横浜流星VS山田孝之、瞬き忘れる緊迫の18秒間 藤井道人監督が明かす、驚きの演出法【「正体」現場ルポ】
2024年8月26日 00:00
横浜流星が主演する藤井道人監督の最新作「正体」の撮影現場が、2月某日に報道陣に公開された。横浜とは、長編劇場映画では「青の帰り道」「ヴィレッジ」に続き3度目のタッグとなった藤井監督が、プロデューサーの水木雄太氏とともに取材に応じた。(取材・文/大塚史貴)
染井為人氏による同名小説を映画化する今作で横浜が扮したのは、日本中を震撼させた殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けたが脱走し潜伏を続ける主人公・鏑木。作品は大きく4つのブロックに分かれており、吉岡里帆演じる編集者の沙耶香は東京でフリーライターとして働く鏑木に定住する家がないことを知り、一緒に暮らし始めるうちに指名手配犯だと気づくが、彼の無実を信じている。
森本慎太郎扮する和也は、大阪の日雇い労働者として共に工事現場で働く鏑木と親しくなるが、犯人ではないかと疑うようになる。山田杏奈が息吹を注ぐ舞は、長野の介護施設で働く鏑木と出会い、恋心を抱くようになる。そして山田孝之は、各地に出没し日本を縦断する鏑木を追う刑事・又貫として作品世界を生きた。
4人が出会った鏑木は、それぞれ全く違う姿をしていたという設定だが、藤井監督もまた横浜が体現する各キャラクターの精度に舌を巻いていた。そもそも今作が横浜との初長編映画になる予定だったという。
「『正体』を撮ろうと決めた時期としては、Netflix版『新聞記者』のクランクインよりも前でした。そこから『ヤクザと家族 The Family』や『ヴィレッジ』を撮るわけですが、河村光庸(故人)と出会ってしまったがために、順番が前後しただけ。本当はこれが僕と流星にとっての最初の長編映画という思いで撮っています。いま撮れて良かったのは、最終形態に近いくらい互いのことを知り尽くしている。逃亡する先々で流星七変化というか、全ての流星が見られます。そのひとつひとつの精度、人間になり切る力が圧倒的なんです。周囲が『流星すごい!』と驚いているのを横目で見て、『うん、俺は知ってる』と思いながら撮っています(笑)」
この日は、拘置所の面会室で鏑木が和也、又貫と対面を果たすシーンを撮影。鏑木と和也のシーンは、当初は脚本になかったが、昨年夏に撮った大阪の工事現場のシーンに手ごたえを得た藤井監督が、急きょ書き加えたこだわりのカットだ。
「いつも新しい俳優と出会いたいという欲望はあります。そんな時に森本さんが出ているドラマを見て、テクニックがあるな……と思ったのがオファーするに至ったきっかけです。当初は僕の演出について、今まで彼が正しいと思ってやってきたことと乖離していて苦労しているように見えましたが、今やスタッフの中には“和也”推しがいるくらい、人間味あふれる良い芝居をしてくれています」と称賛する。
一方、面会室のアクリル板を挟みながら、約18秒間も見つめ合ったままの芝居を披露したのが横浜と山田。ふたりにしか分かち合えない空気が流れ、スタッフの誰も彼もが固唾をのんで見守っている。
絞り出すように言葉を紡ぐ横浜(鏑木)の真摯な面持ちに呼応するように、山田も視線を外すことがない。「はい、カット!」。おもむろに山田の方へと歩み寄り、ひざまずきながら語りかける藤井監督は、充実感をにじませた表情を隠そうとしない。
「山田孝之さんは、僕にとって映画人のなかでもとても緊張する存在です。それは、『デイアンドナイト』というインディーズ時代に撮った作品に、プロデューサーとして関わってくれた時からずっとです。彼の考え方、映画界への思いを継承したいと思って、ずっと背中を追いかけてきました。
そんな山田さんに、初めて役者としてオファーしたわけです。今回は流星を追いかける役。ダメ元でカフェに呼び出して、お願いをしました。現場で演出するときも緊張しますけど、彼に出演してもらえてひとつ夢がかなった気がします」
この見つめ合うシーンの直後、藤井監督は山田とひとしきり話してから、横浜に対しひと言だけ言葉を投げかけている。
「山田さんに対しては、『(台詞を話し出すまでの“間”を)もっと短くしてください』とお願いしました(笑)。流星には『キュッと!』とだけ伝えました。流星は脚本を作るときから一緒にやっていくタイプなので、彼に関しては基本的に全部知っています。彼がどれだけ素晴らしいパフォーマンスをしてくれるかも理解したうえで、一緒に練り上げていくというか、互いに妥協しないままOKテイクを導き出していける存在なんです。
ちなみに、流星にだけは演出のアプローチが全く異なります。他の役者には感情の話を中心にしますが、流星にはそこはもう終わっているので、『いま横で何ミリだから、その表現じゃ伝わらないよ』『受ける間を何秒ずらして』など、それくらいテクニカルな話が彼にはできているんです。それができるのは流星だけです」
藤井監督は、自らの映画人生において「『正体』は、期せずして第2章にずれ込んできたもの」と表現する。
「もともとは35歳までに撮り終えているはずでした。今年発表した『パレード』は決別、『青春18×2 君へと続く道』は始まりを意味します。僕は河村光庸というプロデューサーに出会い、本当にお世話になった。『パレード』は彼とお別れをするための映画。『青春18×2 君へと続く道』は外へ出て映像を作っていくために自分から選択した道。『正体』は撮影が後ろの時期にずれたことで、一番状態のいい映画になるように感じています。一番脂の乗った最高のエンタメ作をお届けしたい。商業的にもですが、『これは絶対に劇場で観た方がいい!』と言ってもらえる、極上のエンタメ作品を作れている自信があります」
「正体」は、11月29日から全国で公開。
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執筆者紹介
大塚史貴 (おおつか・ふみたか)
映画.com副編集長。1976年生まれ、神奈川県出身。出版社やハリウッドのエンタメ業界紙の日本版「Variety Japan」を経て、2009年から映画.com編集部に所属。規模の大小を問わず、数多くの邦画作品の撮影現場を取材し、日本映画プロフェッショナル大賞選考委員を務める。
Twitter:@com56362672
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