎ落すという意味では、7年という期間は良かった。初期の脚本には一休さんも妖怪も出てきていましたから(笑)」
今作で大泉が息吹を注いだ蓮田兵衛は、己の腕と才覚だけで混沌の世を泳ぎ、ひそかに倒幕と世直しの野望を抱く無頼漢。古き世を終わらせようと画策するがゆえに、自ら「捨て石」となろうとする剣の達人だ。自らの役どころについて、深い考察を明かしている。
大泉「本当に死と隣り合わせの時代だったのだろうなというのは、コロナ禍を経験した今、想像ができましたよね。さらに、室町時代の政府はその状況に、おそらく何も対策を打たなかった。そこで蓮田兵衛という人は、自分の命というものはもうどこか諦めていても、他の人のために何とかこの状況を変えてやる。そういう覚悟みたいなものを、胸の中に強く持って演じていました。本当にそれだけを思って。戦う中で仲間ができてくるのだけれど、その仲間も含めなんとかみんなを死なせたくないという思いで、頑張っていました」
報道陣に公開されたシーンは、腐り切った幕府を倒そうと奮起する兵衛(大泉)のもとに集った無頼たちと、幕府から京の治安維持と取り締まりを任された悪党一味の首領・骨皮道賢(堤)率いる荒くれ者300人が御所前で激突するシーン。はったい粉(原料は麦)を使った粉塵が舞うなか、680坪の敷地に組んだ2200平米のオープンセットで、俳優陣は嬉々とした面持ちで躍動した。
大泉と堤の一騎打ちは、素早い展開の殺陣が繰り広げられて圧巻。大泉は、「堤さんはアクションにも慣れてらっしゃいますから、ちょっとしたシーンが本当に格好よくて。兵衛のもとへ数人斬ってからやってくるというシーンがありましたが、すごく趣のあるお寺で撮影させてもらったこともあって、それがまあ格好よくて。俺、この人とこの後に一対一で戦うんだ、どうしよう…みたいなね(笑)。実際に一対一の撮影でも本当に迫力があって、がむしゃらにくらいついていきました」と振り返る。
一方の堤も、「僕は指揮官の役なので、直接戦うことはほとんどないはずだったんですが、撮影が進むにつれてなぜか、洋ちゃんとの『一騎討ちが見たい』と監督が言い出して(笑)。もともと多少は洋ちゃんとの戦いもあったんですが、他の人のリアクションをメインで映すので、立ち回りを映像的に見せるのはそんなに多くないはずだったんです。それが結構、手数やられまして(笑)」と振り返り、想定外とはいえ充実した撮影だったことをにじませた。
その翌日の見せ場は、長尾謙杜がワイヤーアクションを駆使して撮る長回しのシーン。長尾扮する才蔵は天涯孤独の身で、極貧生活を送るなかで兵衛に出会い、地獄さながらの修行を経て超人的な棒術を身につけたという役どころ。颯爽と公家邸の塀に飛び乗り、敵の背部を使って飛び上がるシーンでは真剣な眼差しでテストを繰り返した長尾は、モニターを確認しながら「全然ダメだな」と首をひねり、「もう1回だけいいですか?」と妥協することのない姿に、製作陣も固唾をのんで見守っていた。
長尾は当初、棒術に難儀し、自分でも分かるほど不格好だったという。それでも、大泉の存在が大きなモチベーションになったようだ。
長尾「アクション練習は僕と、大泉さんもまた違う日にやっていて。練習の日にちが違うので、大泉さんと会うことはなかったですけれど、『大泉さんも頑張ってますよ』とスタッフさんに聞くと、『負けられないですね』と(笑)、刺激になって頑張ろうという気持ちになりました」
入江監督と須藤も、今作のキーパーソンのひとりに長尾の名を挙げる。
須藤「大泉さん、堤さんがいるなかで、少年が大人になるというプロセスを出せる人でなければならなかった。最初は大泉さんの後ろをちょこちょこ付いて歩くくらいのかわいらしさを表現でき、それがやがてひとかどの男に成長していく……。誰がいいんだろうと悩んでいたときに、うちの栗生プロデューサーが長尾さんを薦めてくれたんです」
入江「棒術というハードルがあるので、身体能力の高さは必須でした。それでいて、育っていくという意味で伸びしろもないといけない。そんななかで、長尾さんの名前が出てきたときに『この人、いけるな』と思いました」
酸いも甘いも噛み分ける芸達者な主演級とともに、今後の日本映画界を担う新世代の逸材も揃えた今作には、京都・太秦の職人の献身的なサポートも付いて回り、否が応でも仕上がりに期待が寄せられる。
須藤「砂塵や風をふんだんに使っていて、俳優部の皆さんは互いの会話が聞こえないとぼやいています。風力、火力ともに最近の日本映画にはない規模です。ご期待ください」
入江「大泉さんにしても堤さんにしても、自らの役どころを演じることを楽しみにしていらっしゃるので、おふたりがワクワクしながら芝居ができる空間を作れれば、まずは演出として成功なのかなと思っています」
「室町無頼」は、2025年1月17日から全国で公開。
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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