日本映画「すべての夜を思いだす」海外セールスを担当したのは中国の会社だった 創立メンバーが語る“これまで”と“これから”【アジア映画コラム】

2024年3月10日 06:00


「すべての夜を思いだす」(公開中)
「すべての夜を思いだす」(公開中)

北米と肩を並べるほどの産業規模となった中国映画市場。注目作が公開されるたび、驚天動地の興行収入をたたき出していますが、皆さんはその実態をしっかりと把握しているでしょうか? 中国最大のSNS「微博(ウェイボー)」のフォロワー数280万人を有する映画ジャーナリスト・徐昊辰(じょ・こうしん)さんに、同市場の“リアル”、そしてアジア映画関連の話題を語ってもらいます!


3月2日から公開されている清原惟監督の最新作「すべての夜を思いだす」は、第26回PFFスカラシップ作品として誕生し、第73回ベルリン映画祭フォーラム部門への正式出品など、世界中の映画祭で絶賛されています。

実は、この作品の海外セールスを担当しているのは、中国の会社「PARALLAX Films」なんです。

近年、日本における中国インディーズ映画の上映は少しずつ増えています。昨年披露された「椒麻堂会」(チュウ・ジョンジョン監督)、「宇宙探索編集部」(コン・ダーシャン監督)、「草原に抱かれて」(チャオ・スーシュエ監督)、「海街奇譚」(チャン・チー監督)は、すべて「PARALLAX Films」が海外セールスを担当している作品です。

今回は「PARALLAX Films」の創立メンバー・趙晋(ジャオ・ジン)氏にインタビューを行い、中国映画界の新世代の新たな側面を探求してみました。


──まずは、趙晋さんの自己紹介からお願いします。

2014年、中国の大学院の修士課程を終えた後、フランスに行き、エコール・デ・ボザールで博士課程をはじめました。映画の勉強ではなく、哲学の勉強です。あの時、本当は映画を勉強したかったんです。でも、中国の大学院の先生からのアドバイスを受けて、哲学を専攻しました。当時は、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズについて、研究したいと考えていました。ジル・ドゥルーズは「シネマ1*運動イメージ」「シネマ2*時間イメージ」など映画関連の著書も発表していましたから。しかし、大学院の先生から「もっとクラシックからスタートした方が良い」と言われて、博士課程ではアンリ・ベルクソンについて研究することにしました。

フランスの大学院は授業が少ないので、基本論文さえ完成出来ればよかった。そのため博士課程中は、ずっと映画を見ていましたね。映画祭で最新の映画を見たくて、三大映画祭を中心に毎年回っていました。プレスとして三大映画祭に行きたかったので、2014年からは、中国の映画専門誌に積極的に寄稿し、2015年のベルリン国際映画祭から、映画誌の記者として映画祭を取材しはじめました。

2015年のベルリンでは、多くの中国の若手映画研究者と出会いました。ちょうどあの時は、中国のネット世界が、PCからスマホへ移行する時期でした。従来の大手ポータルサイトへの注目度が少しずつ下がっていたのに対し、個人ユーザーがSNSを使って、情報などを発表する“自媒体”が一気に増える時代だったんです。我々もその勢いに乗って、2015年の春に「Deep Focus」という“自媒体”を創り上げました。

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──「Deep Focus」は、最初から注目されましたね。

ある意味、「Deep Focus」は日本映画とも縁があるんです。2015年の映画界に、2人の凄まじい新鋭が活躍し始めました。それがビー・ガン監督と濱口竜介監督です。2人とも、ロカルノ国際映画祭で大活躍でしたよね。第37回ナント三大陸映画祭では、ビー・ガン監督の「凱里ブルース」が金の気球賞、濱口監督の「ハッピーアワー」が銀の気球賞をそれぞれ受賞しています。ナントでは、濱口監督のインタビューも実施しました。おそらく、中国大陸で初めての濱口監督へのインタビューになったと思います。また、同年「Deep Focus」として「凱里ブルース」のパリ上映も企画しました。その上映は大盛況で、いまだに当時の風景を時々思い出しています。その頃から、私とパートナーたちは“一緒に会社を作りたい”と考えるようになったんです。

左から「漫遊」の祝新監督、濱口竜介監督、趙晋氏
左から「漫遊」の祝新監督、濱口竜介監督、趙晋氏

──当時は、具体的にどのような事業にしたいのか等、最初から方向性は決まっていましたか?

最初は何も決まっていませんでした。当時の「Deep Focus」の良さは、映画祭の最新情報、その年の素晴らしい作品を最速で紹介することでした。一部のファンに支えられて、媒体としての「Deep Focus」は順調に進んでいました。また、映画祭で知り合った中国の映画人も多かったので、中国映画界との人脈もどんどん広がっていました。ところが、あくまでも得意としていたのは“映画祭映画”というか“アート映画”が中心。あの時は、ちょうど中国映画市場が急速発展しているタイミングだったので、中国のメジャー映画界とは少し距離がありましたね。

その時、私が考えたのは「いまの中国映画市場には何が足りないのか?」ということ。そこで“海外セールス”にたどり着きました。当時の中国映画市場では、そもそも海外セールスをやっている会社がほぼありませんでした。ジャ・ジャンクー監督などの巨匠たちは、最初からフランスの「MK2」などと契約し、海外展開もフランスの会社に任せています。では“小さな映画”が海外を目指したい時、どうすればいいのか――その時、ほとんどの若手監督が方法を知らなかったのです。そこで、我々は2017年から海外セールスの事業(=PARALLAX Films)を始めました。

──創立当初の事業はいかがでしたか?

予想以上に厳しかったです(笑)。海外の観客は、あまり中国映画に興味がないと感じました。映画祭は何とか行くことができますが、セールスはまったく……といったところでした。もちろん、勉強の段階でもあったので、ほかの会社のセールスにも協力したり、(“自媒体”の機能を持っているので)PRをしたりしましたが、どこも厳しかったと感じました。最初のセールス作品は、鄭大聖監督の「村戯」でした。上海で上映された際に、チーム全員で見に行きました。凄い作品だと感じたので、すぐにセールスを決めましたね。ちょうど、その頃にチャン・リュル監督とも出会っていて、名作「群山」の海外セールスを、我々が担当することになりました。また、ベルリン国際映画祭に入選した楊明明監督の「柔情史」も担当したことで、やっと軌道に乗ったと感じました。

──その後、映画製作も始まりましたよね。

そうなんです(笑)!私の最終目標は、元々製作なので、媒体から海外セールス、海外セールスから製作……と、どんどん映画に近づきましたね。最初の製作作品「漫遊」。友達の紹介で、祝新監督という凄い才能の持ち主と出会いました。「漫遊」に関して、我々は資金調達やPRなどを色々協力しています。予想以上に順調で、釜山国際映画祭のNew Currentsに入選し、ベルリンにも入りました。ただし、相変わらずセールスは厳しかったんです。

当時の中国映画市場は絶好調で、才能のある新人監督が一気にデビューしました。もちろん、今までのように自分のお金で、デビュー作を作る監督もたくさんいますが、中国国内のプロジェクト・マーケットは一気に増えましたし、大手会社から新人への出資も増えました。例えば「海街奇譚」「THE CROSSING 香港と大陸をまたぐ少女」「日光之下」など、新人の素晴らしい作品がたくさんありました。

私たちも「漫游」を経験した後、更にガッツリと映画製作に力を入れたいと思い、2019年に2つの企画を同時に始めました。ひとつは、チャン・リュル監督の「柳川」です。チャン・リュル監督はずっと前から中国映画を撮りたいと思っていて、さらに福岡県の柳川市をとても気に入っていたので、同作の企画がスタートしました。

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「ゼロからの製作+国際プロジェクト+スター主演」なので、新米の我々にとってはかなりの挑戦でした。色々苦労しましたが、最終的には良い作品ができました。

もうひとつは、チュウ・ジョンジョン監督「椒麻堂会」です。個人的にチュウ・ジョンジョン監督は、中国国内において、数少ない“独立電影”を作り続ける監督の1人です。我々は出来る方法をすべて使い、お金を集めて、「椒麻堂会」という奇跡的な作品を完成させました。

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──そしてコロナ時代へと突入していきます。

本当に大変でした。「柳川」の製作が、一番ダメージを受けましたが、全世界どこも同じだと思います。ただ、コロナ禍の最中、我々はいったん落ち着き、将来について色々考えていました。そこで中国映画だけではなく、東アジアの作品を中心に、海外セールス事業を展開しようと決めました。なぜかというと、東アジア、そして東南アジアなどの映画言語は、近い部分がありますし、今後の可能性も感じていました。そこから日本映画へと視野を広げることになったんです。

──清原惟監督作「すべての夜を思いだす」の海外セールスを担当しました。最初に知った時、私はかなり驚きました(笑)。

清原監督は「わたしたちの家」のときから、ずっと注目していました。あの独特な世界観は唯一無二ですね。「わたしたちの家」はちょうど「漫游」と同じ年のベルリンかな? その後、上海国際映画祭でも受賞しましたよね。だから、新作の「すべての夜を思いだす」がPFFで上映されることを知ると、最初から期待を高めていました。ただ、我々は日本の映画市場のルールがわからないので、PFFの歴史などを考えたら、海外の会社に海外セールス権を委託するかなと疑問を抱いていました。ところが、ベルリンでPFFの方とお会いし、我々の実績を紹介したら、すぐに海外セールス権を委託してくれました。

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すべての夜を思いだす」は、世界中の映画祭にたくさん出品しました。「すべての夜を思いだす」の海外セールスの結果を見てみると、世界の日本映画への注目度はまだまだ高いと感じました。日本映画はやはり歴史がありますし、固定ファンがずっとついている。そして、ずっと日本映画を配給する会社もあります。中国映画よりも可能性があると感じました。

──話は変わりますが「宇宙探索編集部」の日本公開に合わせて、来日しましたよね。

もっと日本映画界を知りたかったからですね。チャン・リュル監督の「福岡」「群山」「柳川」、東京国際映画祭にも入選した「草原に抱かれて」、そして「宇宙探索編集部」、企画上映を行った「椒麻堂会」など、日本は我々の作品を一番配給している国です。去年日本を訪れた時は、驚きの連続でした。上映作品の多さ、ジャンルの違い、それぞれに個性豊かなミニシアター、フランスに匹敵する素晴らしい映画文化。そして、日本と中国は文化が近いので、互いをより注目していると感じました。もちろん、ミニシアターを訪れる観客の数は、そこまで多くはありませんが、皆さんが本当に映画を愛していますよね。その雰囲気にとても感動しました。

もうひとつ感じたのは、日本映画の海外セールスがそんなにうまくいっていないこと。中国と同じく、日本映画ビジネスのスキームは自国で回収できるため、海外展開に関する意識が最初から強くなかったと思います。海外を目指したい監督は、なかなか方法がわからない……去年の東京国際映画祭のパーティーでも、それを実感しました。優秀な作品を海外に持っていく国際的な海外セールス会社が少ないと感じています。私は日本映画が好きなので、昨年は三宅唱監督の中国上映特集などにも企画協力したり、真利子哲也監督の短編映画「Before Anyone Else」の海外セールスを担当したりしています。今後もチャンスがあれば、もっと多くの優秀な日本映画を全世界の映画ファンに見せたいと思っています。

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